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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第68話 相内家③

ふへへ、と笑う若葉。


和那と玲奈は微妙な空気になってしまっていた。


総理と大聖も黙って聞いているしかできなかった。


それくらいに衝撃的であった。


「ただ、それを知ってからは私の心理も正直おかしくなった。そもそも知るきっかけになったのが、ホタルイカの高校生連続殺人事件のせいなのさ。あの頃、日本中が大騒ぎになったから、私自身もだいぶ怖かったし、何より玲奈もその血を引き継いでしまったことに気づいて。この子をあまり世の中に出さない方がいいって思ったね」


若葉はここで一息ついた。


灰皿に吸殻を押し付ける。


「今の彼氏にもこのことを話したら、やっぱり暴力で押さえつけるしかないと。私も正直そう思った。でも、それが良くなかったね。逆に非行に走らせる結果になっちまった。それで玲奈が警察の厄介にもなり出して、私らも余計に焦り出してね。このままだとこの子は父親みたいになっちまうんじゃないかって」


「玲奈ちゃんはそんな子じゃありません」


和那が前のめりになって訴えた。


いつの間にか顔面の蒼白は消え失せていた。


いつもの和那よりもつんとした表情になっていた。


「ああ、それもアンタに教えてもらえたよ。この子は根っからの悪い子じゃないって。受験勉強しっかりがんばってアンタたちと同じ学校に通いたいって。この子が私に夢を語ったことなんてなかったから本当にびっくりしたよ。本当にありがとな」


なんとあのプライドの塊とも思えた玲奈の母親が、深々と頭を下げた。


これには総理たち一同びっくりした。


「私は母親失格だよ。アンタの方がよっぽど玲奈のことをわかってやってくれてる。玲奈の話を聞いてそれを痛感したよ。ごめんな、玲奈」


母親は立ち上がって、背後のタンスから封筒を取り出した。


その封筒は養育費と記されていて、教科書くらいの分厚いサイズになっていた。


「お嬢ちゃん。これを受け取ってくれよ。今までの玲奈の生活費」


和那の前にスッとその封筒を差し出した。


大聖はよだれを垂らして、封筒にかじりつきたい気持ちを抑えている。


玲奈も青白い表情のまま、ポカンと大口を開けてしまっている。


「そんなのは結構です」


和那はぷいっとそっぽを向いた。


今度は母親が仰天する番だった。


大聖も仰天のあまり、目が飛び出そうな勢いだ。


「私が望んでいるのは玲奈ちゃんの安全な生活が保障されることです。玲奈ちゃんが安全で安心して生活できる環境にいてくれればそれでいいんです。私たちはあなたたちを危険だと感じて玲奈ちゃんを匿っていたに過ぎません。勿論、私たちから玲奈ちゃんへの愛情はあります。お金をもらうためにやったわけではありません。そのお金で玲奈ちゃんに何か買ってあげてください」


和那の優しい言葉に、玲奈はうるっと涙を浮かべた。


母親も呆然とした表情だ。


そして、にっこりと微笑んだ。


「随分、人間のできた嬢ちゃんだねえ。うちのお店の連中も見習ってほしいくらいだわ」


「玲奈、携帯はどうしたんだ?」


すかさず総理が尋ねる。


玲奈はビクッと体を震わせたが、すぐに口を開いた。


「携帯、壊れちゃった」


再び玲奈は床に顔を伏せた。


「新しい携帯は買ってないんだ」


玲奈がぼそりと呟く。


それを聞いて、和那が母親に訴えた。


「そのお金で新しい携帯を玲奈ちゃんに買ってあげてください」


「ううん、違うのお姉」


割って入る玲奈。


細い両腕で和那と母親の空間を貫く。


「違うの。私が望んだことなの」


「玲奈ちゃんが?ですか?」


和那がきょとんとした表情を見せる。


玲奈が力強く頷く。


「お姉も私も来年すぐ大事な受験があるから。お姉が私に気を遣ってばかりになって迷惑を掛けたくないから。だから、受験が終わるまではお姉たちに連絡をしないようにしようって思って」


「迷惑だなんて思ってないですよ。玲奈ちゃんは私の人生の一部です」


和那は優しくつぶやいた。


玲奈の表情がふっと和らいだ、気がした。


今日初めて見た明るい表情かもしれなかった。


だが、玲奈の両目がやや泳いだ。


「でも、私は殺人犯の娘」


「そんなことは関係ないです」


和那はたしなめるようにして言った。


「玲奈ちゃんは玲奈ちゃんです」


優しい笑顔を見せる和那。


総理と大聖も自然と表情が和らぐ。


総理はぎこちない笑顔だが、大聖はにっこりと素敵な笑顔を見せた。


玲奈の表情が今日一番に明るくなった。


「また来たい時に来てくださいね。勉強教えますからね」


「うん」


玲奈が力強く頷いた。


そして、唇が囁く。


「必ず返すからね」


「え?」


「あ、ううん。何でもない」


和那が聞き返すも、玲奈は首を横に振った。


「いずれにしてもホタルイカは許せないなあ総理」


大聖がしかめっ面で言った。


「高校生だけじゃなくて、こんなに女性たちを困らせて、男の風上にも置けねえぜ」


その言葉に若葉はクスリと笑った。


「その言葉、あいつに聞かせてやりたいよほんと」


その笑顔はどことなく切なさそうだった。


「普通にしてりゃあ、どっかの会社の重役でもできそうなのに」


若葉はゆっくりと立ち上がった。


コートを羽織り、バッグを片手にする。


そろそろ出発しないと変更してもらった出勤時間に間に合わないためだろう。


若葉は玲奈の頭をゆっくりと撫でた。


「行ってくるぞ」


「うん」


玲奈は明るい笑顔で母親を見送った。


扉が景気よく閉じられた。


外はすっかりと暗闇に侵食されていた。


「玲奈ちゃん、本当に暴力とかないんですか?」


和那が心配そうな表情で尋ねる。


玲奈はこくりと頷いた。


「怪我していたのもあったから。でも、退院初日は少し揉めたよ。でも、お姉たちの話をしたらだいぶ優しくなったよ」


「そいつは良かった」


大聖も安堵の溜息をこぼす。


「受験一緒にがんばりましょうね。また必ずお家に遊びに来てくださいね」


和那は玲奈の手を取った。


手が少し冷たかった。


総理は玲奈の右手首の黒い焦げ跡を見逃さなかった。


「おい玲奈」


総理が玲奈の右手首を持ち上げた。


すると、根性焼きのような煙草の焦げ跡が露わになった。


一同が再び青ざめた表情を取り戻す。


玲奈が慌てて総理の手を振り払って、袖を元に戻した。


「これは私が吸殻掃除をしてた時に間違えちゃっただけなの」


意味不明な言い訳を垂れる玲奈。


「玲奈ちゃん、本当に?」


「早く帰ってよ」


玲奈が鬼の形相で3人を威嚇する。


3人は腑に落ちない表情のまま、玄関へと追いやられた。


「おい、本当にやばかったら和那に必ず相談しろよ」


総理が最後にその言葉を残したが、玲奈の心に響いたのかどうか。


玲奈は俯いたまま、3人を無理矢理玄関から叩き出した。


バタンと大きな音を立て、冷たく閉ざされる玄関扉。


しばし、3人は呆然とその玄関扉を見つめていた。


「結局は、あの母親が接客のプロだったってことか」


総理が悔しそうにつぶやく。


最後の最後で、腑に落ちない光景を目の当たりにしてしまった。


暗闇が立ち尽くす3人を侵食するように、静かに忍び寄っていた。

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