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寒い夏

作者: mamechan


 

  昭和十八年、よっちゃん十歳の頃のお話です。


  よっちゃんは広島の呉で生まれ、家族と仲良く暮らしていました。


  お父さんは海軍さんで「船が沈んでも泳いで帰ってくるわ」といつも笑顔で出かけます。


  お母さんは優しくて物静かな人だったので、よっちゃんも兄弟たちも大好きでした。

 

  お父さんの言いつけ通り、手伝いをし、自分の係になっている用事を済

 

  ませ、めいめい兄弟達の面倒をみるのでした。


  よっちゃん達の住む家は山の途中のにあって、呉の軍港がよく見えます。兄弟達は、どの

  

  船にお父さんが乗っているのかよく知っているので戦艦や駆逐艦が寄港する度に家の窓か

  

  ら「お母さん、お父さん帰ってきはったで」と言って大はしゃぎ、家族揃って港まで迎え

  

  に行く事が何より楽しみだったのです。


  よっちゃんは四人兄弟の二番目でお兄ちゃんの後へいつも、くっついていました。下の弟  

  や妹を背中に負ぶさり、学校から帰ると必ず、お兄ちゃんに勉強を見てもらいます。

  

  お父さんが海の上で戦っている事を、お兄ちゃんは誇りに思い、よっちゃんは

 

  いつしか、お兄ちゃんがお父さんに見えたりして頼もしく、余計にくっついていたのす。


  もうそろそろ夏の日差しになりかけた頃、一通の手紙が、よっちゃんの家に届きました。

 

  お父さんからでした。手紙の内容は(帰る予定がもう少し遅れる。みなに土産を買ってあ


  るので楽しみにして、お母さんの手伝いをよくするように)と書き添えてありました。


  兄とよっちゃんは久しぶりに見るお父さんからの手紙を読んで貰い、自分たちの名前が書


  かれてあるのを覗きこんでは、お父さんが帰ってきたかのように喜んだのでした。


  ある日、学校から帰った子供たちは、言われた通り、お母さんのお手伝いをし、宿題を済


  ませ、ワイワイ言いながらご飯を食べて、いつもと同じ日を送っていたのです。


  皆が寝る支度をして、よっちゃんもお布団の中へと入ったとき、「よっちゃん。雨戸閉め 

  てないよ。」とお母さんに言われ「あっそうや、雨戸雨戸忘れてた」


  よっちゃんは慌てて庭先の雨戸を閉めようとした時、スッと目の前を白い軍服に身を包   

  み、腰に軍刀をさげたお父さんが家の中へ入ってきたのです。


  よっちゃんは突然の事に始めは声が出ませんでしたか、灯りを消した家の中をバタバタと

 

  走り、「お父さんが帰ってきはった!お父さんが帰ってきはった!」と父の姿を探して


  お母さんの所まで走りました。お兄ちゃんは灯りをつけながら「何を寝ぼけとるんや。お


  父さんはまだ海の上やぞ、それにこないな時間に黙って帰ってきはらんわ。」と落ち着く


  ように言いました。


  「でも、今や、雨戸閉めてたら白い服きて入ってきはってん。私の前をな、入ってきはっ


  てんて」と真剣に言いました。


  さすがにお兄ちゃんも真剣なよっちゃんの態度に本当かも知れない。だとしたら こんな


  嬉しい事はない、と兄弟達で家の中を探し回ったのです。


  お母さんはじっと座り、何も言わず黙って、子供たちの様子を眺めていました。


  夏の終わり、 よっちゃんの家に手紙が届きました。兄弟達は何の手紙か、お父さん


  からかもしれないとはしゃぎ、自分の事が書かれてるかも知れないと心躍らせ、立ち尽く


  すお母さんの手元を我も我もと覗きこみます。


  「お母さんはよ読んで!何て書いてあるの なぁお父さんからか?何て何て?」


  お兄ちゃんとふざけ合いながら、よっちゃんはお母さんの顔を見上げました。


  二人が見たお母さんの顔にはいつもの笑顔どころか何の表情もない恐ろしい顔でした。


  明るい家の中が急に真っ暗になり自分は何を見上げているのか。よっちゃんは解らなくな  

  るくらい生まれて初めて恐怖を感じたのです。

 戦争は何の役にも立たないと言います。私もそうだと思います。戦争は家族を引き裂き、不要な悲しみや怒りだけを産みます。しかし、孫である私の命は、祖父である軍人が赴任した先での縁で此処にあります。複雑な気持ちの中で祖父と祖母に思いをはせ、書きました。

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