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伝説の木の下で

 魂科の先生は、俺とマキナの話を聞きながらパソコンでメモを取っていた。


「なるほどね。異世界人の召喚は魔法覚醒病を促進させる危険性がある可能性、か。こっちでも調べてみるよ」


 わたしがお願いします、と頭を下げると医者は突然に病気に関する蘊蓄を語り始めた。


「千人に一人が罹るという魔法覚醒病。なんでこれが異世界消失病と言わず、魔法覚醒病と呼ばれるか知ってるかい? これは元々、この病人が魔法を使えるようになった選ばれた存在の証だと勘違いされていたからなんだ。だから賞賛の意味を込めて魔法覚醒者と呼ばれていた。

 覚醒後は消失するリスクがあるなんて当時は知られてなかったからね。その印象が今でも消えず、また症状としても分かりやすいせいで魔法覚醒病なんだ。医者としては消失のリスクがある事を示す名前に変えたいんだけど、一度一般化した名称を変えるのはなかなか難しいね」

「はあ……」

「ああ、愚痴がメインになっちゃったか。千人に一人が罹るって方が大事でね。まあ割合としては低いとは思うだろう。それはそれとしてさ。木も病気になるって言うよね?」


 え、まさか木まで魔法覚醒病になったなんて話になるのか?


「隣の県にある大学、恋が叶う伝説の木っていうのがあるみたいでさ。まあ、おまじないみたいなものだろうと思ってたんだけど最近、その辺に空飛ぶ痴女が出てくるって言うもんだから。あー、そういうのもあるんだなって」

「異世界人召喚まで……? でもそれ、他に誰か召喚者がいるってだけじゃ」

「その辺調べて欲しいと思って。この仮説があってるとしたら、持ち主の言う事に従う魔法のアイテム、つまり魔道具の存在も噂じゃないと仮定できるだろうね」


 なかなか厄介な事になってきたなあ。病気の木に魔道具か。お医者さんの取り越し苦労だと良いんだけど。


 なんて思いながら帰ってきたら、お騒がせ探偵が同じ話題振ってきた。


「オーコちゃん、恋の叶う伝説の木って知ってます?」


 ともすれば、疑う事は一つ。


『マキナ、盗聴器は?』

『ないよ安心して』


 よし。会話続行。


「知ってるけど、そういう伝説って結構どこにでもあるじゃない」

「違うんですよー。私の通ってた大学のやつは本物だったんです」

「えっ、大学!?」


 驚くわたしに彼女は自分が飛び級で大学を卒業しているのだと教えてくれた。

 そんな天才が探偵なんて安定しない職業に就くなんて……。彼女の人生だ、余計なツッコミはやめておきますか。


「それでですね、最近そこにサキュバスが出るという噂でして。ここはいっそ、怪盗さんの力をお借りしたいなー、と」


 溜息を付かざるを得ない。


「わたしに言われても困るんですけどー」


 そう文句を言ってみるが、どうにも真面目に受け取ってもらえない。


「どうにも樹に近づくと強制的に恋心を植え付けられる? みたいな暴走してるらしくて。結構危険そうなんですよ。私も調査に行くんですけど変な男を愛しちゃったらやだなーって」


 む、それは確かに嫌だ。凄い厄介なところもあって、面倒な女ではあるとはいえ、メイさんはわたしの彼女なのだ。


「……ちょーさのにちじだけおしえてください。ぐーぜんかいとーがくるかもしれません」


 棒読み。

 もうこれ正体言ってるようなものだよ。メイさんめっちゃ笑顔。腹立たしい。

 恋は人を弱くするね。



 それでまあ、バイクに乗って隣の県まで来ました。メイさんとも合流しまして、今動画を撮り始めたところです。


「諸君、ごきげんよう。今回はカップルを無理矢理成立させる謎の樹の調査に来た。全然関係ないだろうと思う者もいるかもしれないが、魔法に関する事にならどこにでも現れる。例えそれが――探偵と合同だとしてもだ」

「みなさんはじめまして……ではないですね。ジョーカーさんの動画で一回助けてもらったところが映ってます。今回はジョーカーさんと、あ、すみません。呼び捨てで呼んでもいいですか?」

「好きにしろ」


 許可を出したらテンション爆上げ。なんだよこの子。わたしの恋人か。


「きゃー! じゃあ、ジョーカーと! わたしで! 事件解決しちゃいますよ!」

「はーい、一旦カットー」


 取り仕切るエクスに対しても一人で盛り上がっている探偵少女の様子と来たら。真面目な調査だとは思えない。


「生エクスですね! 綺麗な色合いの髪ー」

「そろそろ行くぞ。時間が惜しい」

「あ、待ってください。もっと近くに寄ってくれます?」


 今度はなんだ、と溜息が出そうになったが俺はそれを飲み込む形となった。


「『絶対魔法障壁』……これがあれば、樹の魔法にも対抗できるはずです」


 わたし達の周りに半透明の青い壁が出来る。


「まさか、探偵も魔法使いだったとはね」


 てことは親子二代で魔法覚醒病か。珍しいってレベルじゃないぞ。


「ふふふ、今の時代に探偵をしようと思ったら魔法の一つや二つ持ってないと出来ませんよ」

「なるほど……」


 というか。


「じゃあお前はあれだな。実は一人でも大丈夫だったな?」

「何の話でしょう? 私、恋人にはそういう話して出かけましたけど、ジョーカーには話してませんよね?」


 動画に使えなくなるようなギリギリの発言やめてよ! 本当にこの女はもう! でも好き。なんで好きなんだろうなあ。身体かな? 身体目当てかな?

 そんな自分の中の疚しさに自問自答しながら、大学内の樹が植わっているという場所まで歩いていく。離れていても分かるくらい、巨大な樹だった。

 一応カードを見ておこう。


 木 コノハナサクラ(216) 覚醒魔法『魅了』 召喚『サキュバス』


 なるほど、エロだ。エロ木だ。

 いやでも人間がこの魔法持ってるよりはマシだったか……?

 カードに映るって事は重症ってことだったわけで、この木が異世界に行ってしまうところだったのか。人間に比べると助ける価値は低いかもしれないが、樹齢二百歳だからな。敬うべきか。

 などと考えていると、樹の植えられた広場についた。すると、羽根と尻尾の生えた、際どい衣装の下腹部にピンク色の紋様をつけたお姉さんがふわふわと浮いて近づいてきた。


「あら、貴女達……コノハナ様に魅了されないのね。今頃えっちな事したくて堪らなくなってるはずなんだけど」

「生憎だが、対策をしてきている」

「そう。それじゃ――私といい事しましょ?」


 一瞬だった。転ばされ、恥ずかし固めの体勢を取らされると、おっぴろげに開脚させられレオタードが股に食い込んでくる。布が一本筋の様相を呈して来たところで、さらなる追撃をするという冷酷な宣言が下された。


「このまま尻尾で貴女の大事なところをイジってあげる……」


 固められた身体で抵抗もできず、顔の前に差し出された尻尾は蕾が開くように僅かに口を空け、粘液を垂らしている。

 このままなすがまま、という訳にはいかない。


「『マスターキー』! 股よ閉じろ!」


 この魔法は開閉の概念のあるものならなんでも開き、閉じる事が出来る。それは自分の股だって例外ではないのだ。

 そのまま蹴りを放つが、平然と足を掴まれて立ち上がられ、宙にぶら下がった。

 このサキュバス……格闘技が得意なのか!?


「『ビーストモード』!」


 獣の魔力がオーラを作り、一瞬だけ猫の耳と尻尾を構成すると、そのまま体内に入り込んだ。怪盗服で強化された状態のわたしに獣の身体能力が更に上乗せされる。眼が金色に光り、獲物を捉えた。

 バランスの悪い体勢であるにも関わらず、空いている方の足で再度蹴りを加える。先程とは段違いの速度に不意を食らったか、今度は腹に直撃。掴まれた足が解放される。

 そして、両膝と股でサキュバスの頭を支え、そのまま地面に投げつける。幸せ投げ……ことフランケンシュタイナー。


「……よし、作戦を思いついた! 探偵!」

「なんでしょう!」

「あっちに逃げる!」


 そう言ってメイさんの手を取って走り出した。逃げるんですかぁ!? などと声をあげて非難してくる声は無視だ。サキュバスはまるでダメージが無いかのように追ってきている。


「逃がさないわぁ、二人とも美味しく食べてあげる。二人とも一緒にってのもいいわね。貴女達は奉仕するのとされるのどっちが――」


 サキュバスの発言が途中で止まる。『時間停止』だ。

 今回相手にすべき相手はサキュバスじゃない。あくまで木なのだ。

 そして、木は動かない。

 さらに言えば、近くに誰もいない一人きりなら木が機械的に発動させているタイプの『魅了』も働かない。つまり。

 わたしは探偵を囮にしてサキュバスを釣り、後は悠々と三秒待てばいいのだ。

 時間が動き出す。俺は念の為、サキュバスのいる方向とは反対側で木に寄り添っていた。


「3、2、1。スティール」


 魔法の所有権が変わったことにより、異世界のラインが消滅。サキュバスは異世界に転送されていった。強かった……サキュバスってあんなに強いのか。

 寝技に持ち込むために格闘技に秀でてるのは理に適っているのかもしれない。でももっとこう、いやらしいだけの相手であって欲しかった。


「ジョーカー! やりましたね!」

「ああ。魔法は確かに頂戴した」


 でも『魅了』かー。女の人相手ならいいけど男にはなあ。必要なら適当に誘ってポイすりゃいいか。……うわ、なんか悪女っぽい。俺、ロリのくせに。


「じゃあ、締めの挨拶撮りましょう!」


 なんか仕切られてる。もう好きにしてくれとしか思えなくなってきた。


「諸君、いかがだっただろうか。凶暴な異世界人に襲われるリスクもある。怪しいものに不用意な接触はしないように」

「魔法があるから大丈夫だっただけで、本来は危険な行動です! 真似しないようにお願いします」


 はい、挨拶終わり。


「……さて、探偵。君の魔法についてだが」

「これはあげませんよ」

「君の身を案じているつもりだ」


 知っています。そう言って言葉を続けた。


「お医者さんにもかかってるので重症化までは時間がありますよ。そうですね、貴女が正体教えてくれた時、ご褒美にあげます」


 なぜそこまで拘るのか。魔法を無効にする壁を貼るなら無理矢理三秒触ってもダメだろうしな。彼女から譲ってくれるのを待つしかない。なんとか隙をついて狙うのも当然、選択肢に入るが。

 噂の段階だが、魔道具なんて存在もありえるかもしれないって話だし、まだまだ前途多難だ。

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