風の旅人
わたしの肖像権が侵害されている。
一回怪盗ジョーカーのスレでそういう事があったのは知ってるし、その後は捕まるかなんかしたんだろうと思っていたのだけれど、それどころかむしろヒートアップして個人情報まで掲載されていた。
それでなんで捕まらないのかなーとか思ってたけど、これうちが訴えないと駄目なやつじゃないかと調べてみた結果。
なんか肖像権侵害って捕まらないらしい。民事の損害賠償は請求できるみたいだけど……そんな裁判とかやってる暇はうちには無いのだ。
父はせっせとケーキ作りをしなければならない。なぜなら客が増えたから。
なぜ増えたか。自分で言うのもなんだが超美少女のわたしと近づきたいという疚しい目的の輩が増えたためである。
どっちもわたしの責任である。どうしたものか、と考えた時に思いついたのがこれだ。
――そうだ、マイチューバーになろう。
あれなら顔出しさせられたのも顔を売るチャンスになったと考えられるし、ジョーカーとしてのアカウントしか持ってなかったから表側の顔としてのアカウントがあってもいいと思う。こっちは自宅の回線を使えば、回線の出所が不明のジョーカーアカウントとは別人ですって顔も出来そう。
うん、いいんじゃないかな。という事で両親に許可を貰いにいったところ。
「オーコちゃんの可愛さを世界に広めましょうね」
「俺にはよく分からねえ世界だ。ただ、必要なもんがあるなら言え」
と承認を頂き、撮影用のカメラも買ってもらって準備万端だ。
それでどんなチャンネルにするかと言うと、我が家の宣伝をメインにする事にした。ケーキ喫茶「アルセーヌ」は今、これ以上なくお客さんが入っているから必要ないっちゃ必要無いが、他にやりたい事があるわけでもない。看板娘として働こうと思ったのだ。
まあ、たまにゲーム実況でもあげるかも。うちだけでネタがそんなにあるわけでも無さそうだし。
という訳で早速翌日、アルセーヌの紹介動画を録画する事にした。場所はいつもの特等席、窓際の座席だ。
「はい、どうも。はじめまして。なぜか怪盗「配信者」ジョーカーだと疑われている系看板娘、ケーキ喫茶「アルセーヌ」の不知火オーコです。たぶんね、家の名前が良くないんですかね。アルセーヌって怪盗の名前ですから。家族ぐるみで怪盗やってるんじゃないか、だなんて言われたりして」
女の子らしい所作に気を配りながら一人トークを続けていく。
「でもこの名前、パパが言うには味で心を盗めるだけのケーキを作ってやるって意気込みから来たそうですよ。さて、そんなパパの作ってくれるケーキがどんなものかと言うと……」
カメラの外に置いておいたケーキを手元に持ってきて、ちょっと大袈裟なリアクションを取る。
「わあ、王道のイチゴショートケーキ! ケーキと言ったらこれを想像する人も多いんじゃないでしょうか。早速食べてみたいと思います」
そう言って小さなフォークを使って一口。
「うーん、美味しいです! 甘いクリームとさっぱりした苺がマッチして、それをケーキ生地が支えてくれますね。さすがパパの作ったケーキ。最高!」
カメラを持って移動して、ケーキの売り場を映していく。
「イチゴショート以外にも、こんなにたくさんのバリエーションがあるんです。レビューしてほしいケーキがあったらコメントくださいね」
露骨なコメント稼ぎをした後、カメラを三脚に戻して再びトークの撮影に戻る。
「で、わたしが座っているここ。イートインスペースなんです。ケーキを買ったら、そのまま店内でお召し上がりできます。そしてママが担当しているのが、お茶なんですね」
そう言ってミルクティーをカメラ外から取り出し、一口。
「うーん、落ち着く味。ママのお茶も一級品です。……と、言ったところで今回はここまで。お相手は看板娘の不知火オーコでしたー、ばいばーい」
そう言ってしばらく手を振り続け、カメラの撮影を停止。ふぅ、と一息ついたところで話しかけてくる者が。
「オーコちゃんオーコちゃん、今日もとってもかわいいです! じゃなくてなんか面白そうな事やってますね!」
「お仕事です、お仕事。わたし、看板娘ですから」
「ちっちゃいのに働いててえらい!」
わたしよりは大きいけど、小さいのに働いてるのはお互い様では? と思ってしまう。メイさんは小さいって言っても胸はでかいが。
「で、その『魅了』はいつ解けるんですか。私辛抱たまらんのですけど」
探偵少女はわたしに向かって小声で話しかける。本当に『魅了』ではないのだ。お医者さんが証明している。
「『魅了』とかしらないです。自分で言うのもなんですが、これは自前の魅力です」
「むう、魂に響いてくるこの感覚。魅了されてるとしか思えないんですけどー」
ふむ。たしかに超美少女になったとは聞いたけど、顔の造形とかが急に大きく変わったら普通に違和感あるよね。TS病は魂に関する病気、そう考えると魂に響くなにかを発していたとしてもおかしくない……のかな? それって魔法ではないけど魅了の一種?
うーん、分からない。あのお医者さんの雑な話をきちんと追求しないのは悪かったかもしれないね。
貴女は超美少女になりましたって言われて浮かれてたかもしれない。とはいえ綺麗になったと言われて喜ばない女がいるものか。
「それよりメイさーん。わたし、魔道具についてもっと知りたいなー何持ってるんですかー?」
顔を寄せて彼女に甘える。ハニートラップだ。
「ああっ、駄目です駄目です。お互い伏せれる手札は伏せておきましょう……! あっ、近いっ。かわいい……!」
魂を震わすらしいこの美少女力で散々にメイさんをからかって一日を過ごした。これで少しは慣れてくれたと思う。
その日の夜は撮った動画の編集作業に明け暮れた。そしてそのまま動画投稿まで持っていき、次の朝。
「再生数が千回も行ってる! 嬉しい!」
ジョーカーとしての動画に比べれば些細なものだが、初投稿の深夜に千も行けば充分じゃなかろうか。動画内容だって派手なものもない店の宣伝だ。それがこれだけ再生されるというのはやはりわたしの顔の良さ、顔の良さのおかげ……!
などと考えたところで思い出す。いつだったか、TS病患者はナルシストが多いよ、と言われたことがある事を。
気を付けよう。
ちなみに今日のメイさんはスキンシップを少し返してくれるようになった。なんでも魅力がアップしてからのわたしは触れるのが恐れ多かった、とかそういうレベルなんだとか。恐れ多いって。神相手じゃあるまいし。
割と正気に戻るのが早かった相棒、マキナは怪盗稼業のサポートに回るように戻っていた。いつまでもわたしを間近で録画されてもね。
で、彼女の助言通りに一日一回カードを確認すると、重症患者の情報が出てきた。
マイチューバー 風谷今鹿 覚醒魔法『風』 召喚『シルフ』
所在地は県内のホテルだ。県外からやってきて動画撮影の取材として観光にでも来たと言ったところかな。
わたしは閉店後すぐにバイクを走らせ、その人物の泊まる宿泊施設までやってきた。怪盗へと変身して彼のいる部屋に『斬鉄』の込もった予告状を、外壁から部屋の中に貫通させて渡した。
「マイチューバー、風谷今鹿。コラボ動画の撮影と行こう。内容は魔法奪ってみた。奪われてみた、だ。開始時刻は深夜零時。せいぜい動画映えするように、華麗に踊ってくれたまえ……マジかー! 怪盗本当にこの辺いるんだ! カメラカメラ!」
その男は慌てる様子も無く、動画撮影の準備を始めた。自信があるということか、それとも放送の事しか考えていないのか。
そんな様子を撮影し終えて、こちらも前振りを録画する事にする。
「諸君、ごきげんよう。今回の相手はマイチューバー投稿者。同業みたいなものだ。撮影に協力的だと助かるよ。盛り上がる展開になることを、君達も望んでいるだろう?」
結局、その後ターゲットは外に出る事も無く、部屋の中で予告までの時間を過ごしていた。
時間になったのでエクスは録画を開始し、部屋の前へ。
『マスターキー』でホテルのターゲットの泊まっている部屋の扉を開け、中に入ると大声が聞こえてきた。
「ウィンド風谷のー! ウィンドウショッピングー! 番外編! 今日はね、怪盗さんが俺の魔法を狙ってるって事で、番外編撮っていきます。怪盗さんにね、色々質問してみましょー!」
このカメラの前で高いテンションを見せる様子は間違いなくマイチューバーだった。
「その前に、最近我らの前に姿を現してくれるようになったマスコットキャラの紹介です! おいで、シルフ!」
そういうと、緑色をした小さな妖精がどこからともなく姿を現し男の前をひらひらと踊り回る。
「そして、合体! シルフをこの身に宿す――」
妖精はその指示に従い、ターゲットの身体の中に入っていく。察するに、ターゲット本人を強化するタイプの異世界人か。
部屋の中で、ドアも閉まっているというのに風が吹き、マントがたなびく。
「さあ、まずは自己紹介から始めましょうか! ジョーカーさん、お願いします!」
「怪盗「配信者」ジョーカー。趣味は医者に通わない重症患者から魔法を盗むこと」
三枚のカードを投げるが、風によって曲げられてしまう。『斬鉄』は必須か。しかし本人に直撃させると危ないか?
「俺はウィンド風谷! この魔法に目覚めてから改名しました。普段はあちこちに旅行して、ウィンドウショッピングして帰る……という体で、つい我慢できなくて色々買っちゃう、みたいな展開がお約束ですね」
興味が無い。ここで魔法を盗んだらそこまでの関係だ。
風の刃が飛んでくる。『斬鉄』を込めたカードで風を切り裂くと、そのまま投擲。一枚はカメラに向かって。
「うおっ、カメラ狙うのはご法度でしょ! ……お?」
後から投げた二枚はターゲットの腹のスレスレ、服だけを狙った。これで少しの間動けないだろう。
そこを狙って『ビーストモード』で一気に距離を詰める。猫科のオーラが耳と尻尾を作り出し、体内へと入っていく。金の双眼が獲物を捕らえる。
身体強化という意味ならば、これで五分と五分だ。なによりあいつは、カメラを持って動いている。どうしても保護する関係で動きは緩慢になる。
「……くっ」
服を犠牲にして逃げるターゲット。しかしもう遅い。迎撃する為に放たれた風の刃を何度となく躱し、俺は男に接近して押し倒すと馬乗りになった。
俺は彼の持つカメラにピースをしてウィンクも一つ落とすファンサービス。胸から腹をなぞるように人差し指で触れ、シルクハットの中にしまってある魔道具を使って『脱力』をかけながら魔法を奪う。
「3、2、1。スティール――魔法、『風』。確かに頂いた」
異世界人が体内から消失し、異世界に消えていくのが分かる。
「ああ……怪盗も可愛いなあ。「アルセーヌ」の看板娘見に来たのに浮気しちゃいそう」
もしやお前、今回の旅行動画はわたし狙いか。さっそく表垢のファンが来てくれているとは嬉しい限りだ。
「ウィンド風谷も改名だなあ、魔法無くなっちゃって。短い改名期間だった」
「なにをぼんやりしている。コラボ動画はまだ続いてるぞ」
「え、いいんすか! 質問コーナーやって!」
頷きを一つ返すと、長い夜が始まった。
ちなみに次の日は言っていた通り「アルセーヌ」の方にも来てくれて……わたしは知らなかったが実は毎回十万再生をコンスタントに出すそこそこ有名な人だったらしく、人気はうなぎ上りだ。表の顔も、裏の顔もね。