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怪盗を続けるという事

 二人も魔法覚醒病による消失の危機から救った……と言えば聞こえはいいが、怪盗として犯罪行為を犯しただけの俺はそれでも報酬を貰いに医者の元に向かった。

 診察室で俺とマキナ、そして医者の三名だけでの話し合いの結果、衝撃の事実が判明した。


「つまりね、魔法覚醒病が異世界へと浮かび上がる浮力だとしたら、TS病はこの世界に留まる重力なわけ。だからこれらが釣り合ってれば理論的には魔法も使えず、性転換なんかもしない。……と、思ってたんだけどね。実際は力が二方向に引っ張り合って魔法も使える性転換もするって形になったのは驚きだよ」

「まあ、俺が世界初の魔法覚醒病とTS病の同時発症者っぽいですからね。分からない事もあるでしょう。で、結局それって安全なんですか? 世界初なのに分かるんです?」

「理論上は大丈夫って感じ。まー、大丈夫でしょ」


 割と曖昧な雰囲気でお墨付きを貰っていたらしい。大丈夫とは。


「でね、今の説明で大体予想ついたと思うんだけど。魔法盗んだらその分浮力が増えて異世界行っちゃいそうだと思わない?」

「……思います」


 やばいこと言い出したぞ。え、怪盗活動ってそんなリスク負ってたの。


「それがね、意外な事に反発するかのように魂の力も強くなって釣り合いが取れてるのよ。つまり君の心は魔法を盗めば盗むほど、女の子っぽくなってくって事だね。はっはっは」


 笑いごとじゃないんだが。え、何。それ俺そのものの心消えていってない?


「そういう事はもっと早く教えてくれればいいんじゃないですかね……」

「んー? 君、二人の人を救ったでしょ?」

「まあ、そうですね。治療って意味ではそうなります」


 とはいえ、犯罪を犯しているという意識は忘れないようにしたいし、多分忘れられないと思う。なぜなら洋一兄がこれから執拗に怪盗を追い詰めようとしてくるから。


「怪盗の力で一人盗んだだけならとんとん。二人救ってくれれば利益だ。そうなれば……こちらとしてはいつ君が異世界に消えても得したなって感じなわけ」


 とんでもない事を言い出した。俺が消えてもいいって事か?


「だってさ、二人を救って一人が消えたのなら喜ぶ人はシンプルに考えても二人でしょ? もっと救ってくれればもっとお得になる。君は今その段階に来てるから。あとは何人から魔法盗んでくれてもいいよ。重病患者の治療を助けてくれてありがとう」

「俺だってこの病院に来た患者の一人だぞ……!」


 絞り出すような俺の怒りを、医者はさらりと躱す。


「だからお給料出してるでしょ。ちょっと良い感じの値段。それで我慢してよ。それとも怪盗やめる? こっちは構わないよ。二人救ってくれた時点で想定通りの動きだからさ。でももっと頑張ってくれると嬉しいし……それに、君だって悪い気はしてないんじゃない?」

「なにが、ですか」

「動画のコメントに、掲示板。見てるよ。みんなが君に注目している。それって気持ちいいよね」


 それは、確かにそうだ。自分の中の承認欲求が満たされていくのを、確かに感じ取っていた。マキナが俺の活躍を喜んでくれると、俺の心もすっと晴れるのだ。

 でも、それは。承認欲求の為に自分が異世界に魂だけ消えてしまうだとか、自分が自分で無くなっていくという危険に見合うものじゃない。はずだ。


「今、君を雇ってくれる仕事あると思う? まだTS病は世間に認知されてない新しい病気だ。小さな女の子にしか見えない君が働くとしたらこういう裏の仕事とか実家の手伝いくらいじゃないかね」


 元々俺は休職中だった。いや、もっと正直に言えばニートだった。そんな俺が、いい給料で稼げるとしたらそれはとても良い事だろう。


「今、僕はロジハラしてるんだけどさ。医者相手に口で勝てると思わない方がいいよ。なにより――君はまだ、患者を救うという意味を知らないままだ。それを知らずに怪盗やめるのは勿体無いだろうね」


 他の患者の診察もあるから、そう言われて帰る事を促された。どんよりと頭を下げた俺にマキナがテレパシーで悲しそうに話しかけてくる。


『オーコ……怪盗、やめちゃうの?』


 俺はそれに、沈黙で返すしか無い。


『ボクは嫌だよ。『怪盗七つ道具』として生まれたからには、怪盗に使ってもらいたい。それが存在意義なんだ』


 存在意義……俺の存在意義ってなんなんだろうな。毎日を怠惰に過ごして、それでいいのか? それなら犯罪者でもエンターテイナーとして配信を続けて、自分を擦り減らして生きていくのだっていいじゃないか。でも、自分が消えるのは怖い。


『……もう一回だけ、もう一回だけやって考えるよ。お医者さんも一個、二個魔法が増えてもこの調子なら大丈夫だって言ってたし』


 医者の事を無意識に可愛らしくお医者さんと言ってしまった自分が嫌だ。そして、あの医者は信じられるのか? 俺の事を消えてもいいと考えている奴だぞ。嘘かもしれない。

 でも……こんな俺の相棒として少しの間とはいえ一緒に怪盗活動に精を出した仲間にこんな寂しそうな声を出されてしまっては俺にはどうしようもない。

 そして……お医者さんが言っていた、患者を救うという意味という言葉が俺には気になっていた。



 自宅に帰った俺は、自室で次のターゲットの個人情報を確認していた。住所もそろそろこの町から離れ始めている。魔法覚醒病もまた、希少な病気なのだ。

 学生 山本重徳(17) 覚醒魔法『耐毒』


「……耐毒? 使い道無さそうだなあ」


 こんな魔法のために俺はリスクを抱えなくちゃいけないのか……? そう思うと途端にやる気を失う。しかし、マキナは違った。


「オーコ、これってもしかして……――」


 マキナの呟きに俺は衝撃を受けた。そうか、そういうこともあるのか。

 俺は財布の中身を確認すると、バス停へと向かった。

 ターゲットの一軒家に予告状を送りつけると、早速今夜の下準備を始める。と言っても……まずは予告状を送られた重徳くん一家の大騒ぎする様子を収めている。

 そして、動画用のメッセージを録画するのだ。


「ごきげんよう、諸君。今日のターゲットは単なる学生。大した魔法を持っているわけでもない。私からすれば朝飯前の相手だ。しかし……今までとは毛色の違う配信になるかもしれないね?」


 などと言っているが、そうならない可能性もある。その場合はまたこの部分を撮り直しだ。

 そして深夜零時。もっともシンプルな怪盗活動が、いや、怪盗活動といえるかどうかさえ怪しい時間が始まるのだ。

 なんせ、ターゲットとその母親は、悲痛な顔をして玄関前に立っているのだから。

 俺はどこからともなくワイヤーアクションでターゲットの前に姿を現した。


「良い夜だね。いや、君にとっては今から良い夜になるのか」

「怪盗さん……俺が魔法覚醒病って本当ですか?」


 そう。この家族は――息子が魔法覚醒病だという事に気付いていなかったのだ。

 魔法覚醒病は魔法が使えるからこそその症状が分かるのだ。つまり耐毒などという能力は、現代社会において発動する機会があまりにも少ない。

 よって、気付く事なく症状は悪化し、そのまま魂が異世界に引っ張られていくところだった。


「ああ、本当だ。3、2、1。スティール――これでいい、もう君の病気は無くなった」

「ありがとうございます、怪盗さん! 私の息子を助けてくれて……!」


 何度もお辞儀をする重徳の母。家族の愛とは素晴らしいものだ。そういえば、俺の母だって俺が死なないと分かったら泣いて喜んでくれた……。


「うちはこの子の父が早逝して、女手一つでこの子を育ててきたから、定期健診なんて行かせる時間的な余裕も無くて。怪盗さんが来てくれなかったらこの子は……」


 喜ばれる盗みが、そこにはあった。

 ぶっちゃけ、貴女の息子さん病気ですよって教えるだけでも構わないのだ。しかし、こうして動画にして残す事で……少しでも魔法覚醒病の危険性を伝えられるなら、悲しむ人も少なくなるんじゃないか。そう思ってしまったのだ。

 自分の命のリスクより、大事なものがそこにはあった。

 なにより、感謝されるというのは心が温かくなる。これが承認欲求だとするならば、きっと良い承認欲求だ。


「それでは、さらばだ。この怪盗ジョーカー、確かに君の魔法を頂いた」


 ワイヤーでその場から離れた俺を尻目に、残された家族が喜び合う姿が、エクスの映す動画に残っていた。

 そして動画の締めの挨拶を撮影する。


「いかがだったかな? 魔法が使えないからといって、絶対に魔法覚醒病で無いとは限らないのだ。定期的な検診を受ける事をオススメするよ」


 なんとも教育的な内容になってしまった。

 今回は事情が事情なのでエクスに色々きっちりモザイクをかけてもらう事になった。

 患者を救う意味……分かった気がする。本人が喜ぶ、喜ばないは別として、その人の命を確かに救っている。それは誇り高い行為なのだ。


「それでいいんじゃない」


 無関心そうに言い放つのは、あの医者だった。三人目を救ったので給料をもらいに来たのだ。


「答えが見つかったならよかったよ。その顔からして、続けるんだね。怪盗」

「はい。命をかけるだけの価値、あると思います」

「一つの命が限界まで救える命を救う。いいと思うよ。僕達医者もそのつもりでやってる。そういう意味では僕らは同士だ」


 でも仲間では無いよ、共犯者だけど。などと続けるあたり、このお医者さんは素直じゃないんだろう。

 怪盗を続けるという事。それは自分を命の天秤にかけ、他人の命を問答無用で救うという事。つまり――怪盗とは誇りなのだ。


「これからどんどん盗んでみせるから、給料はもらいますよ。せいぜい破産しないようにねっ」


 などと医者に指を差して退出。

 ドアを閉めたところで俺は自己嫌悪に陥った。なにが破産しないようにねっだよ。ツンデレかよ……かわいいかよ……。

 精神の女体化が進んでいっている事を実感し、失意に沈む俺に声をかけてきたのは嬉しそうな相棒だった。


『えへへー、これからもよろしくね。オーコ、ううん。ジョーカー』

『ああ、もう迷わないさ。命ある限り怪盗を続けてやる』

『うんうん。ボクも全力でサポートするよ』


 自己犠牲、だなんて言うつもりもない。やりたい事をやるだけだ。盗んで、強くなって、配信者として承認欲求だって満たす。それで構わないんだ。

 なんたって俺は怪盗。欲望は無限大だ。



――――

――



 で、なにこれ。

 なんか変な感じがするので衣装チェンジしてみたのよ。もちろん自室で。

 そしたらさ。


「怪盗衣装の下がミニスカになってる……!」


 女体化現象、こうも直接来たか。ソックスだって絶対領域になってるし、もう完璧に女の子。

 ネットでは男女どっちか分からないのを賞賛されてたのに……。

 わたし、本当に女の子になってるんだなあ。

 ――自分の事、今わたしって言った! わたしって言ったあああああ!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >まあ、俺が世界初の魔法覚醒病とTS病の同時感染者っぽいですからね “感染者” この2つの病気って、感染するんですか?
[一言] 強くなるにつれて女の子になっちゃうとか天才かな
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