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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第9話 洋館の怪異②

和那は教室に入ると自席へ戻り、鞄を拾い上げた。


女子生徒数人がお喋りに花を咲かせていたが、特に声を掛け合うこともなく、通過する。和那は教室を後にした。


 昇降口を出ると、まだ帰宅中の生徒がまばらであった。和那は思った。少しでも騒がしい集団の後ろについて帰れば、それだけでもこの不安や寂しさは紛れるものだろうか、と。


目の前にはやんちゃそうな男子生徒集団が5人ほどいる。怖いけれども、家で起きている現象に比べれば怖いものなどない、和那はそう思った。 


 和那は男子生徒5人の後ろをついていくようにして校門までの道を歩いていった。と、ここで男子生徒の1人が和那の姿に気が付いた。


にやりと不敵な笑みを浮かべ、残りの4人に耳打ちする。


和那がそれに気づき、5人を追い抜こうとしたその瞬間、和那の左腕にいかつい男の腕が生え出たような速さで現れた。


和那の心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。


「ねえ、そこの彼女。俺たちとお茶しようぜ」


いかつい男はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら、和那の顔を覗き込もうとする。


和那は思わず顔を背ける。左腕を抜こうと抵抗するも、ミシミシといかつい男の握りがしだいに強くなっていくのを感じた。


「や、やめてください」


和那が弱々しい声で抵抗するも、男たちはその女性らしい反応に逆に興奮してしまったらしい。男たちは狂喜の声を上げた。


「今はロスト・チャイルド現象があぶねえからな」


「そうそう、これは人助けだからさ」


「あー俺らってマジで優しいわー優男だわ」


ひゃひゃひゃと下品な笑い声を立てる5人の男たち。


 和那がすっかり困惑し切っていると、そこに見慣れた目つきの鋭い男子生徒が現れた。


「あんたら」


鋭い声色で威嚇するその少年は、横山総理だった。


和那は藁にもすがる思いだった。曇り行く表情にパッと明るさが戻った。


「そ、総理さん」


と、突然の目つきの悪い少年の登場に、5人の男たちは大ブーイングを発した。


「なんだよてめえ。俺たちの人助けに文句でもあんのかよこらあ」


「てめえは何なんだよこらあ」


5人の男たちが寄ってたかって総理を圧倒する。しかし、総理は顔色一つ変えずにつぶやいた。


「俺の女に手を出すんじゃねえ」


その言葉に5人の男たちは冷めたような表情を見せた。いかつい男も和那の腕から手を乱暴に離した。和那は言葉を失い、ただただ怯えている。


「なんだよてめえ、男いたのかよ」


「くそつまんねえブスだな。おい、帰ろうぜ」


5人の男たちはぶつくさ文句を吐き捨てながら、校門の外へと消えていった。男たちの姿が完全になくなったところで、和那は総理にペコペコと頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。総理さん」


「気をつけろ」


総理は気のなさそうに声を掛ける。周囲には部活動に取り組む生徒もいたので、声を張り上げれば助けも来ただろうに。総理は不思議に思った。


「申し訳ございません」


和那は俯いたままつぶやく。


総理はそれを確認して、家路につこうと歩き始めた。


和那はそのまま総理の横をさりげなくキープする。


和那は総理に対してやや冷たい人間という印象を持っていた。


この人は思っているよりも冷たくない。どちらかというと優しい人間なのかもしれない。


そうでなければ5人の学生たちを相手に1人で声を掛けないだろう。総理の勇気には拍手を送りたかった。


ただ、家路の途中であまり会話は続かなかった。二言三言、しゃべっただけで2人とも基本無言のまま、武蔵大宮駅の駅舎前まで辿り着いてしまった。


 もう電車に乗って2駅も過ぎれば、あの恐ろしい現自宅のあの屋敷へ辿り着いてしまう。


和那の心臓はバクバクと鳴り出す。冷や汗も頬を伝う。緊張が表情に出てしまっている気がした。総理はそれを見逃さなかった。


「どうした?青っ白い顔して」


総理が和那の顔を覗き込む。予想していなかった事態に、和那は顔を赤くして後ろに仰け反る。


「いえいえ、特に大丈夫です」


和那は首を横に振った。


まさか、感情を読み取られるだなんて。総理は人の感情変化に敏感なのだろうか。


こういったことを勘付かれるのは今までなかったかもしれない。両親にでさえも。


和那は感情をあまり表情に出さないタイプだった。


勿論、満面の笑顔を見せたり、怒ったり、泣いたりすることはあるのだが、心情の変化を人前で表情に出すことはあまりなかった。


 エスカレーターに総理が上、和那が下の段に乗り込む。和那は黙って俯いていた。


「具合でも悪いのか?」


執拗に総理が尋ねてくる。総理は体を横に向け、首だけ和那の方を向いている。


「いえええ、具合は悪くないですよ、ハハ」


和那は努めて笑顔で話す。本当は誰かに話したい。ただしこの話をしたら、自分の家での話をしたら、総理に引かれるんじゃないかと不安だった。


全てを勘違いで片付けられてしまうんじゃないだろうか。そんな不安が胸の中に居座っていた。


 エスカレーターを昇り終え、並んで歩き始めた時に総理は言った。


「何か話したいことがありそうだな」


「え?あ」


和那は心の中を悟られ続けてしまうこの事態にいよいよ頭が混乱してきた。


何故、この人はここまで私の心の中を見抜けてしまうのだろう?超能力だろうか?


総理がじいっと和那を見つめてくる。再び和那の体温が上がる。顔が火照ってきた。


 これはもう。話を聞いてもらうしかない。せめて触りだけでも話していいんじゃないか。引かれない範囲でなら。そう。引かれなければそれでいいんだ。


 そして、いよいよ総理の無言のプレッシャーに根負けした和那は、重く閉ざしていた心の中に秘めた、その恐怖の出来事を語り始めた。


「なるほど」


与野駅近くのレストランに立ち寄って、向かいの和那から告げられたのは、とても恐ろしい出来事だった。


総理の脳裏によぎったのは、もちろんあの恐ろしい現象のことであった。


以前の飯尾と和田の件も含め、最近になってにわかに周囲を侵食し始めている例の現象。


そして、今回の和那を不安にさせるこの騒動もただのストーカーの仕業とは思えない、あのロスト・チャイルド現象なのではないか。


 いずれにしても警察に相談しても良い案件ではないか。和那は既に警察には相談していると告げた。


が、実害がなければ警察は動けない上に、最近はロスト・チャイルド現象の件もあるから捜査指示が下りづらいとのことだった。


もし、これが本当ならば、高校生が被害者となる事件が増加していくことになりかねないか。


総理は不安な気持ちを抱いた。


警察が捜査に対してこの程度の熱量では、今後ロスト・チャイルド現象はおろか、こういった似た事案も解決していかないのかもしれない。


「総理さん、一度私の家で直接確認していただくことはできませんか」


全て話し終えてすっかりとへこんでしまった和那が、沈痛な面持ちで尋ねる。


和那は両目に涙を蓄え、表情には苦々しさが宿っていた。総理はその和那の衰弱しきった表情に、首を横に振ることはできなかった。1人暮らしであり、家も広いのならばそれこそ不安でしかないだろう。


 それに、警察が動かないのであれば、自分らで解決していくしかない。急に姿を消してしまい、二度と日常生活に戻ってくることのできない現象。


ましてや、自分の在籍する学校でも発生してしまっており、気が気でない状態のはずだ。これ以上、ロスト・チャイルド現象の好きにはさせない。


「わかった」


総理はすっと立ち上がった。和那の沈み切った表情に、わずかに灯りがともされたような気がした。


「ありがとうございます」


両目から零れ落ちた涙。苦々しい表情は消え去り、そこには満面の笑顔があった。


 レジで食事代を精算し、店の外へと飛び出した。


日はとっぷりと暮れていた。


 与野駅の南にひたすら進んでいき、住宅街が広がる地域を、またひたすら南に進んでいく。周辺は薄暗く、外灯がポツリと寂しく光を垂らしているのみだ。


時折、満員電車ですっかり体力を奪われたのであろうサラリーマンや、学生たちが歩を進めて自宅へと向かう光景が見られる。人の動きは武蔵大宮駅や県庁前駅ほど多くは無い。


 住宅街の森の中をそのまま進んでいくと、正面に大きな公園が現れた。周囲を大きな木々が囲んでいる。遊具が遥か奥の闇の中にポツンと浮かんでいる。当然、遊んでいる子供はおらず、不気味なくらい静まり返っている。


 突如、和那が口を開いた。


「先日はこの付近から足音が近づいてくる気配がしました」


ここは最寄りの与野駅から5分ほど南に歩いた場所だった。公園とその奥の住宅の背後に県道が走り、多くの車が行き交っているのがヘッドライトの動きで何となくわかる。


しかし、周辺は街灯も少ないため薄暗く、足音が響くくらいにひっそりと静まり返っている。


「その日は夜遅くになってしまっていたので、今よりも車通りはなくてさらに静かでした。この後、この公園を左手に見てさらにまっすぐ、3つ目の十字路を左に曲がると自宅なのですが、その十字路に交番があるんです。そこで、足音がすっかりと消えてしまいました」


公園からその十字路の交番まで、距離にして70mくらいであろうか。途中にも曲がり角があるので、和那が交番に逃げ込んだとしても、別の場所に逃げおおせることは可能であった。


交番のところまで進むと、出入口に「パトロール実施中」と札が立てかけてあり、電気が点いたままの建物内には誰もいなかった。


「この十字路を左に曲がってすぐそちらが私の家になりま」


和那が説明を終えるや否や、総理たちの遥か後ろから空き缶が転がるような音が響いた。


総理と和那は急いで公園の方へ振り返る。ちょうど公園を通り過ぎた地点で、総理たちと同じ学校の女子学生服を着た影が見えた。総理は走った。


「美稀か」


総理が息を整えてつぶやいた。見たことのある栗毛色のボブにくしゃっとした笑顔がそこにあった。


「あ、総理」


美稀はペロリと舌を出す。和那も小走りでようやく追いついてきた。しばし膝に手をつけて息を整える和那。総理が美稀に尋ねる。


「お前、学祭実行委員はどうした」


「今日はすぐ終わったから、帰ってる途中だったんだよ」


「帰ってる途中ってお前、俺たちがレストランにいた時はどこで何してたんだ?」


美稀は笑顔で誤魔化し、頭を掻きながら答える。


「え、同じ店入って角の席で様子を窺ってたんだよ。何か深刻そうな話をしていたから。もうそんなに仲良くなったんだなって思って。2人とも大人しいから似合うと思うし」


「アホたれか」


総理はやや顔を赤らめる。和那は何が起こっているのか未だに理解していない様子だ。


どうやら美稀は、総理と和那をくっつけようと試みているらしい。大聖を和那にとられないようにするためだろうか?


総理は悔しかったが、表情には出さなかった。和那はペコリと丁寧にお辞儀した。


「美稀さん、こんなところまでわざわざありがとうございます」


「和那さん、怖がらせてしまってごめんね。オホホ」


美稀はさほど反省していない様子で謝る。


「全くだ」


総理はゴホンと咳ばらいをした。


「じゃあ美稀、お前にも話しておくか」


「え?何を?」


きょとんとした表情の美稀。総理は了解を得るために和那を振り返った。和那も首を縦に振った。


 総理は要点だけを押さえて、事の次第を簡潔に美稀に伝えた。美稀は真剣な表情に戻り、その話に聞き入っていた。全てを和那に確認しながら美稀への説明を終えた。


美稀は悲しげな表情を浮かべて言った。


「ひどいねそれ。でもそれは、きっとストーカーなんじゃない?」


「え、ストーカーですか?」


和那は怯えた表情で尋ねる。美稀は頷いた。


「だって和那ちゃんすごく可愛いし、一方的に好きだっていう男の人なんていくらでもいると思うの。もちろんうちの学校だけじゃなくて地域にもね。最近、誰かに告白されたりしてない?」


和那はとんでもない、と慌てて首を横に振った。


「え、そんな私告白されるだなんて、未だかつてそんなことないです。それに私全然可愛くありませんので」


美稀はやや頬を膨らませた。そして、すぐに思いついたかのように口を開いた。


「もしくはあまりにも謙虚過ぎるから、それを嫌味と捉えた女子生徒たちの仕業とか?」


「え」


和那が顔を青白くさせて硬直した。総理もふるふると首を横に振った。


「アホ美稀。怖がらせること言うな」


「でも、告白されてないにしろ、和那さんのファンなら絶対いると思うよ。その人たちが気持ちを抑えきれなくて犯した過ちって考えるのが普通じゃないかな。これだけ可愛くて謙虚なんだからモテないはずがないじゃん」


美稀が珍しくまくし立てる。どうやら和那の美貌と性格の良さにやや嫉妬しているんじゃないかと思われた。ただし、ロスト・チャイルド現象の線は確実に消えたわけではない。


「うーん、まあそれもそうだけどだな」


総理も美稀のその意見には一応同調する。そして、和那を振り返った。


「ともかくその手紙や家を一度確認させてもらえるか」


和那は2人の会話の前にしばし硬直していたが、ハッとして息を吹き返したように動き出した。


「はい、案内しますね」


和那は再び先陣を切って、静まり返った住宅街の森の中を進んでいった。


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