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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第66話 相内家①

昼休み終了後、2年B組は世界史の授業であった。

 

大聖は呑気にこっくりこっくりと舟を漕いでいる様子だ。


楠田はぶすっとした表情で机の上に目を落としている。


総理もまた、教科書とノートを開いて目を落としていた。


しかし、授業はどこか上の空の様子だった。


3年A組担任でもある教師の曽根が板書きしている動きと、総理の首の動きは全くリンクしていなかった。


そう、総理は湯浅からの謎のメッセージに気を取られていたのだ。


「喫煙所」


この授業中の中途半端な時間に、この文字だけのメッセージ。


今ここで待っているぞ、という意味合いなのか。


総理は、中庭にある湯浅が勝手に喫煙所にしているゴミ箱付近を連想していた。


 ただし、こちらが既読をつけていなくても追撃のメッセージが来るわけでもなく、時間は平然と経過していった。


いずれにしても、もう間もなくで5時限目は終了となる。


今日はそれで放課となり、対策委員会もない。


この後のホームルーム前に少し顔を出してやればいいだろう。


総理はそのように短絡的に考えていた。


それとも、井関に何かしら説教をしてみたのか。


ともかくこの後に顔を出してみればわかることだ。





 間もなく、授業終了のチャイムが鳴り響いた。


生徒たちは大きく伸びをして、授業終了を喜んだ。


帰りのホームルーム前の時間だが、目論見通り、総理は席を外して廊下へと出て行った。


授業から解放されて嬉々とした表情の生徒たちが徐々に廊下へと出てくる。


学生にとってはこの時間こそ最も開放感のある時間に違いない。


 総理は中庭のゴミ箱へと急いだ。


 1階通路から中庭のゴミ箱付近を覗くも、そこには湯浅の姿はなかった。


既に戻ってしまったのか。人騒がせな奴め。


総理は溜息をこぼす。


そして、何気なく通路を出て、すぐ傍らのゴミ箱の裏を覗き込んだ。


なんと、そこにはピンク色の手帳が置かれていた。


落ちているというよりは、故意に人の手によって置かれたような丁寧さを感じる。


「たしかこれは」


総理はすぐさまその手帳を手に取って中身を見てみた。


最後部のページに、名前を記入する欄があるのだが、予想通り手帳の持ち主の名前が綺麗な文字で書かれていたのだ。


「井関、聡美」


総理は思わず、息を呑んだ。


 井関は対策委員会でも屈指のメモ魔だった。


総理が視線を投げ掛けるとだいたいメモをしている様子が見て取れる。


もしかしたら、松坂と付き合うことになった際の心境もここから拾うことができるのではないか。


「横山君」


不意にソプラノの声が背中を叩いた。


 総理は背中に冷たい手でも突っ込まれたように跳ね上がる。


慌てて、手帳を背に隠して振り返る。


 通路側から、担任教師の橋本が不思議そうな目で自身の生徒を見つめていた。


「何やってるの?こんなとこで。帰りのホームルームやるよ」


「はい」


総理がから返事すると、橋本はすぐに引っ込んだ。


総理もすぐに橋本の後を追った。


そして、この状況を心の中で整理する。


 おそらく、これは湯浅からのメッセージだろうか。


井関の大事にしていた手帳。


確かに以前の対策委員会で、井関は机の上にこの手帳を広げていなかった。


もしかしたら、その時から既に湯浅は井関の手帳を拝借していたのだろうか。


この手帳の中身を俺に見せるために?


 総理は制服のお腹のズボンの間に手帳を忍ばせた。


制服のジャケットで一見してわからないように隠す。


これを今日、桶川の探索が終わったタイミングでじっくり読んでみよう。


必ず、何か手掛かりがあるはずだ。


 総理はワクワクしたような、不思議な感覚に陥っていた。







 埼玉県桶川市の桶川駅前。


住宅街として繁栄してきた駅前のロータリーは、多くのサラリーマンや学生の帰宅者が駅舎から吐き出されていた。


そして、それに交じって現れたのが総理、大聖、和那の3名。


またしても片岡の姿は無かった。


片岡は体調不良のため、そのまま帰ってしまったようだ。


 さて、駅前の商店街はこじんまりとしていて範囲も狭く、ちょっと世間話をして歩いたらすぐに住宅街に差し掛かってしまうほどだった。


 遡ること数時間前の昼休み。


 総理は中村警部に玲奈の件を尋ねるために電話をしていた。


さすがに中村警部は個人情報を出すことを渋っていたが、ヒントだけは教えてもらうことができた。


「小学校前の古い貸家に住み、昼間は寝て、夜には武蔵大宮のスナックで勤務している」


桶川市は狭い市域とはいえ、小学校が市内に3つある上に、隣の上尾市の小学校もがんばれば徒歩で行くことが可能な距離にある。


結局、体当たりで一校ごとにあたってみるしかないようだ。


「まずは、駅に一番近い中央小学校に行ってみよう」


総理の提言で住宅街を縫って、最寄りの中央小学校に辿り着いた。


住宅街の中に位置する小学校のためか、校庭はさほど広くない。


ちょうど用務員らしき初老の男が校門前をほうきで掃いていたので、声を掛けてみることにした。


「すみませーん。この辺に築年数結構経ってる貸家ってないですかねえ?」


大聖がやる気無さそうに尋ねる。すると、用務員の男はリズミカルなほうきを止めた。


「あのー」


大聖が追い打ちをかけると、男はギョロっとした目で3人を見つめた。


3人は思わず、後ずさりしてしまう。


「この辺だったら、学校の奥に昭和の頃に建てられた貸家が何件かあったよ」


用務員の男はへへっと不敵な笑いを浮かべると、すぐにまた掃き清掃に戻ってしまった。


3人は押し黙ったままだ。リズミカルな箒の音だけが鳴り響く。


「行くか」


総理が声を掛けると、大聖と和那が、まるで魔法が解けたように動き出す。


「お、おう」


3人はゆっくりと学校の裏手に回っていった。


すると、校舎の影に隠れるようにして、ボロい貸家が4件ほど佇んでいた。


いずれも目を当てがたいほどに不衛生極まりなかった。


生々しい洗濯物がいい加減に干されており、雑種の犬がリードに繋がれてしきりにこちらに向かって吠えている。


さらには、割烹着を着たままの老女が思わぬ来客たちをじいっと睨みつけている。

 

和那は口に手を当てて、咳込んだ。


「大丈夫か?」


総理が尋ねると、和那はこくりと頷いた。


 お金持ちのお嬢様には縁の無い場所だろう。


ただ、もしかしたら、この貸家のいずれかに玲奈が閉じ込められているかもしれない。

 

私がしっかりとしていなければ。和那は自分に言い聞かせた。


自分が不衛生だからって面食らっているようでは、ダメだ。


今日どんなことがあっても必ず玲奈を連れて帰るのだ。


和那は拳をグッと握り締めた。


「あちらのおばあ様にお話を伺いましょう」


和那は先陣を切って歩き出す。


割烹着の老女は視線だけを和那に向けて、自宅扉の前に微動だにせずいた。


「失礼致します」


凛とした姿で和那が老女の前に立った。


老女は相変わらず微動にしない。


「こちらに相内さんという女性のお宅があるとお伺いしたのですが、ご存知でしょうか」


老女は分厚くしわくちゃになった紫色の唇を動かさなかった。


と、しわくちゃの左手をスッと上げた。


奥の家屋を指差しているようにも取れる。


 3人は思わず、顔を見合わせた。


間違いない。


最奥の家屋が相内家、つまり玲奈らが暮らしているはずの貸家なのだろう。

 

総理はごくりと唾を飲み込んだ。


そして、先陣を切って歩き出す。


割烹着の老女をやり過ごし、そのまま奥の貸家の扉の前で足を止めた。


扉の脇にぶら下がったボロボロの郵便受けの正面に、マジックで相内と殴り書きされていた。


「間違いないな」


大聖が声を潜めて言った。


中には誰がいるかも知れない。


玲奈だけの可能性ももちろんあるが、母親も一緒にいる可能性もある。


母親はスナック勤務なのだから、そろそろ勤務のために準備を始めていてもおかしくない。


総理が郵便受けの奥にブザーを発見して手を掛ける。


緊張感が3人の周囲を漂う。


「行くぞ」


総理が大聖と和那を振り返った。


緊張感を帯びた表情でぎこちなく頷く。


無理もない。


最悪、ヤンキー彼氏も出てくることを想定しておかなければならないのだから。


彼氏は総理に暴行を働いたこともあった。


 総理が意を決したかのようにブザーを力強く押し込んだ。


家屋内に無機質なピーンポーンという鳴き声が響き渡った。

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