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甜い罠

 俺はただ、残念だった。

 人のためにと活動していた俺が視野の狭い範囲での救いを与える事、つまり多くの人間を救う人材から魔法を取り上げる事に批判的な意見が飛び交うと思っていたのだ。動画のコメントとか、掲示板とかで。

 そういう良識的な人間がいなかったわけじゃない。ただ、もっとも多かった意見とは。

 今回は色んな魔法を使って、アクションも派手で良かった……だったのだ。

 自分の中の正義について自分でも思うところがあったのに、大多数の視聴者はエンターテイメント性しか見ていない。

 それがなんとも寂しい。俺の活動は、ただのアクション動画として消費されている。

 褒められるのがこんなに虚しい事があるだろうか。俺は掲示板をそっと閉じ、今後見る機会は減るだろうと予想していた。


 で、もう一つの弊害がこれだ。


「オーコちゃーん、本当は『妖精召喚』の魔法じゃないですよね? あれ異世界人の召喚でしょう? 私の目は誤魔化せませんよー?」


 そう言って、俺を膝の上に抱きかかえ、ひそひそと話しかけてくる俺の恋人。中学生くらいに見えるが学校に行ってる気配も無く、探偵事務所を開いている女の子。淡庭メイによる猛攻だった。

 お触りが、お触りが激しい……。胸も当たってる……男だったら辛抱できなかった。女だからギリギリ耐えられてる。

 女同士のスキンシップがこんなに激しいとは。触り返しても特に抵抗してこないし、やばいわ。ん? 触り返してる時点で辛抱してないって? もっともだ。でも本当、際どいところまでしか触ってないの。信じて。

 小学生? ロリと中学生? ロリによる百合百合は目の保養になるらしく、女の客は勿論、男の客もだいぶ増えた。店に貢献してくれているという意味では俺の辛抱強さにも意味があったのだろう。


 それでまあ、この前の一件が動画になった事で世の中に魔法使いによる異世界人の召喚という概念が広まってしまったのだ。


「『妖精召喚』だよ。医者もそう言ってる」

「なるほど、お医者さんもグルですか。上手く抱き込みましたね? でも一体どうやって……?」


 言葉を口にすれば口にするほど、ドツボにハマっていく気がする。流石に医者主導での犯行というところにまでは考えが及んでいないようだが……。


「まあ、今日はその辺はほどほどにして。怪盗さんに情報を持ってきたんですよ」


 怪盗じゃないです……という弱弱しい否定は無視され、彼女はリュックサックからスマホを取り出して、膝の上のわたしに見せてきた。


「ここ分かります? 私の母の働いてる病院近くのコンビニです。ここにですね、出るんですよ。不良「蹴り男」が」

「蹴り男?」

「はい。気に入らない相手を見かけると、難癖つけてボコボコにしてくるという危険人物です。オーコちゃんも見た事あるんじゃないですか? 体中に痣を作って、骨まで折られた被害者を」


 ああ、病院でメイさんのお母さんが『ヒール』を使っていた対象か。確かにあれは動画にしてある――ってことは見てたのは俺じゃなくてジョーカーのはずだ。誘導尋問じゃねーか。


「いや、知らない……。というか警察は? なにやってるんですか」

「実は暴れられては逃げられてるらしくて、情けないですね。そこで怪盗さんの出番ですよ。魔法の犯罪を許さない、怪盗ジョーカーならこんなチンピラ楽勝です」


 そう言って俺の首筋にキスをして、そのままキスマークを作ってくるメイさん。くぅ、信頼とベタ惚れ感が辛い。


「でもこれ、本当に魔法使ってるのか? 話を聞く限り、ただの不良だと思うんだけど」

「本人が仲間に向かってそう言ってるらしいですよ。蹴りの威力を強化する『キックストライク』の魔法があるから楽勝でボコボコにできるんだ、と」


 そういう事なら俺の出番だな。俺の『怪盗七つ道具』のカードば重病の患者しか分からないから、こういう情報提供はありがたい。


「それにしてもオーコちゃん、仲良くなったら男言葉で話してくるようになりましたねー。こーんな可愛い女の子なんだから、もっとお淑やかにならないとダメですよ。自分が女の子だって自覚させてあげます」


 情報はありがたいんだが……こういう所は苦手というか、やばい。ただでさえ魔法が増えたことによる反発作用で女っぽくなってるのに、内部からだけじゃなく外部の刺激で女の子にされちゃう。

 男っぽく振舞うように意識してるのに。これじゃ精神の女体化が止まらなくなる。


「それとも付き合ってるから男の子役をやってくれてるんですか? いいんですよ、気にしなくて。女同士で仲良し仲良ししましょー」


 とんでもない女子と付き合ってしまった感が凄い。でも恥ずかしい気持ちもあれど、快感もあり……これが恋? 違うかなあ、違うよな。



 それでまあ、メイさんも帰って自宅で精神を休めて。とりあえず今から現場見に行って場合によってはそのまま予告状出して……って感じでいいかと思ってたのだがマキナにとある一点を指摘された。


「オーコ、キスマークつけたまま行くつもりかい?」


 その言葉に鏡を見ると、首筋には探偵のつけたキスマークが。

 あぶねー! あの女。あの女まじで! これが狙いか! キスマークつけたまま動画を撮れば、まぎれもなく俺がジョーカーだという証拠になる。探偵にしか分からず、他の人はなんでキスマークつけてるの? くらいにしか思わないあたり、俺にも配慮されているのだから完璧だ。

 俺は『ヒール』を使ってキスマークを消すと改めて病院付近のコンビニに向かうのだった。



――――

――


 深夜のコンビニ前。六人の男がヤンキー座りでたむろしている。

 馬鹿みたいな大声で騒ぎ、周囲は誰も危険を感じて近寄らない。

 それぞれバイクを駐輪していて、おそらくあれを足にして警察から逃げているのだろう。

 正直、俺の中の女の子の部分が……そして残った男の部分も、ああいう存在に対する恐怖を確かに覚えていた。

 だが、俺は怪盗なのだ。怪盗が不良を恐れるなど、あってはならない。

 建物の上から予告状を投擲し、コンクリートに突き刺した。それは不良たちの中心へと存在を主張するかのように突然現れた。


「ショーゴくん。これ……」

「怪盗ってやつか。怪盗「配信者」ジョーカー……。

 『山崎省吾。他人を傷つけ顧みぬその悪徳、この私が許さない。足を洗ってもらう――Take your magic』

 だと? ふざけやがって」


 苛立ちを見せたターゲットは、しかし笑顔を見せた。


「いいぜ。こっちにも考えがある。お前のおかげで、俺も召喚のやり方を知れたんだ。その身を持って味わいやがれ。――来い、来いよ。来い! アラクネ!」


 コンビニの従業員のものであろう車を叩きつぶしながら、現れたのは下半身が蜘蛛の女。アラクネと呼ばれたそれは、広範囲に蜘蛛の巣を吐き出し始める。

 粘着力のある糸に囲まれた周囲一帯は混乱に陥っていく。


「のんびり見てもいられないね」

「そうだね、ジョーカー」


 俺はターゲットの前に姿を現した。


「来たな。ジョーカー。……やれ、アラクネ! おら、お前らも手伝え!」


 そう言って仲間の尻を蹴り飛ばすショーゴと呼ばれた不良。


「所詮は正義の味方気取りだ! 一般人には手え出せねえよ!」


 そう言って檄を飛ばし、仲間の不良がアラクネと一緒に襲い掛かってきた。

 しかし、その認識には大きな間違いがある。

 俺は二体の分身を作り出し、それぞれが麻酔銃を取り出すと、向かってくる不良一人一人に射撃していく。がくりと膝を落とし、眠りに誘われていく不良たち。


「な、お前……なんで!」

「悪いな。正義の味方を気取るのは辞めたんだ。今の私は――世間に疎まれる、悪役だ」

「く、くそっ! だがまだアラクネがいる!」


 分身一号と二号がスライディングしながら『斬鉄』を込めたカードでそれぞれが右脚と左脚を切断していく。

 そのまま分身一号がターゲットの腕を取るが……


「ふむ、分身では魔法を奪えない、と。よし、こういうどうでもいい奴で情報を取れたのは僥倖だ」

「どうでもいいだと!? 俺の『キックストライク』はだなあ!」


 それ以上の戯言に付き合うつもりも無かった。


「『キックストライク』。強いかもしれないね。だが……所詮使い手が悪いのだよ」


 分身二号がワイヤーで両足を雁字搦めにし、蹴りを放てないように固定する。

 本体の俺が足を失ったアラクネを『時間停止』で念のため避けてターゲットに触れて時間を動かした。

「3、2、1。スティール。――『キックストライク』。たしかに頂戴した」


 消えていくアラクネと、それが生み出した糸の海。たぶんあれでわたしを捕まえて、動けないところを散々に蹴り飛ばすとかそんな狙いがあったんだろうなあ。

 などと予想するが、まるでそんな展開にはならなかった。圧勝だ。


 サイレンの音が聞こえてくる。十中八九、騒ぎを聞きつけて警官がやってきたのだろう。じゃあ捕まえやすいようにこいつ眠らせておくか。

 麻酔銃を突き付け、射撃一発。あとは警察の仕事だ。退散しよう。




 次の日の事だった。珍しく洋一兄がアルセーヌにやってきた。ロリ巨乳の膝の上に座る俺に呆れた顔をしたかと思えば――真面目な顔になった。


「オーコ、こっちに来てくれ」

「なに? 洋一兄」

「ここにな、自白剤がある。効果は高いが後遺症が無い、魔法で作られた一品だ。お前、これ飲め」


 それは青天の霹靂。警察が俺を疑っていたなんて話は聞いていない。


「な、なんで」

「ネット掲示板で一度、お前がジョーカーだと疑いがかかったのを見た。本来そんな事で警察は動かない。だがお前は警察の家族だ。念には念を入れて、容疑を晴らすことにした」


 つまり、特別扱いか。嫌な特別扱いもあったもんだ。


「安心しろ。二錠持ってきた……俺も飲む。お前だけに恥はかかせん」


 そう言うと洋一兄は錠剤の薬を一粒口に含むと、母から水を貰い飲み干した。


「これはお前を疑う罰だ。なんでも聞け」


 こういう正々堂々としたところは好感が持てるなあ。

 まあ、ぶっちゃけなんでもいいので適当な事を口にする。


「……今のわたし、かわいい?」

「めちゃくちゃかわいいな。嫁にしたいくらいだ」


 なるほど、薬の効果は確からしい。今の俺を嫁にしたいとか、ロリコン発言にもほどがある。


「くっ……さあ、今度はお前の番だ」


 そう言われて、俺は躊躇いなく薬を飲んだ。

 そして、投げかけられる質問。


「――お前は、怪盗「配信者」ジョーカーなのか?」

「ううん、違うよ」


 安心した顔の洋一兄と、驚いた顔をしたメイさんの顔を見ながら、こう思うのだ。

 俺には『耐毒』の魔法があるんだよね、と。

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