生配信開始
ふふふ、パパにお願いして通す許可を貰っちゃいました。一階にネット回線。
これで特等席から生放送だって出来ちゃいます。壁際の席なので他のお客さんの顔が映る心配もほぼ無し、逆に映りたい人をゲストに呼ぶことも可能。お客様の声というやつだ。
あくまで体裁というか、メインはお客さんに店内でwifiを使ってもらえるようにする、という事になっている。ただでさえお客さんいっぱいなのに回転率落としてどうするのよ、というのもまあ正しいのだが……わたしが生配信やってるのにwifi使えませんって環境もちょっと不健全かな、と。
二回目のケーキ紹介動画を上げた時にお店の広報アカウントも作っておいて掲載したのだ。発信者は主にわたしなのだけれど。
たまになにか発信したい事があれば、とパパやママにも発言して貰うようにしているのだ。とは言ってもわたしが発言を聞き取って、それをわたしが呟くだけなのだけれど。
パパの機械を扱う限界はテレビ録画くらいだからね……「俺のケーキは世界一だ」とか世の中に向けて発信しちゃうあたりにネットの怖さを知らない感じがある。
その件に関しては、実際はどうあれわたしには世界一だよ、パパ。という一言を付け加えることで柔らかい雰囲気にしてみせた。そんな一言が追加されてる事は教えていない。
なんにしろ今日のこの時間、午後三時からオーコチャンネル生配信スタートです!
『わこつー』
『わくおつ』
『もう始まってる?』
などのコメントがパソコンの配信画面に流れ始め、いかにも「らしい」様相を呈してきた。私は明るく振舞い、カメラに向かって手を振ってみせる。
「はい、どうも! 元怪盗だと疑われる系看板娘マイチューバー。不知火オーコです! まあ怪盗だと疑われてたのも過去の話。アリバイが証明されちゃいましたからね。ちょっと勿体無かったかな?」
『そんなことないよ』
『怪盗だとしても推してた』
『そんな方法で再生数稼がないでもろて』
美少女パワーでちょっと危ない発言をしても許してもらえる。コメントの流れも早くて、トークの内容にも困らなそうだ。
「というか、わたし警察官の兄がいる事は第二回の動画で話したと思うんですけど、その兄に自白剤を飲まされまして。その時に堂々とジョーカーではないと宣言してるんですね」
『やば』
『自白剤って』
『やっぱ警察ってクソだな』
意外と警察に対するヘイトが高い……? きちんと擁護しておかないと、洋一兄に叱られるかも。
「自白剤と言ってもですね! 魔法でできた安全安心のしろものだったらしいので! 後遺症とかは全然ありません! 錠剤だったので注射されたとかでもないですし」
『当然』
『オーコちゃんの白い肌に注射はね』
『というか警察にも疑われてたってガチじゃん』
わたしの身を案じてくれているコメントがどんどんと流れてきて、愛されてる時間がリアルタイムで湧いてくる。生配信で駄目になる人の気持ちが分かってきた気がする。
「……警察に疑われてたというか、ジョーカースレにわたしがジョーカーだって個人情報晒されたのが元はと言えば原因なのですが」
『あっ』
『その件に関してはスレ民がご迷惑を』
『本人ムショなんで平にご容赦を』
ははーん? 彼らの多くはジョーカースレの民だな? 警察嫌いなわけだ。
「別に怒ってないですよ! あの件があったからこそ、配信者始めようと思ったわけですし。それで皆さんとこうしてお話できるようになったと思えば、感謝してもいいくらいです」
『菩薩の心』
『すき』
『配信者の鑑』
結構チョロ……げふんげふん。純粋な方々が多いようで、リップサービスがよく効きますね。
「さて、ちょっと質問コーナーと行きますか。気になるコメント拾っていきますよ」
そう言うと、一瞬の間を置きコメントが滝のように流れ始めた。
「じゃあまず年齢。実は成人してます。珍しい病気にかかってしまいまして、ある朝起きたらこんな姿になってました」
ええ……。とか疑う声とか、合法ロリだとかいうコメントが流れていく。
「次、ジョーカーに対してどう思うか。動画面白いですよね。わたしにああいうアクション求められても困りますけど」
これはジョーカースレの一般的な意見に乗っかる事にした。
「対岸の火事といいますか。わたし、魔法覚醒病ですけどちゃんと病院行ってますからね。自分でもちょっと冷たいとは思いますけど被害の及ばないところで何してくれても別に構わないかな、と。強いて言うならわたしイコールジョーカー説はもうちょっと引き伸ばしたかったです」
とか言ってるのがジョーカー本人だとは思わないだろう。この配信者というポーズは自分とジョーカーを結びつけないための一種の隠れ蓑なのだ。
『ジョーカー説が続いてれば目立てたからね』
『あんまり便乗するのもどうかと思うが』
『そんな事しなくてもオーコちゃんかわいいからすぐ頭角を現わしてた』
「ふふ、そうですね。ありがとうございます。……さて、今回はゲストとしてお客様に来ていただこうと思っております。うちに来てくれている小学生のカクレミちゃんです」
そう紹介すると、カメラの外から八角レミちゃんが現れてわたしの隣に座る。カクレミとは彼女のハンドルネームだ。
「ど、ど、どうも。カクレミ、です……」
「彼女はマイチューバーになりたいらしくて、実際にカメラの前に出てきてもらう事にしました。カクレミちゃん、大丈夫?」
「は、はい。センパイ。恥ずかしくて、き、気持ちいい」
だからそれを言うのをやめろと言うに。
『性癖よ』
『小学生ってマ?』
『オーコちゃんと比べると子供と大人じゃん』
コメント欄も大盛況だ。
『将来有望な性癖』
『最近の小学生は大きいね。オーコちゃんがちっちゃいのかな?』
『小学生でもう先輩後輩意識してるの?』
どんどん流れてくるコメントに、たじたじになってしまうレミちゃんに別の話題を振ることにした。
「実際どう? うちのお店。もう何回も通ってくれてるけど」
「ケーキ、美味しい。お茶の味は、よく分からない」
まあ小学生低学年だからね。ケーキの甘さは分かっても繊細なお茶の味まで分かれってのは厳しいのかもしれない。
「センパイは優しいから、すき。こうして配信出来てうれしい」
そう言ってはにかむ彼女は年齢相応に可愛らしい。そして彼女の好き発言にそわそわし始めた人物がいる。恋人のメイさんだ。カメラの裏側の席でなんと言っていいか分からないという表情をしている。ライバル登場と見ているのか、小学生の言う事だし……と耐えているのか。百面相である。
そんな探偵少女の葛藤を無視しつつ、生放送は恙なく進行していく。そして。
「あなたの心を頂きます。でお馴染みにする予定。アルセーヌの看板娘、不知火オーコと。……。カクレミちゃん、挨拶、挨拶」
「あ、あっ、カクレミでしたっ……!」
「またねー!」
無事放送は終了した。店内からは拍手の音が聞こえてくる。
「オーコちゃん、レミさんお疲れさまでした。どうです? 初生配信の感想は」
「リスナーがいい人ばかりで助かったって感じかな」
「センパイがすごかった」
すごかった、とは一体。その辺は小学生の感想だし気にしても仕方ないか。うまく言語化できないのだろう。
平日のおやつの時間だと言うのに結構な人数が来てくれてよかった。これなら次回配信をするモチベーションも高まるというものだ。
充実した一日を過ごし、夜。今度は怪盗の時間だ。
最近はなぜかまたこの一帯での重篤な魔法覚醒病患者が増えている。悪い傾向だ。
わたしにやれるのは一人一人から魔法を盗んでいくことだけ。なんとか異世界に消える前に繋ぎとめてみせる。
という事で、今回のターゲット情報はこれ。
ペットショップ店員 山城優実(22) 覚醒魔法『幻影』 召喚『レオン』
彼女の店に予告状も出しておく。内容はこうだ。
『偽りの姿を持つ女、山城優実。その幻を剥ぎ取り、我が物とさせていただこう――Take your magic』
怯えながら帰路につくターゲット。何度も後ろを振り返りながら歩く、その面前にわたしは姿を現した。
「こんばんは。いい夜だね」
「か、怪盗さんっ。どうか見逃してっ……!」
「そうはいかない。なぜなら私は――魔法を盗む者」
そう告げると、彼女は急に態度を変える。
「なら死ねよぉ! きてっ、レオン!」
召喚されたのは大き目の爬虫類……人間を食べられそうなほど大型のカメレオンで、亀の甲羅を背負っている。
そして召喚者本人は、五人に分身してそれぞれがばらけるように逃げていった。なるほど、あれが『幻影』か。
まずはこの異世界人をどうにかしなければならない。
わたしはこの爬虫類の伸ばしてきた舌を躱すと、『風』の魔法で風巻く球体を五つ浮かべ、射出する。眼球や身体に命中し、明らかにダメージを受けているという様子だったが、根が臆病だからなのか知らないが亀のものに酷似した甲羅の中に引っ込んでしまった。
「『シュガーボム』」
指差し、爆発を起こしてみせるが響いた様子は無い。さてどうするか。あまり長い時間をかけてもターゲットを追うのが面倒になるだけだ。
『熱』で煮るか、『斬鉄』で一思いに捌くか……いや、あれがいいと俺の中の男心が挙手をする。
「『キャットストライク』」
猫のオーラが身体の中に浸透し、跳躍。飛び蹴りの体勢に入ったところで。
「『ドリル』展開!」
右脚をドリルに変えて、抉り取る!
「三魔融合『キャットリルストライク』!」
鉄壁のように思えた甲羅も火花を散らして削れていき、ついに貫通した。爆発する異世界人。
あとは逃げたターゲットを追うだけ。そう考えてカードを見てみると……彼女はここにいた。
俺は『熱』を起動し周囲を凍らせると、明らかに人の足が凍ってる箇所を見かける。
ターゲットは五人に増えて逃げたふりをして、『幻影』でこの場に隠れていたのだ。つまり、五人全部がフェイク。
俺は凍った足を目安に身体に触れると、三つ数えた。
「3、2、1。スティール」
魔法を奪われたターゲットがその姿を現わしていく。その姿は……。
「くそっ、くそっ……見るな、見るなぁぁぁ!」
10歳は老けて見えた。おそらく『幻影』を常時使用して、顔を良く見せていたのだろう。
「本当の自分も愛してやる事だ。さらば」
俺はワイヤーを使って路地から去った。ドリルを使うと俺の中の男心が目覚めて良い感じだ。今後も使っていこう。
でもこれは本当に男心なのか? 女のわたしが、男だった頃の俺を演じているだけじゃないのか? そんな考えが頭に浮かび、それを首を振って否定した。