大怪盗◇
わたしは例の『洗脳』のダイヤモンドを盗んだ事によって、より警戒される事になった。魔法がかかっていようがいまいが、超が何個ついてもおかしくない高級な宝石を盗んだのだ当然の結果だろう。
警察もわたしの情報提供に百万単位の金額をつけてきた。向こうも本気という訳だ。
そして今日もまた、一枚の予告状を出した。あのオークションの参加者に魔法覚醒病の患者がいたらしい。
そのターゲットの豪邸を空から見つめる。『怪盗七つ道具』によって生み出されたモーターパラグライダーを使って様子を見ていた。すると、地上の警官の挙動が慌ただしくなったのが分かる。見つかったか。
よく見つけたな、と警察に賞賛の言葉を心の中で送りつつもこのまま様子を見るのは悪手と考えて人が何人住めるか考える事も難しいようなその家の中に侵入する事にした。
警察の手の届かない二階の高さへとパラグライダーで突撃。そのまま『ドリル』を使ったドリルキックで窓を割って侵入する。
過激だが、これでいい。もうわたしは迷わない。あの宝石を盗んだ事より重い罪などあるものか。ちょっと派手に登場するくらい、なんでもない。
そのまま警察が向かってくるよりも早く『時間停止』をかけてターゲットの部屋へと向かう。無駄に広いな。部屋の前で時間を動かし『マスターキー』を使って鍵のかかった扉を開けると、そこには紫の霧が部屋中を染めていた。
「ようこそ怪盗くん。早速で悪いが……ここで死んでもらうよ。この霧は『噴毒』のアロマポットによるものだ。使用者本人以外に害を成す、強烈な毒なんだ」
無視して歩き出す。こちらには『耐毒』の魔法があるのだから。臆病風に吹かれる理由も無い。
しかし、それを知られるのもシャクというものだ。わたしは『シュガーボム』で壁を吹き飛ばし大穴を開けると、外に向かって『風』を吹かせて毒を追い払った。
「む、くそ……ならば、試すか。異世界人召喚……こいこいこいこい! ミダス!」
その姿はまさしく剣を持った王だった。
対するは、三枚のカードを片手に持った怪盗。わたしだ。
牽制に二枚のカードを放つ。『狙撃』によって射程と命中率の上がったそれは、膝下といういやらしい位置に飛んでいく。王の姿をした異世界人は、その両手持ちの大きな剣を盾にして投げられたカードを防いだ。
剣の腹をこちらに見せたその姿、ちょうどいい。最後のカードに『斬鉄』を込めると、『ビーストモード』で突撃。斬撃によって王の剣は切り捨てられた。
そして、『キックストライク』で顎を打ち抜く。気絶する異世界人は、消滅した訳でもないから再召喚はできない。
「く、くそ……! 警察は! 警察は何をやっている!」
その声に反応したかのように、ターゲットにはタイミング良く、わたしにはタイミング悪く警察が乱入してきた。
「止まれ怪盗! 逃がしはしないぞ!」
おにいちゃんだ。警棒と盾を持った洋一兄とその部下が部屋の中に侵入してきた。まずいな、ここにはまだ「噴毒」のアロマポットがある。毒を吸ったら大変だ。
ここは奥の手を使うしかない。
わたしはミニスカートをたくし上げ、中のレオタードを露出させる。股の部分がちらりずむ。『魅了』を込めたその仕草に、警官達はメロメロだ。
「お願い。部屋から出てて?」
語尾にハートマークでも付きそうなくらい媚び媚びな声で、お願いを繰り出す。
「あ、ああ……」
そう言うと一人ひとり警官達が外に出ていく。おにいちゃんも例外ではなかった。色気にやられるとは情けない。ありがたいけど。というか魔法の効果だけど。
銃声。わたしは即座に『鉄壁』を繰り出してマントで身を守った。ターゲットは一丁の拳銃を構えていた。
「情けない警官どもめ! こうなったらわしが直接仕留めてやる!」
しかし、獣の速度を身に宿したままのわたしが一般人の男に捕まるわけもなく。『脱力』をかけながら男に触れた。
「3」
しかし、ここで異変があった。触れた手のひらが徐々に金に変わっていくのだ。これは……
「く、くふふふふ……見たか! これがわしの『黄金化』! 触れたものを金に変える力! お前は相手に触れないと魔法を盗めないのだろう。わしとの相性は最悪よ」
焦る事は無い。わたしはカウントを進める。
「2」
「ま、待て! 金になるのが恐ろしくないのか!?」
金への侵蝕が肩まで進んでいく。ターゲットの言う事は無視だ。なんら問題ない。『分身』を二体出して、彼女達に『ヒール』を使わせる。少しずつ黄金化が消えていく。
「な、なにぃ!?」
異世界の状態異常なら、異世界の魔法で治せるのは当然の事だ。カウントを最後まで進めよう。
「1」
「ま、待て。金をやろう! 欲しいだろう! 大量の金だ」
そんなものは欲しくない。欲しいのはただ一つ。
「スティール」
お前の魔法だ。
がくりと膝から崩れ落ちるターゲット。あとは逃げるだけ。
「さっきはよくもやってくれたな怪盗!」
『魅了』から他の警官よりも一足先に抜け出したおにいちゃんが部屋へと戻ってくる。魅了をこんなに早く解くのだから大したものだ。
わたしは『幻影』三体を出してそれらと一緒に部屋に開けた壁から飛び降りた。さあ、どれが本物か分かるかな? 確率は四分の一だよ。
「おのれ怪盗ー!」
見事に外したおにいちゃんは、いつものようにそう叫んでいた。
――――
――
―
今日も無事、一人を魔法覚醒病から救った。これからも救うだろう。
いつかこの身は、魔法覚醒病とTS病のバランスが崩れて、どうにかなってしまうかもしれない。
でも、そうなる日がいつ来るかは分からない
それまではどうか、父や母、兄。恋人のメイさん。わたしをセンパイだと慕ってくれるレミちゃん。アルセーヌの常連達と平和に暮らしていきたい。
そしてわたしの相棒――エクスマキナ。
「マキナ」
「どうしたんだい、オーコ? 今回の動画なら上げたよ」
「いや、そうじゃなくて……いつもありがとうって」
「なんだいそんなこと。怪盗として知名度を上げるっていうボクの我儘に付き合ってくれて、こっちこそ感謝してるよ」
それでも、「配信者」としてのジョーカーは彼女がいなかったら成立しなかった。
「ちょっとうっとおしい時もあったけど……動画のコメントや、掲示板の人達がわたし達を応援してくれるの励みになったよ」
「それはよかった。人は一人じゃ自分が正しいかどうか分からなくなるからね」
「ううん。わたしは正しくなんてない。なんたって」
「「悪役だからね」」
二人ハモって笑った。
怪盗を応援してくれた視聴者の皆にも感謝しないとね。
今までありがとう。これからも、よろしく。
わたしの、怪盗「配信者」ジョーカーとしてのカイカツはまだまだ続くよ。