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強者のX乗

 俺の正体が探偵少女、淡庭メイにバレそうになった時から一週間。なんとメイはうちにちょくちょく足を運ぶようになったのだ。二回目の来店の日に至っては俺にお詫びの印といってくまさんぬいぐるみをプレゼントしてくれた。可愛らしい人形に、俺の女児心がくすぐられ、今では抱いて眠るほどになっている。

 まあ、それはいい。問題はこの女……おれにべったりなのだ。いや、ちゃんと注文とかはしてくれるんだが俺の隣に座ってくる。俺を愛でようとする女の子が一人増えた、というだけならいいのだが何せ一時は俺の正体に感付いた存在だ。近くにいられると落ち着かないものである。

 わりと無防備なのもそわそわする。平然とその大きな胸を押し当ててくるので柔らかさを堪能してしまうような、ハニートラップを仕掛けようとしているんじゃないかという疑念がよぎり、不安になるのだ。

 実際は、そんな事無いのは分かっている。こちらも小さい女の子だから身体の接触について警戒心が無いだけで……むしろ女児特有の高い体温を楽しまれているのだろう事は容易に想像がつく。だが、俺は警戒を怠れない。迂闊な事を何か口にすれば、再び尋問は始まるだろう。

 それでも、俺は聞いてみたい事があった。


「メイさんって、なんでジョーカーを追ってるんですか?」

「私は探偵なので、謎を解くのが好きなんです。ついでにそれが社会貢献にもなるなら悪くないかなって」


 割と興味本位だったらしい。その割には手の入れようが本格的で、この町に探偵事務所を開いたとか。うーん、まだ何か隠してる気がするぞ。

 マキナですら隠し事をしていたからな。こいつ『怪盗七つ道具』として使ってもらうのが存在意義だーなんていいながらその実、別に七つ道具じゃない異世界人だった。


『悪かったよ……』


 などと落ち込む青銀の妖精さんを、別に責めてる訳じゃない。冗談冗談とテレパシーを送って宥める。

 話を戻そう。淡庭メイという少女について、だ。まあ少女とか言っても俺よりはきっちり年上なのだが……今はそれはどうでもいい。

 この少女が不知火オーコは「配信者」ジョーカーである。と騒いだ件で噂が広がり、野次馬らしき一見さんが増えた。客が増えるのはいいことだ。ケーキも売れ残らない。むしろすぐ売れてしまう。

 一見さんらしき男達は、わたしとメイの絡みを遠目から見て、尊い物を見たとばかりに頷いてケーキセットを食べて帰っていくのだ。

 一種の観光客のようなものである。ジョーカーだと疑われるというだけで、よくもまあそんな事をと思うかもしれないが、これには原因がある。

 誰かが私を撮影して怪盗だと疑われた幼女として掲示板に画像をアップしたのだ。肖像権って知ってる? と総ツッコミをしていたにも関わらず、実際は野次馬しにくるんだから掲示板利用者は二枚舌というかなんというか。

 いや別に肖像権に関して怒ってくれた人が実際に会いに来たって確証も無いけどさ。


 メイはわたしの女子学生ハーレム……まあハーレムというのはわたしが勝手に言ってるだけだが。とにかく彼女達とも仲が良い。自営業でうちにくる時間帯がわりと自由な彼女は女学生が来ると俺の座席から距離を置き、俺を独占しないように心掛けている。

 そういう心遣いができる、気が付く女であるというのが探偵としての能力の一端なのかもしれない。

 さて、そんな人間の心理を良く知る彼女に、実は他に怪盗を追う理由隠してるんじゃないですか? なんて聞くメリットがあるだろうか。

 成人してる事は言っているが、というか言わされたが。変に探りを入れて藪蛇になるのも問題だ。もしかしたら何か弱みを握れるかもしれないという欲が無いでも無いが、なぜそんな事を聞くのかと疑われると、せっかくマキナが隠蔽の案を提示してなんとか逃げられた俺がジョーカーだという説が再び再燃するかもしれない。

 現状維持、現状維持だな。ケーキ喫茶アルセーヌ、その窓際の席で腕を絡めて恋人握りしてくるこの女との距離感は踏み込まず、踏み込ませずのちょうどいいラインを見極めよう。

 身体的にはめっちゃ踏み込まれてるが。距離感おかしいぞ? 俺かわいいとはいえ人形みたいな扱い受けてるな? まあ女学生軍団もこんなもんだし今更か。

 男だった頃は女の子とこんなに接触した事無かったなあ。女になってよかった。

 ちなみに今も恋愛の対象になるのは女性だ。それはまるで自分がまだ男の意志が残ってる最後の砦のようで、誇らしさすら覚える。

 これで男を好きになったらと思うと……ぞっとする。BLはいやだ、BLはいやだ、BLはいやだ……。


 さて、そんな俺と言う存在のアイデンティティの話もそこそこに、新しいターゲットを見つけた。夜にバイクを乗り回すようになった俺を母が心配しているのだが、それは仕方ないんだ。

 という事で、知らない土地を走り回って見つけたターゲット、今回はこれ!

 格闘家 山本大樹(25) 覚醒魔法『分身』


 これは……使えるんじゃないか? アリバイ作りに最適だ。是非手に入れたいな、この能力。というか。


「ねえ、エクス。これ盗んでも動画にせず隠しといたほうが便利じゃない? メイと一緒にいる時に分身してもう一人が怪盗活動すれば俺は完全に怪盗だと疑われないようになるぞ」

「うーん、下手な事考えない方がいい。警察から取り調べを受けたターゲットが自分の魔法の情報漏らす可能性は十二分にあるんだ。魔法を過信しすぎると破滅するよ?」


 う、もっともだ。

 もしかしたら調子に乗って分身使ってアリバイを作ってたら警察が情報公開してアリバイを崩される可能性があるわけだ。そうしたら急に胡散臭くなる。なぜなら今まで怪盗は夜に活動していた。それなのにアリバイ作りのために急にメイと一緒にいる朝~昼頃に魔法を盗んだりしたら、あの聡い娘の事だ、何かに感付くかもしれない。

 探偵とは、厄介なものだ。


「オーケー、いつも通りでいこう」

「うん、それがいい」



 格闘家の魔法使いは『分身』を利用して自分と自分で組手をしていた。彼が稽古の邪魔をされるのは嫌いだと分かっていて、なお同門の生徒は声をかけた。


「大変です! 怪盗からの予告状が! Take your magic。そう書かれています」


 動じる様子も無く、攻防を重ねる二人で一人の格闘家。


「そうか」


 一言呟くと、彼は分身を消滅させて道着のズレを直した。


「警察には連絡しなくていい。お前達も夜は帰れ。――怪盗は、俺の武で叩き潰す」


 気迫のこもった言葉に、生徒は頷くしかない。


「……楽しみだ。怪盗とやらが、俺を出し抜くだけの技量があるのか。見せてもらおう」


 そんな会話をしているというのをエクスの撮影で知った俺は、自信喪失していた。


「やばくない? というか今回戦闘のプロ相手じゃん。勝てる気がしないんだけど。なにあの強者のオーラ」

「はいはい、やる前から心折られないで。前振り撮るよー」


 そう言われてしまっては、俺も格好いい怪盗ジョーカーとしての姿を見せない訳にはいかない。視聴者の前ではかっこいい怪盗、普段はかわいいケーキ屋の看板娘。この二足の草鞋で生きていくのだから。

 新装備のシルクハットの位置を調整をし、配信モードに切り替えだ。


「ごきげんよう、諸君。今回の相手は強敵だ。しかし私には今までコレクションしてきた魔法と、最高の相棒がいる。いかに格闘家と言えど、魔法を使った戦いであれば私に分があるのだ。それを証明してご覧に入れよう」

「はいカーット! いいね、その調子で頑張ってよ!」


 という事で深夜零時、かの格闘家のいる道場へと足を踏み入れた。片手には麻酔銃を構えている。

 畳の上で正座する、二人の男。しかしその顔は同一のものだ。


「よくきたな」

「怪盗」


 二人で一つの言葉を喋る格闘家コンビ。そのコンビネーションは……この世の誰よりも強力だろう。なにせ彼らは同じ人物なのだから


「――貴方の魔法を、頂こう」

「ぬかせ」

「いい勝負をしよう」


 立ち上がった男二人は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 最初から……全力で行く。

 何の前触れも無く時が止まる。

 『時間停止』の魔法が発動したのだ。ちなみに七つ道具でもないエクスマキナだが、召喚した異世界人は魔法を使った人物の一部という扱いでいいらしい。なので撮影は止まらない。

 今、エクスは止まった時間を優雅にあるく俺を撮影している。つまらないオチだが……これが圧倒するという事だ。

 俺は格闘家の背中に触れ、魔法を……奪えない。


「なに?」


 そうか、こっちは分身の方か。分身からは奪えないんだな。

 そう思ってもう一人の格闘家に触れるが……駄目だ。


「時間停止中は魔法を奪えないのか!」


 ならばクールタイムを短くするためにも一度、時間停止を解除する必要がある。

 動き出す時間。

 一瞬、こちらの位置を見失った格闘家二人。しかしすぐに俺を見つけると向かってくる。特にさっきまで触れていた方の男は、距離が近いのもあり正拳突きを放ってきた。

 俺はそれに対して麻酔銃を打ち込みながらバックステップで距離を取る。麻酔針は命中し、格闘家の片割れは眠りに誘われた。


「なかなかやる」

「ならば」

「これでどうだ」


 残されたもう一人の格闘家の左右に、それぞれ一人ずつ、『分身』が生まれる。

 まーじか。分身出来るのは一人じゃないのね。とりあえず強がりでも言っておくか。


「便利なものだな。その魔法を手に入れるのが楽しみになったよ」

「抜かせ」


 三人の男が徐々に距離を詰めてくる。なんという迫力だ。俺は牽制で麻酔銃を撃つが、避けられる。たしかに距離はまだお互いの手が届かない程度にはあるとはいえ、この距離を避けてくるのは超人的な動体視力だと言わざるを得ない。

 だが、時間をかけすぎたな。俺の『熱』の魔法によって、畳が凍り付いていく。当然、格闘家達の足は動かなくなる。

 『時間停止』保持者の時も使った作戦だ。俺はカードを確認し、分身ではない本物を見分けると、触れるために距離を詰めた。しかし。

 格闘家の蹴りが俺の持っていた麻酔銃を捕らえ、吹き飛ばされる。

 冷気が浅かったか? がっつり凍らせたつもりだったのだが。凍らされた足で蹴りを放つなんてなんという筋力だ。

 無手となった俺は続いての手札を切る事にした。あまり傷つけるような真似はしたくなかったが、そうも言ってられない。

 『斬鉄』の魔法を込めたワイヤーを鞭のようにしならせ、足元を切り裂いた。凍らされたままの足は五本。とっさに動くことも出来ず、斬撃が直撃した。


「行儀の悪い足に躾をさせてもらったよ」


 そして俺は今度こそ本体に近づき……。


「3、2――」


 四人目と五人目の分身に肩を捕まれる。新しく出した分身だ。しかし、彼らは触れる事のできない温度になっているわたしの身体に危険を覚え、咄嗟に手を放してしまった。

 そう、『熱』のもう一つの力である高温操作だ。


「1。スティール」


 項垂れる格闘家は、しかしわたしに賞賛の言葉を投げかけた。


「見事だ。怪盗」

「お前も大したものだったよ。今までで一番の強敵だった」


 お互いを称え合う俺達に、別れの時間が近づいてきた。


「『分身』の魔法、たしかに頂戴した」

「……訓練には、ちょうどいい魔法だったのだがな」

「一人での訓練など限界のあるものさ。ちょうどいい機会だったと思うがいい――さらばだ」


 予告状カードをばら撒いて時間停止。ゆっくりと歩いてその場を後にする。

 あとは人目のつかないところでシメの挨拶を録画して終わりだ。


「私は魔法を盗むにあたって、その人物を傷つける事さえ厭わない。逆らえば痛みを伴う治療と知れ」


 シルクハットを傾け、顔を隠しながら俺はカメラからフェードアウトしていく。今日の配信もこれで終了! くまさん抱いて寝る!

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