小さな怪盗さん
朝起きたら幼女になっていた。これは今流行りの魔法覚醒病というやつかもしれない。俺もついに魔法使いか……などと感慨深く思っていたのだが、実家暮らしだったため母にはあっさりとバレ、病院に連れていかれた。
今時の治療ってやつは優れていて、魔法覚醒病なんていうファンタジーな病気ですら治してしまうのだ。で、医者がこう言う訳だ。
「あー、TS病ですね。魂が異世界に離れていこうとする魔法覚醒病とは逆で、この世に留まろうとする魂が身体に影響を及ぼすんだ。こっちは治す手段ないんだよね」
なんと。一生幼女か俺は。しかし医者はこうも続ける。
「ただ、魔法覚醒病の気配もありますね。ま、TS病にかかってるなら魔法覚醒病が重度化しても異世界に消えるような事はないから」
ほう……つまり魔法幼女。悪くないな。
「それでまあ、この覚醒しそうな魔法。だいぶ面白くてね。『怪盗七つ道具』って言うんだよ。それでさあ、君。怪盗やってみない?」
「は?」
医者に泥棒勧められるとは思わなかった。明らかに治療して無くした方がいい魔法だろうと予想がつくのだが。
「この魔法ねえ、他人から魔法を盗めるみたいでさ。いるでしょ、魔法の力が捨てられなくて、魂がこの世から消えちゃう人。魔法覚醒病の患者なのに医者に来ない人がさ。社会問題になって。だから君が無理矢理盗んで治療しちゃってよ」
「治療の手伝いって事ですか……でも泥棒だしなあ」
渋る俺に声をかけてきたのは医者ではない、第三者だった。
「泥棒じゃないよ! 怪盗!」
「わぁっ!」
俺の耳元で大声を張り上げてきたのは青みがかった銀髪の小さなおもちゃのような少女……妖精だ。
「君の七つ道具の一つだね。じゃあ、表向きには君の魔法『妖精召喚』って事にしとくから」
「えっ、ちょっ、まだやるなんて」
「表向きでは僕らには繋がりは無し。でも通院してるふりしてうち来てよ。お給料払うから。……このくらい」
それはアルバイトとするならコスパの良すぎる額だった。働いてない俺には美味しすぎる。
「出来高制ね。一人盗んでこの額……なんか盗んだ証拠があるといいね」
「任せてよ! ボクが撮影しておくからさ」
「おや、妖精くん。そんな事ができるのかい」
俺を置いてけぼりにして医者と妖精が話し合っていた。
「せっかくだからさ、動画投稿して怪盗としての名もあげたいな」
「いいよいいよ。捕まらなければなんでも」
「わぁい、話が分かるねえ」
なんかやらなきゃいけない雰囲気だ。ロリ怪盗ってどうなんだ……? まあ医者公認で魔法を使えるのは面白そうかもしれないが。
「ああ、不知火洋二くんだっけ。申請しておくからさ、これからはもっと女の子っぽい名前名乗りなよ。しかしTS病と魔法覚醒病の両方にかかる人なんて初めてじゃないかね。どっちも希少な病気だからねえ」
名前……名前ねえ。
「ヨージ、ヨーコ……オーコ?」
対していい名前が浮かばず呟いていると、医者はその呟きを拾って紙に何か書いていく。
「じゃ、オーコね。不知火オーコ。君の名前はそれで」
この医者マイペースだな。まあ、なんでもいいか。
「よろしくオーコ! ボクの名前はエクスマキナ! 普段はマキナって呼んでね。カイカツ中はエクスでよろしく!」
「カイカツ?」
「怪盗活動の略!」
婚活みたいに言うなよ。
「ま、診察は以上ね。カイカツよろしく。動画投稿したの確認したらお金用意しとくから。お大事に」
そう言って診察は打ち切られ、追い出された。妖精のマキナも姿を消した。
診察室から出た俺は母に病状を聞かれ、素直に魔法覚醒病とTS病の両方にかかっている事を話した。TS病は魔法覚醒病よりも珍しい病気で、しかしそのおかげで魔法覚醒病にかかっていても魂が異世界に行ってしまう事は無い事を話すと、涙を流された。
「じゃあ大丈夫なのね……よかった……」
「君のために泣いてくれる。いいお母さんじゃないか」
姿は見えずとも、妖精が語りかけてくる。
「通院はさ、自分でやるから大丈夫だから」
「その身体じゃ車運転できないでしょ。お母さんがやるわよ」
そんな話をしながら、あとついでに書類上の名前が今後オーコになる事を話したりなんかしながら自宅に着いた。
自分の部屋で一息ついたところで、妖精のマキナが騒ぎ出す。
「ここなら安心して姿を現わせるね! やっほー!」
そう言って実体化すると、俺の部屋を飛び回る。一通り動き回って満足したのか、座ってる俺の前で動きを止めた。
「さて、オーコ。ボクがこうやって自由に動き回れるという事は他の七つ道具も自由に取り出せる筈だ。一個ずつ説明していくから、きちんと覚えるんだよ!」
「お手柔らかに頼むよ……」
――――
――
―
「さて、まずはターゲットの確認と行こうか。カードを出して」
『怪盗七つ道具-カード』。これは一番近くにいる重度の魔法覚醒病患者の情報が浮き出るというものだ。もう一つ、どーでもいい能力がついているのだが、マキナ的には大事らしい。これは後述する。
そして肝心のターゲットの情報はこんな感じだ。
焼肉太郎店長 吉田権蔵(63) 覚醒魔法『熱』
「オッケー、焼肉屋の店主だね。仕事と魔法が噛み合っちゃって手放せなくなったのか、それともただの医者嫌いか……なんでもいっか。肝心なのはどうやってかっこよく盗むか、だからね」
「格好良さいる?」
「いる! なんたって怪盗だからね! さ、カードはボクが出してくるよ」
手元から離れたカードはそのまま予告状へと変化する。これがカードの第二効果だ。
さて、ここからはマキナの編集した動画形式で我々の活動を御覧いただこう。
「ありがとうございやしたー……おう? 今のお客さんの忘れ物か? なんかのカードみたいだが」
そこに書かれているのはTake your magicの文字。
「たけ……読めねえなあ。おーい、バイト。これなんて読むんだ?」
「あ、はい店長。えーと……テイクユアマジック。つまりあなたの魔法を頂くって書いてあります」
「なんだとぉ! 俺からこの力を奪おうってえのか!」
怒る店長は魔力を抑えきれず、炎を吹き出す。
「落ち着いてください! 店燃えちゃいますよ!」
「これが落ち着いていられるか! てめえか! てめえの悪戯か!」
そう言ってバイト店員を殴る店長、権蔵。バイトの店員はその勢いで地面に叩きつけられ、痛みに呻く。
「癇癪が始まったよ……」
苦々しげに呟くバイト。一人激昂する店長。その様子がどんどんとフェードアウトしていき、画面が切り替わる。
赤と黒の衣装を着た、目元を隠す仮面をつけたロリっ娘……つまり俺の姿を映し出した。
「いかがだっただろうか。キレる老人に魔法。この上なく厄介だろう。私はこの男から魔法の力を頂戴する事にした。そもそも魔法覚醒病とは異世界へと魂が離れていくれっきとした病気なのだ。放置すればその魂は異世界へと消えてしまう。魔法の便利さに目が眩み、この世から消えるリスクを無視した生活はこの私が許さない。そうだろう、エクス」
「その通りだよ、ジョーカー。ジョーカーは魔法の力を盗んだら自分のものに出来るんだ。つまりどんどん強くなっていくよ。そんなジョーカーに狙われる前に病院できちんと治療を受けようね!」
迫力の無い、顔を隠したロリと青銀の妖精からの警告。これが効力を発揮するのは活動を続けてからになるだろう。ちなみにジョーカーというコードネームは色々魔法を盗んで使えるようになったらトランプのジョーカーのように万能になれるからそれを期待しての名前らしい。エクスマキナがつけた。
「それじゃあ、ここからは実際に盗みに入ったシーンだよ。ジョーカーの鮮やかな手口に見蕩れてね!」
テナントの三階、焼肉太郎では昨日のバイトが箒を持って店内をうろうろしている。時刻はもうすぐ0時、予告の時間だ。ちなみに業務とは一切関係ないので残業代は出ない。
そして肝心の店長は畳の石で胡坐をかいていた。
「きますかねえ……」
「来ないならそれに越した事ねえよ。悪戯だ悪戯」
「ならなんで俺はこんな時間まで付き合わされてるんだ……」
バイトの呟く言葉は店長の耳には入らない。
時刻が0時を回った瞬間だった。
バリンとガラスが割れる、それと同時に一人の幼女が怪盗服を来て侵入してきた。
「嘘だろ! ここ三階だぞ!」
そう言いながら箒で侵入者を撃退しようと近づくバイト。しかし、即座に麻酔銃に撃ち抜かれ、夢の世界へと旅立った。
銃を撃つ、その一瞬の間を店長は逃さなかった。炎の塊を幼女怪盗に向けて放ったのだ。
幼女は怯む事無く腕を頭の前でクロスさせると炎の中へと飛び込んでいった。転がり、一直線に魔法覚醒病にかかった老人に近づくと、その身体に触れた。
「3、2,1。スティール!」
三秒。たったの三秒ただ身体に触れただけで、怪盗としての力が発揮された。
バックステップで距離を取ると、怪盗は指先から炎を出し、ふっと息を吹いて消してしまう。
「てめえまさか本当に……! 炎が、でねえ!」
「さらばだ。もう二度と会う事もないだろう」
伸縮自在のワイヤーを伸ばし、外へと一瞬で離脱。時間にして一分とかからない鮮やかな盗みの技術だった。
「――いかがだっただろうか」
「ジョーカーはこんな簡単に魔法を盗んじゃうんだよ!」
「魔法覚醒病は異世界に行く手段ではない。行くのは魂だけで、肉体が無いことを忘れるな」
そう言ってマントを翻し、背を向けたところで動画終了。
後はエクスマキナが足がつかないようにしながら動画を世界に向けてアップロードしてくれる。
この事件はニュースになると同時に、配信チャンネルも話題になった。掲示板も盛り上がっている。
そうして彼女はこう呼ばれるようになるのだ。魔法を盗む者。――「配信者」ジョーカー。