トラブルマジックチャーム
起床。
昨日は隣の県まで行って疲れた。メイさんと一緒だと嬉しいのは嬉しいけど余計に疲れるのも事実だなあなどと考えていると。
「おはようオーコ! 今日は一段と可愛いね! その可愛さを保管したいから今日は一日中録画回しとくね!」
などと相棒の妖精さんが言い出した。頭おかしくなったんだろうか。
一通りの身支度を済ませて母と父に朝の挨拶をすると、やっぱりこっちもおかしいのだ。
「オーコちゃん。今日も可愛い!」
「……なんか欲しいもんあるか」
抱き着いてくるママと、なんか急に優しいパパ。なんなんだ皆して。
営業開始時間になった。今日は常連さんによく声をかけられる。常連だけじゃなく、普段そこまで来ない人も話しかけてくるのだ。あと店内に入ってくる人そのものが多い。
そんな日もあるかなあ、なんてのんびり考えてたら店の前を歩くメイさんと目が合った。彼女は外からわたしを見つけるとダッシュで入ってきて同じ席に着くなりこう小声で言った。
「『魅了』! 『魅了』漏れてません!?」
「え?」
突然すぎる。というかその魔法を持ってるのはジョーカーであって。
「すみませんお義母さん! オーコちゃん借りまーす!」
そう言うと彼女は俺の手を握って二階に上がってきたのだ。
「ちょっとオーコちゃんの部屋のドア借りますね? 『トリックルーム』」
彼女がそう言って俺の部屋の扉を勝手に開けるとそこには、知らない女の子の部屋があった。
わたしはそこに連れ込まれると、扉を閉められる。
「え、何? 二つ目の魔法?」
「そんな事はどうでもいいんですよ! オーコちゃん。今日は正体に関するあれこれ置いといて言いますけど、今日やけに魅力的なんですよ! それ絶対昨日の『魅了』のせいじゃないですか!」
まーた訳の分からない事を。わたしの魔法が漏れ出るなんて今までそんな事は無かったし、得意のカマかけだろう。俺がこてんと小首を傾げると、メイさんは鼻を抑えて後ずさった。
「なんて可愛らしいんですか……! 『絶対魔法障壁』で防げるはずなのに防ごうという気力そのものが奪われてます。ガード不可能で鼻血が出そう」
ううむ、本当なら不味い事かもしれないよな。
「病院行くね。それでいいでしょ?」
「駄目です駄目です! 今のオーコちゃんが迂闊に外出歩いたら、即誘拐ですよ!」
そんなわけないでしょ。大袈裟だなあ。
「じゃあ、どうするっていうの」
「ここで私と『魅了』の使い方を特訓してもらいます!」
「なるほど、本音は?」
「かわいいかわいいオーコちゃんと二人っきり! ひゃっほう」
そのためにこの部屋に連れ込んだのか……いい感じに狂ってるな、メイさんも。
ちやほやされるのは悪くないとはいえ、確かに制御を練習しといた方が俺の為になるかもしれない。とりあえず俺に使ってる意識が無いから、『魅了』を使ってる意識をして発動させるところから。
「メイさん」
「ひ、ひゃい」
俺は顔を彼女に近づけると、囁くように言った。
「わたし、心配だな。メイさんが魔法使うの。消えて欲しくないんだ……分かって?」
「だ、大丈夫れす。私が使ってるのは本当は魔道具なので、私自身には何の影響もございましぇん!」
魔道具の使い手! こんな近くにいたのか! 驚きもそのままに、私は『魅了』の効果を絞りながら、おねだりしてみる事にした。
彼女を壁に押し付けて、そのまま手で壁を押さえ、逃げ場を塞ぐ。
「魔道具って興味あるなあ……譲ってくれない?」
「う、うう。一つだけ。一つだけですよ?」
複数持っていたか。そういえばなんか昨日と今日で使ってる魔法違ったもんな。どっちくれるんだろう。
メイさんがいつものリュックサックから取り出した物は……はにわ。
「『脱力』のはにわです。触れてる相手は身体の力が抜けてしまいます。本来探偵として相手を拘束する時に使ってたんですけど、ジョーカーが魔法を奪う時とも相性がいい筈ですよね」
なるほど、三カウントの間の安全性を高めるということか。確かに便利だ。
わたしは『魅了』を全開にしてお礼を言った。
「ありがとう。確かにジョーカーに渡すことにする。ありがとう、メイさん」
「は、はうぅ~」
ついには目を回して気絶したぞ。魅了されるってこういうものなの?
まあいいや、シルクハットの中にこれは入れておこう。俺は魔法で帽子を取り出すと、その中に仕舞ってシルクハットを再び異空間に戻す。
なんとなくだが、この状態からでも魔道具の魔法は発動する……そんな感じを直感で覚えていた。
というか結局制御の訓練はこれでいいのか? 元々自分で使ってる意識が無いから分からないし、訓練に付き合ってくれるっていうメイさんは潰してしまった。
とりあえずこの部屋から出てみるか。お、自分の家に戻ってきた。一階に降りて自分の特等席に戻ろうとしたところで……ちょっとしたトラブルが起きた。
俺の座っていた席を、崇める者達がいるのだ。
「な、何やってるの?」
ドン引きである。
「オーコさんの座っていたぬくもりが尊くて」
もう一度言おう、ドン引きである。
「ささ、どうぞどうぞ。オーコさんにこそ、この席は相応しい。外の連中にオーコさんの可愛らしさを存分に振り撒いて頂ければ」
『魅了』抜けてないなこりゃ。うーん、メイさんの話を真面目に聞いておけばよかった。
そんな事を考えても後の祭りだった。皆がこれでもかというほどにちやほやしてくれて……これは気持ちがいいな?
駄目だ駄目だ! こんなの魔法を悪用してるのと変わりがない。真面目になんとかしないと不味い。
とは思うものの、意識していない魔法の制御なんて分かるはずも無く。今日の営業時間は一日皆がいつも以上に優しかった。
で、その夜。この魔法常時発動と更に強化状態として起動型発動の二段階あるんじゃないかと疑い始め、それじゃあどうしようもないよなあなどと頭を抱え始めたのだが、そんな時だった。
一階で何かが割れる音がしたのだ。
コップが落ちるか何かしたのか? などと思って下に降りてみれば、見知らぬ男がガラスを割って、家の中に入ってくる瞬間に立ち会ってしまった。
目出しマスクを被ったその男は明らかに犯罪者のそれで……。私の頭は真っ白になってしまった。
「そ、そっちから来てくれるなんて嬉しいなあ。縄、縛るけど痛くしないからね。ナイフあるよ。刺さると痛い痛いだからね、抵抗しないでね」
つまるところこれは誘拐だ。明らかに慣れてない緩い縄の縛られ方をしながら、私と誘拐犯は玄関から家を出て、車に乗せられた。
「こ、こんなことするつもり無かったのに。かわいくて、かわいすぎるから。ああ……」
そう言って後部座席にいるわたしをちらちらと覗き込みながら運転をする誘拐犯。危ないから前見て欲しい。
『魅了』の危険性について真面目に考えてこなかった罰だなこれは。皆に好かれる自分に酔ってたかもしれない。
で、なんで手を下さないかというと、俺の中の少女の部分が完璧にてんぱってて動けないからだ。どうしよう、とか。なんで、とか。そんな事ばかり考えてしまう。
怪盗に変身すればいいんだろうが、犯人に正体がバレるのも美味しくない。どうにか目を離した隙にボコりたいが、流石に運転中は危険すぎる。
と、思っていると。車が停止した。そして誘拐犯は車から降りると後部座席の扉を開け、俺に歩くように促した。
てっきり、犯人の住処にでも辿り着いたのかと思ったがそうじゃない。警察の検問があったのだ。
それから逃げるように反対側に歩かされるが、警察の目は誤魔化せなかった。
「そこの顔を隠した男、止まりなさい!」
すぐに警察は追ってきて、誘拐犯を確保してくれた。
「俺は、俺は悪くない! この娘がこんなに可愛いから! 俺は、俺はぁ……」
激昂したかと思えば項垂れる誘拐犯は情緒が不安定なように思えた。
それだけの精神操作をしてしまったのだ。俺の心は罪悪感で一杯だ。
「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。すぐおうちに返してあげるからね」
優しく微笑んでくれた婦警さんになんとか微笑み返す。思っていたより疲れていたのか知らないが、パトカーの中で安心して寝てしまった。
そして家の前まで送ってもらうとそこには。
「洋一兄!」
警察官の兄がそこで指揮を取っていたようだ。俺は兄に近づくと抱き着いた。
「おお。オーコ無事だったか。お前また可愛くなったな? だから誘拐されたりするんだぞ」
ごもっともで。
「でもなんで俺の居場所分かったの?」
「お前というよりは犯人の、だな。お前をジョーカーだと疑うレスのついたジョーカースレで、今日の書き込みで犯罪予告している書き込みがあった。そのIPを辿って検問を仕掛けたんだ。
とはいえもちろんそれだけじゃなく、各地に調査の網は張ったがな」
そうなのか。スレ覗くのは毎日じゃなくなったからなあ。
「明日は念の為精神科行って見て貰えよ。お前のかかりつけの魂科の先生が精神科もやれるらしいからそこでいいだろ」
なんともちょうどいい展開だ。これで堂々と『魅了』についての相談が出来る。
というわけで翌日。母に連れられて魂科の先生に診てもらいに来たのだ。
「『魅了』も、まあ若干ある。あるけどね。それは相乗効果なわけ」
というのが先生の見解だった。どういうこっちゃ。
「魔法を多量に手に入れた事によるTS病の反発が凄い事になって、普通の美少女から超美少女になっちゃってるね。元がいいって言うんだろう。そこに僅かな『魅了』が加わって、効果量が凄い事に」
つまり……俺が可愛すぎるのが問題ってことか!?
「常時発動してる魔法自体の効果は好きな匂いの香水をつけてる、程度だろう。それでも君の美少女力は他人を誘惑するのに充分だという事さ」
「同性にも効果あったんですけど」
「あるよ? でも美からは逃れられないよね。性別を問わない可愛らしさなんだろう。実際僕も君の事を今までより好ましく思ってる」
そんな感じがしないんだよなあ、この人。
「結構困った事になるんじゃ」
「仕方ないでしょ、超美少女なんだから」
そう切り捨てられると俺もがっかりだ。
あとついでに誘拐されそうになっても助けてくれなかったマキナは、と言うと。
「誘拐されて震えるオーコはかわいかったなあ。ほら、よく見ると震えてるんだよ。こんなに間近で撮ったからよく分かるでしょ?」
などと言って、帰ったら俺の部屋で動画を投影して楽しんでいた。お前が一番のファンになってどうする、相棒。俺の可愛さに早いうちに慣れてくれよな。
――でも、みんなにかわいいって言って貰えるの気持ちよかったなあ。と、俺の中の少女が承認欲求をこれでもかというくらいに満たしていた。