兄は警察官
「警察は投稿された動画から身元の確認を急いでいますが進展が無いのが現状で……」
テレビから流れてくる俺の事に関するニュースにはしゃいでるのは俺ではなく、相棒の妖精だった。
「見てよ、オーコ! 動画の投稿元からじゃ怪盗の特定は出来ないってよ! さすがボクだなあ。完璧な仕事!」
「犯行の様子を一般公開してんのどうなんだろうなあ……手口バレるじゃん」
「それを乗り越えてこその怪盗! 鮮やかに、美しく、決めちゃってよ」
「はいはい。それはそれとして、この『熱』の能力は応用効くな。頭固い爺さんが持ってるんじゃなければめっちゃ苦労したと思う」
手元に火を作り、すぐにそれを凍らせて見せる。『熱』とは高温だけでなく低温も操れるらしい。なにより、自分の身体に熱を宿す事もできて、これをやられていたら、触らないと魔法が盗めないという条件上、厳しかった。
「オーコちゃん~! お兄ちゃん来たわよー!」
「はーい!」
マキナはすっと消え、二階の自分の部屋から下の居間に降りていくとゴツめの顔と身体つきをした男……俺の兄が麦茶を飲んでいた。が、俺を見るなりそのお茶を吹き出した。
「ぶっはっ! おいおい洋二。なんだよその見た目。滅茶苦茶可愛くなってるじゃないか」
「そうなのよ洋一。娘って感じで可愛いわ。名前はオーコちゃんよ」
名前は洋一。職業は……警察官。怪盗である俺の天敵。
「オーコ、オーコねぇ。ははっ、なんだ自分で名前決めたのか? なんでもいいや。今日は非番だ。可愛い妹の買い物に付き合ってやるか」
そう、今日は服を買いにいくのだ。なんたって俺の服は病院で貰ってきた患者衣しかない。いくらなんでも生活は無理だ。ちなみに病院行くまでは裸ワイシャツだった。萌えだなあ、我ながら。
しかし兄よ、妹を強調するのはやめてくれ。恥ずかしいったらない。
で、今日の予定はうみむらとトゥーランドット。うみむらは安い服が手に入る定番の店、トゥーランドットは俺は知らなかったんだが女児服のブランドらしい。つまりおしゃれ着を買おうという事だ。俺はうみむらだけで良いって言ったんだけど母さんがね……。
『オーコ―、警察のお兄さんがいるなんて聞いてないよ』
『言ってないからな』
兄の運転する車の中でマキナとテレパシーで会話する。どうにも商売敵の兄が気になるようだ。
『ねえ、ジョーカーについて聞いてみてよ』
『なんで』
『厄介な怪盗だ……とか言って欲しい。許さんぞ怪盗! みたいにならないかなって』
この妖精の承認欲求の強さはどこから来たんだろうな……などと思いながら、溜息を一つ吐き、不審に思われない程度に探りを入れてみる。
「洋一兄。最近仕事はどう?」
「ん? そうだな……厄介な泥棒がいる」
『泥棒じゃない! 怪盗!』
憤慨するマキナを無視して俺は兄に続きを促した。
「鍵開けに特化した泥棒がいるようだ。母さんも洋二……オーコも気を付けてくれ。女二人になったんだ。泥棒に襲われないとも限らない」
む、確かに力比べになったら衣装でも着ないと大人には力負けするだろう。ちなみに怪盗衣装には身体能力の強化効果があるのだ。
「うちじゃ犯人は魔法覚醒病患者じゃないかと睨んでる。だから異世界に消える前に捕まえて治療を受けさせないとな」
『あれ? ボク達は? 怪盗について語ってよ! かーいーとーうー!』
俺達は世の中の犯罪者に比べればまだまだ、といった所なのだろう。少し安心したような気がする。
で、うみむらで最低限まともな格好になったところで、肝心のトゥーランドットへ向かった。ちなみにうみむらで普段着も結構買ったんだが……それでもトゥーランドットに行くらしい。新しくできた娘を着飾らせたい母の欲望は強いらしい。
俺は着せ替え人形になる事でその場を乗り切る事になった。兄はほぉ……と感心した様子だったあたり、実はロリコンなんだよなあなどと兄に対して思うものである。兄の部屋にはそういう本もあるからね。大丈夫か警察官がロリコンで。
元男の尊厳をボロボロにする買い物は終わり、家に着いた。
「今日はありがとね、洋一」
「洋一兄。ありがとう」
荷物も家に運び込んでくれて、感謝の言葉もそこそこに兄は寮に戻るという。
「なにか事件があった時対応できるようにしないとな」
との事らしい。生真面目な事だ。こんな調子だから洋一兄は家に帰ってくる事が少ない。それこそ俺がこんな身体になって困ってるなんて事態でも無ければ非番の日も寮で待機しているという。
まあ、それはそれとして。外を回った事で七つ道具のカードに新しいターゲットの情報が加わっているかもしれない。
カードの魔法を発動させ、ターゲットの情報を確認する。
泥棒 鉤田勇気(25) 覚醒魔法『マスターキー』
「あ、これさっき洋一兄が言ってた泥棒でしょ」
彼の拠点の情報も表示され、これを警察にリークするだけでも充分貢献できるのだが……それを許さない者がいる。妖精さんである。
「泥棒風情がボクら怪盗より格上みたいに見られてるのは気に入らないね! しっかり盗んでやろうね!」
こんな調子なのだから困ったものだ。まあ、彼の持つ魔法は名前からして効果が分かるというものだ。今後の怪盗活動に役に立つだろうし手に入れておこう。
という事でエクスが予告状を出しに行った。結構いいマンションに住んでいて鍵も電子ロックだ。
文面はこうだ。
「コソドロ、鉤田勇気。今夜零時、分不相応なお前の力を頂きに参る――Take your magic」
ちなみに配信用の動画冒頭でもこのように発言している。
この後、予告状を受け取ったターゲットの慌てふためく様子が映し出され、近くのビルの屋上で待機する俺にカメラが戻る。
「彼は泥棒を働いた。それも一回や二回ではない。生業となるほど罪を重ねている。私はこの者の魔法を使った犯罪を許すつもりはない。今こそ断罪の時だ。ふふ、泥棒と怪盗……どちらが強いかな?」
そう言ってビルから飛び降りると、華麗に着地し、ターゲットの住むマンションへと走っていく。そして堂々と警備員の前に姿を晒す。
「何者だ!」
「――魔法を盗む者。怪盗さ」
風のように走る俺に一般人の警備員が追いつける筈もなく。三階に住むターゲットの部屋へ辿り着いた。警備員が追いかけてきているが、それより部屋の鍵である電子ロックを開ける方が早い。いや、正しくは電子ロックだから早い。
「エクス」
「りょうかーい!」
電子機器に特化した相棒の妖精がハッキングして鍵を開けてくれる。内側から閉めてやると時間はちょうど零時を回ったところだ。予告通り。
奥の寝室で布団に丸まって亀のように頭を出している男を見つけた。彼がターゲットで間違いないだろう。
「く、来るな! 俺の魔法は俺のものだ! 誰にもやらねえぞ!」
「……哀れなものだ」
この様子もまた、撮影されているとは思ってもいないのだろう。俺達の知名度もまだまだだ。
などと思っていると突然、被っていた布団をこちらに投げつけてきた。それで捕らえるつもりなのだろう。
俺はカードを一枚取り出すと、ナイフよりよっぽど切れ味の鋭いそれで布団をXの字に切り裂き、次いで飛び掛かってくる男の腕を取る。
捻りあげ、背中に手を当ててカウント3。
「3、2,1。スティール!」
これで魔法『マスターキー』は俺のものだ。そして――そろそろ下準備が整った頃だろうか。
「動くな! 警察だ!」
名乗りを上げて部屋に入ってくる警官隊。そのリーダーは……洋一兄。
「遅かったじゃないか、警察の諸君」
嘘だ。タイミングばっちり。ありがとうってレベルで。
「何者だ!」
「怪盗……ジョーカー」
「――魔法泥棒か!」
これにはたまらず黙っていられなかったらしく、我らが妖精さんは姿を現した。
「怪盗だって言ってるじゃないか!」
「な、なんだ? 妖精?」
「そうだよ、名はエクス。ジョーカーの相棒さ」
「異世界人か……構わん、捕まえろ!」
おっと。彼ら警察が動き出すより先に、用済みのターゲットを蹴り飛ばした。
「先にこっちの取り調べを頼むよ、おまわりさん。こいつ、魔法使って鍵開けしてたどろぼーだからさ」
「何っ!?」
「その魔法ももう私の物だけどね。それじゃさらばだ」
「ばいばーい」
エクスは姿を消し、俺はガラスに突っ込んで脱出。そのまま広告の看板にワイヤーを絡みつけ、ビルに着地。そのままビル群を走り、飛び抜けていった。
逃げ切ったあたりで撮影再開。シメの挨拶をしなければならない。
「視聴者の諸君、いかがだったかな? かくして魔法を使った犯罪者は魔法を失い、身柄は警察へと届けられた。ハッピーエンドというものだ。魔法覚醒を放置する者を、私は逃しはしない。犯罪者なら猶更だ。私に手荒に扱われたくなければ、さっさと医者にでもかかるように。では、さらばだ」
撮影終了。エクスが動画編集をさっと済ませて一言。
「完璧だよ、ジョーカー!」
「へえぇぇ……そうだろう?」
デレっとした俺にエクスは首を傾げた。
「あれ? なんか今の女の子らしかったね?」
めっちゃ言われたくない言葉である。俺の精神はまだ女に染まったつもりはない。
「じゃ、動画投稿しまーす。タイトルは……魔法泥棒、捕まえさせてみた。ってところかな!」
「おー」
俺がパチパチと拍手すると、すぐにエクスは動画投稿完了を表明した。仕事の早さに定評のある子だ。
しかし、警察が来るようには仕向けたが、それが洋一兄だとはね……そこだけは計算外だった。
次の日の朝、魔法『マスターキー』を使った泥棒、鉤田勇気が捕まったとのニュースが流れたのを見た。認識阻害の効果のあるマスクをつけた幼女はそのおまけ程度だ、と思っていたら。
「怪盗ジョーカーは鍵開けの魔法を盗んだ。つまり危険度は勇気と同等かそれ以上! 俺が必ずジョーカーを捕まえます!」
そう息巻いている洋一兄の姿が世間に流れていくのを見て、俺は溜息を吐くのだった。