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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第8話 洋館の怪異①

どんどん。ガタガタ。


破裂せんばかりの扉を叩く音。そして、扉の軋むような音。


 和那は掛け布団の中にくるまり、破裂音が鳴り止むのをひたすらこらえていた。目を瞑り、歯を食いしばっている。


 ここは広大な敷地を有する2階建ての西洋系の屋敷。建物の範囲だけでも幅60m、奥行20mはゆうにあるだろう。和那のような年頃の少女が1人で住むのには、広すぎる空間だ。 


さて、破裂音の発生源は、1階の玄関扉からである。2階の自室で寝ている和那にも聞こえるのだから相当な破裂音に違いない。広大過ぎる敷地故に、近所の人間も気づかない。音の発生源はそれを熟知してかお構いなしに爆音を発生させているのだ。かれこれ20分は経過しただろうか。


一向に止む気配のない破裂音。一瞬止まったかと思ったら、数秒後にまた激しく鳴り出す。まるで和那を嘲笑うかのような仕打ちだ。時間の経過とともに、言い知れぬ恐怖だけが和那の胸の中を蝕んでいく。


バンバン。どんどん。


今日はいつもより執拗で長い。時刻は既に深夜1時を回っている。


心が折れてしまいそうなくらい、正体のわからない者による見えない圧力に和那の心は押し潰されていく。


 本当に早く。早く立ち去って。心の中で強く願う。目を閉じて祈る。目には多量の涙が溜まっていた。


「……」


突如、扉の破裂音が鳴り止んだ。シーンと静まり返る邸内。


和那は目を開く。


溜まっていた涙が零れ落ちる。


両腕でさっと拭い去り、被っていた布団を静かに脇によける。


寝間着に身を包んだ和那は緊張して強張った表情のまま、自室の扉を通った。


漆黒の闇に包まれる階段が目の前に現れる。


和那はおそるおそる足元を確認しながら、1つ1つ段を踏みしめながら、ゆっくりと1階へと下りていく。


和那は唾をごくりと飲み込んだ。


玄関の扉が下り切った階段の正面10m先にそびえる。


無表情な扉の奥に、どんな表情の悪人が待ち構えているのか。意を決した和那はおそるおそる視線を送る。


行ったのかな。


件の玄関扉が重厚な存在感を放ちながら闇の中から現れた。


再び唾を飲み込む。


ペタペタと自身の足音が響く廊下を進む。


次第に大きくなりゆく玄関扉。玄関扉の中央部分には覗き穴があった。


和那は深呼吸をして、その小さな覗き穴を覗き込んだ。思わず呼吸を止める。


扉の外はすっかりと漆黒の闇が支配していた。その奥には周辺の閑静な住宅街の外灯の明かりがうっすらと広がる。


手前には橙色の来客用案内灯が明るく輝く。


そして、その案内灯は無人となったのか自動的に消灯した。その瞬間に和那はビクッと震えたが、それ以上の異変は見られなかった。


そこにはいつも通りの和那の自宅玄関のいつもの表情が広がっていた。


 和那は安心しきったのか、ふうっと長い安堵の溜息をこぼし、その場にぺったりとへたれこんだ。終わった。今日のところは。目がすっかりと冴えてしまった和那は、しばらくそのまま身動きが取れなかった。


 カラッと晴れた秋の朝。和那は澄み切った空気を浴びながら、重い足取りで駅への道を進んでいく。


住宅街はいつものように平穏で、いつもと変わらぬ朝を迎えている。しかし、最近そんなことばかり起きている、和那の心が落ち着くことはなかった。


 そう、それは全て最近自宅周辺で頻発しているおかしな現象のせいであった。それを最初に確認したのはおそらく、約1週間前だったと記憶している。


 その日の夕方、学校から帰ってきた和那はいつものように門の前のポストをまさぐっていた。


勧誘チラシばかりなので、結局そのままゴミ箱行きになるのが恒例だったのだが、取り出した手紙を見つめた和那は硬直した。


不自然なくらい純白の便せんが和那の手に握られていた。宛先はしっかりと和那宛になっており、差出人の情報が全く記載されていなかった。


家の中に入り、便せんを1枚1枚開いて確認していく。取り出して確認したところで、和那は思わず短い悲鳴を上げ、手紙を部屋の隅に放り投げてしまった。


そう、その手紙には赤い文字でびっしりと「愛してる」と延々と記されていたのだ。


 またある日の夕方には、これもまた下校中のこのいつもの住宅街で、自分の足音に合わせて後ろから何者かの足音がぴったりとついてくる。


振り返っても誰もいない。


再び歩き出すと、またしばらくして後ろから自分の足音にぴったりとついてくる足音がある。あまりにも不気味になってしまい、近くの交番に駆け込んだことがある。その交番の巡査は丁寧に周辺を捜索してくれたが、それらしい人物は発見できなかったとのことだった。


 最近はそのような不可解な現象が続いている。


そのうえ、ここ数日間でさいたま市内におけるロスト・チャイルド現象が初めて発生。そして、和那の学校でも前日の緊急集会にてロスト・チャイルド現象発生が校長より報告された。


和那も気が気ではならなかった。


自分もそのロスト・チャイルド現象の餌食にされようとしているのではないか、そのような感覚に襲われてしまった。


 その恐怖の感覚が盛大に植え付けられてしまったのが、昨夜あったような敷地内への侵入である。それは少なくとも3日くらい前から習慣的に起こっている。


もはや今のこの家にいることができないくらい恐ろしい。これで誰か友達でもいてくれれば、その友達の家に泊めてもらうこともできたのかもしれない。


和那は昔から友達が多くなかった。というよりほとんど記憶がなかった。


ただでさえ、そのような状況なのに最近さいたま市に引っ越してきたのだから、友達で苦労するのは目に見えていた。


決して他人からいじめられるだとか、無視されるだとか、そういうことはなかった気がした。


 容姿端麗で大企業の社長の娘。さらに、クールな目つきの中に色気がある不思議な顔立ちが、妙に高校生離れした雰囲気を醸し出している。しかも、自分からは恥ずかしさのせいで積極的に話しかけない。


となると、どことなく同世代からは和那に対して近づきがたい印象を受けてしまう。


 しかし、このさいたま市内の高校に転校してきたことを機に、和那は生まれ変わろうとしていた。


 人見知りで近寄りがたい雰囲気を一新しようと、積極的に自分から話しかける癖をつけようと試みていた。


未だに自分から声を掛けることに緊張してしまい、成功したのは2、3人程度だ。


しかし、今まで他人にはほとんど喋りかけられなかった自分からしたら、大いなる進歩である。


まだ友達と呼べる領域の人はいないが、少しずつ自分に自信がついてきた気がしている。1日に1人はクラスメイトの誰かにがんばって声を掛けたい。そう誓いを自らの中に立てて、和那は学生生活を送ってきた。


しかし、ここ最近ではこのような不思議な現象が自分の周りで発生しているせいで、おざなりになっているように思えた。


人様には迷惑を掛けたくない、という和那の信念が大いに邪魔をしていたのだ。人様に迷惑を掛けるな。それは和那の父、浅倉颯太郎の絶対の教えであった。


和那は健気にそれを守り続けていた。ただ、それももはや限界に来ていた。


 武蔵大宮駅の改札を抜け、人通りの多い駅舎内を通過する。階段を降り立ち、駅前のロータリーに辿り着く。そこにはいつもの駅前の表情が待っていた。


スーツ姿の男性たち、学生服姿がロータリー内を途切れることなく行き交っている。和那は思わず階段の手前で立ち止まった。


「あ、この間の和那さんだー」


突如、背後で素っ頓狂な声が上がった。


ビクッとした和那が声の主を振り返ると、そこには以前武蔵大宮駅で道案内をしてくれた2人の少年と、1人の可愛らしい少女が立っていた。


記憶の片隅に残っていた顔を思い出した。和那はすぐさま3人に向き直って丁寧に頭を下げた。


「あ、この間はどうもありがとうございました。おかげさまで大変助かりました」


丁寧過ぎるくらい深々とお辞儀する和那。


美稀だけは目を真ん丸くして、目の前の美少女を見つめている。


「え、何この綺麗な人」


美稀が総理に耳打ちをする。


大聖が嬉々とした表情でいるのが気に食わないらしく、どことなく不機嫌な声色であった。総理は思わずふふっと笑う。


「この間、俺たちが道案内した人だ」


「あー何か聞いた気がする」


美稀は思い出したのか深くうなずいた。


そして、チラッと大聖を睨みつける美稀。大聖が他の女の子に鼻の下を伸ばしている状況が好ましくないのだろう。


総理は表情には出さないが、少し寂しさを覚えた。


と、美稀はお得意の満面の笑みで和那に近づく。不自然過ぎる作り笑いに、和那は少々たじろいでいる様子だ。


「初めまして、2人の友達の渡井美稀です。よろしく」


和那はやや顔の筋肉が引きつった状態で挨拶する。


「こちらこそ、宜しくお願い致します。浅倉和那(あさくら わな)と申します」


和那はビジネスライクな言葉を紡ぎ出すと、ぎこちなく腰を折って再度深々とお辞儀する。


大聖は相変わらず、ニタニタとだらしない笑みを浮かべている。どうやら大聖は完全に和那の虜らしい。


「いやあ、こんなところで和那さんとお会いできるだなんて。やっぱり僕たちはそういう運命なんですねきっと」


と、デレデレ状態で興奮気味の大聖を、美稀は力任せに自分の後ろに押しやった。そして、口を開く。


「最近こちらに引っ越してきたんですか?」


「はい、愛知から引っ越してきまして、こちらでお世話になることが決まったんです」


まるで面接応対かのような和那の口調。構わず、美稀が質問を浴びせていく。


「何年生ですか?」


「3年生です」


「3年生ですか。受験もあって大変ですね」


「いえ、でもこちらの方々も優しいのですごくがんばれております」


駅前で立ち往生しても仕方ないので、4人で学校への道を進む。繁華街を通り過ぎて住宅街へ。


ここまで来ると、周囲には学生服姿の少年少女しかいなくなる。


相変わらずの大聖節が続く。


大聖は和那に執拗に声を掛ける。さながら酔っ払いが女性に絡んでいる図式となんら変わりない。


「いやあ、和那さんって絶対モテるでしょ」


時折、千鳥足になりながら、だらしなく歩く大聖。危うく何度も通行人にぶつかりそうになった。


「いえ、そんな私、全然モテないですよ。その、お友達もあまりいませんし」


声が徐々にか細くなる和那。私には友達がいない。この言葉を改めて口にして自分の心に刺さる。


 どうやら和那も大聖の愚行の数々に引いてしまっている様子だ。見るからに育ちの良さそうな和那に、大聖は下品だと映るのではないか。総理がそう思っていると、件の酔っ払いが総理にちょっかいを出してきた。


「えーそんなことないですよ。なあ総理?」


「何で俺にふる」


総理が冷静に突っ込む。総理は感じていた。


どうも、和那は自己評価が低そうだ。実際、総理自身も可愛らしい子だと思っているし、大聖の執拗な質問攻めに引いている様子を見せながらも、優しく丁寧に対応することに対してすごいと思っている。


これなら普通にモテるだろう。


しかし、和那は頑なにそれを認めようとしない。


人見知りがあるからなのだろうか。


こちらの様子を伺いながらの返事が多く、あまり人との会話に慣れている印象はない。完全に個を殺してしまっている印象だ。


「お前もそう思うだろう?和那さん、総理もモテると思うだって」


「勝手に進めるなアホたれ」


総理がやや強めに言い放つと、酔っ払いは食って掛かってきた。


「ああ?アホじゃねえよ俺は。単純に成績が悪いだけだ。学が無いだけだ」


「はいはい」


「あ、和那さん。好きな男性のタイプは?」


総理が溜息をこぼす。この男は成長しない。小学生の頃からずっとこの性格である。


誰にでも声を掛けるコミュニケーションに脱帽したと言っていたが、美少女にはとことん甘い。今のように鼻の下を伸ばして、執拗に個人情報を探ろうとしてくる。


 美稀も呆れ果ててしまったようで、ぶすっと頬を膨らませたまま歩いている。美稀もこの大聖の性格を理解しているはずなので、またかよと言ったところだろうか。


そうこうするうちにいつもの校門が見えてきた。再びいつもの日常が始まる。




 放課後。和那は校舎の廊下の窓から外の景色をぼんやりと眺めている。白く細い手の中には、しっかりと自身の可愛らしい携帯電話が握り締められていた。


 いつも通りに授業を全て消化し終えた校舎内は、部活と下校とでにわかに騒々しくなっていた。その喧騒からやや外れた教室の外の廊下。夕刻迫る空のオレンジと濃紺のコントラストが鮮やかである。


 和那はふと携帯電話を開き、しきりに映し出された画面を見つめていた。画面の中の電話帳には総理、大聖、美稀の3人の名前が追加されていた。


和那は嬉々とした表情を浮かべる。この学校に来て、初めてまともな友達と呼べる存在になるかもしれない。


和那は心の中が綺麗に洗われたように清々しかった。


うっとりとした表情を見せながら、携帯電話をスカートのポケットにしまい、窓の外の夕陽を見つめる。


 と、次の瞬間、和那の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。「お父さん」と表示されたその画面を見るや、和那の顔にやや緊張の色が生じた。


手早く応答のボタンを押し、おそるおそる携帯電話を耳に当てた。


「もしもし和那か。父さんだ」


渋みのある低い声が鼓膜を突く。


「はい、もしもし」


いつもの和那よりも冷たい印象の声色だった。表情もキリっとしている。心の中までも凍り付いているんではないかと疑いたくなる。


「そろそろ、考え直してくれないか。和那よ」


父は溜息をこぼす。


「嫌です、お父様」


感情の全くない声色で冷たく言い放つ和那。恐怖さえ感じさせる和那の無表情である。


と、その言葉に負けじと父も声色を強めて応戦する。


「和那、何度言ったらわかるんだ。いい加減にわかってくれ。お前1人を、大切な一人娘を日本に残して海外で仕事をする父さんと母さんの身にもなってくれ。毎日仕事をしながらお前のことが心配で頭をよぎる。集中して仕事なんてできやしない。確かにロサンゼルスに住むのは大変だ。言語や文化の壁もある。ただ、父さんや母さんも傍にいる。それで十分じゃないか」


父はまくし立てる。しかし、和那は一切譲ろうとしない。


「お父様もお母様もお仕事ばかりで傍にいてくださった試しがないじゃないですか。こちらでの生活なら大丈夫です。何も起きていないですし、埼玉でお友達もできましたので。おじい様の家も広いですが、大変住みやすくて快適です」


「本当に何も起きていないのか?」


和那は父の問いかけに対する返答に窮する。和那は血の気がすっと引いていくのを感じた。最近の家での恐ろしい現象。心理的にはとても1人ではこれ以上住みたいとは思えない。


しかし、父母について海外に行くことに比べればまだマシである。和那は負けじと口を開いた。


「は、はい。大丈夫です。今日はこれで失礼致します。おやすみなさい」


和那は早口にまくし立てると電話を切った。思わず、携帯を握る手をだらんと下ろす。


そう、これからあの恐ろしい自宅へと帰らないといけない。憂鬱だった。


今日は何をされているのだろうか。


そして、何をされるのだろうか。

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