第61話 鍵
3人が再び学校に辿り着いた時には、既に時刻は午後7時を回ってしまっていた。
校門の内側に誰かがそびえ立つようにして立っている。
校門は綺麗にしっかりと閉ざされてしまっている。
大聖は舌打ちした。
固く閉ざされた校門の内側に立ち尽くしている男は、教頭の大澤だったのだ。
以前、対策委員会にオブザーバー参加しており、生活指導には厳しいことで有名な教頭だ。
大聖は最悪学校内に入ることができないのではないか、と不安になった。
「教頭先生、一大事一大事。開けてよここ」
大聖が校門にガッチリとしがみついた。大澤は頑なにそれを拒んだ。
「ダメだ。もう遅いから帰りなさい。忘れ物とかなら明日一番に来るようにしなさい」
「忘れ物とかじゃないんすよ。生徒が1人校舎内に取り残されているんすよ?」
大聖が校門をガシャンガシャンと揺らす。和那もまた大澤に懇願した。
「教頭先生、私からもお願い致します。生徒が1人まだ校舎内に残されているんです。怪我をしているかもしれないんです。確認させていただけませんか?」
和那がペコリと頭を下げる。
大澤が一瞬たじろいだが、それでも首を縦には振らなかった。
「しつこいぞ。もう生徒は全員帰宅している。校舎内には誰も残っとらん」
「教頭先生お言葉ですが、それは教頭先生自らが目視確認まできっちりとされたんですね?」
和那が珍しく教師に反抗している。大聖と片岡は思わず、和那を見つめた。
「あ、ああそうだ」
大澤は咳払いした。
「それは本当ですか?この学校にロスト・チャイルド現象がまた起きてしまうかもしれない事態なんですよ?そんな悠長な対応されていて、いざロスト・チャイルド現象が発生してしまったら、失踪してしまった学生の保護者へ何と説明されるんですか?」
大澤が言葉を失っている。
大聖もここぞとばかりに援護射撃を試みた。
「そうっすよ。これ以上、この学校から失踪者が出てしまったら、来年度の新入生が激減しますよ?俺らだけで今からその生徒探すんで、ちょっと校内に行かせてくださいよ」
「わかった。確認を取ってみる」
「確認て何すか?」
大澤は大聖の申し立てを無視し、そのまま校門からやや離れた場所へと歩いていった。
どうやら携帯電話で何やら話している様子だ。
大聖と和那はお互いの顔を見合わせた。
「和那さん。さっきから教頭、言っていることおかしくないすか?」
「そうですね。まるで、総理さんを我々に探させる気がないような態度です」
和那も頷く。
そして、電話を終えた大澤がゆっくりと校門を開き始めた。
「いいか、遅くとも7時20分には帰るんだぞ」
「ええ?たった15分すか?」
大聖が素っ頓狂な声を上げた。
大澤が腕組みをする。
「当たり前だ。お前たちの親御さんへ説明しないといけなくなる状況になったらどうするんだ」
「はいはい、わかりましたよ。行こう和那さん、片岡ちゃん」
大聖が校内へと侵入していった。
和那、片岡もそれに続く。
校舎は既に職員室以外は消灯している様子だった。
生徒たちの教室には一切の灯りが無い。
すっかり冷え切った体。
呼吸もすっかり乱れている。
薄暗い昇降口を通過すると、電気もついていない階段と廊下が現れる。
「教頭先生、電気つけてって電話では言ってくださらなかったんですね」
暗闇の中、和那が不服そうな表情を浮かべる。
確かにそうだ。
先程の電話は職員室への電話だと思うのだが、これから生徒の捜索に入るというのにも関わらず、生徒が数名入ることを告げただけで電気をつけるように指示はしなかったのだろうか。
「へっ。返事の良い奴と可愛い女の子に甘いだけの教頭だからしょうがないっすよ」
大聖が不貞腐れたようにつぶやく。
靴を脱いで、昇降口の端っこに常備してある来客用スリッパに履き替えた。
そして、まずは職員室を目指して、ここの校舎棟の電気をつけるよう伝えるつもりだった。
まるで、肝試しをしているかのようだった。
薄暗い廊下を突き進むと職員室の灯りが扉から漏れているのが見えた。
大聖が景気よく扉を開いた。
「すんませーん。校舎の廊下の電気つけてくださーい」
職員室内には数名の教員が仕事をしているだけだった。
その中に2年B組担任の橋本の姿があった。
「橋本先生ー電気つけてー」
大聖が橋本に対して大きく手を振った。
橋本が3人に気づき、近づいて来た。
「赤嶺君どうしたの?」
「いやあ、総理がまだこの校舎内にいるっぽいんで、迎えに来たんすよ。あ、電気どれすか?」
「横山君が?ああ、電気はこっちよ」
橋本は扉の傍らに集積している電気スイッチを全て捻った。
すると、職員室の外の廊下が白い灯りをともし始めた。
「ありがとー先生」
大聖は元気良く職員室を後にした。
「終わったら声掛けてね」
「はーい」
「あの、橋本先生」
そこで、今まですっかりと口を閉ざしていた片岡が口を開いた。
「あら、あなたはえっと?」
「はい、1年C組の片岡絢音です」
片岡は黒髪のポニーテールを揺らして軽く頭を下げる。
「先程、教頭先生から職員室に電話って来ませんでしたでしょうか?」
「え、来ていないと思うけど」
橋本が不思議そうな表情を浮かべる。
片岡は我が意を得たりと言った表情を浮かべた。
和那は片岡の得意そうな表情を見つめる。
この子、マイペースな子かと思ったら意外としっかりしている。
「ありがとうございます」
「おかしなこと聞くのね。さあさ、横山君をさっさと連れて帰ってちょうだい」
橋本は笑顔で手を振った。
そして、大聖に教室の鍵を渡す。
大聖はポカンとした表情で受け取って制服ズボンのポケットに捻じ込んだ。
とんちんかんな大聖は先程の質問の意図を理解していない様子だった。
すっかり電球に明るく照らし出された廊下に飛び出した3人は、まずは2年B組の教室へと急いだ。
相変わらず、涼しい顔つきでゆっくりと走る片岡。
和那が横からにっこりと微笑んで頭を下げる。
「申し遅れました。私、3年A組の浅倉和那と申します。宜しくお願い致します」
「片岡絢音です」
軽く会釈する片岡。
以前、和那の家で誰を味方につけておくべきか、という議論をした際に大聖が真っ先に推した理由がわかった気がした。
大聖は確かに抜けているが、総理や美稀と付き合っているという点では人を見る目があるのかもしれない。
「そっかー2人は初見だったよなあ」
大聖が気づいたように言った。
「お話には伺っていましたけど、しっかりされている方ですね」
和那がにっこりと笑うと、片岡は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「あんまり褒めないでくださいよ。恥ずかしいです」
3人は階段を一気に駆け上がり、2年B組のある階層に辿り着く。
そして、2年B組の教室の前に辿り着いた。
なんと教室は扉が全開になっていた。
その教室内に飛び込んだ3人。
その教室の中は若干荒れていた。
中央付近の机が列を乱して斜めに傾いており、それによって隙間がポッカリと空いた箇所に、男子生徒1人と椅子一脚が力なく横たわっていた。
「総理無事か?」
大聖が慌てて男子生徒に駆け寄る。
和那は両手で顔を覆って立ち尽くす。
片岡は周囲への警戒を怠らない。
大聖が総理を抱きかかえ、必死に呼びかける。
総理は目を瞑ったまま、動かない。
「おい、しっかりしろ。総理」
必死の形相で大聖が総理に呼びかける。
と、突如力ないうめき声が総理の口からこぼれ、ゆっくりと目を半開きにする総理。
瞳が大聖を捉え、ホッと胸を撫で下ろした様子だ。
「た、たいせい」
力なくこぼれる総理の声。
「総理さん」
「和那か」
和那も涙を堪えながら総理の元に駆け寄り、両足をぺったりと教室につけて座る。
3人の安堵した雰囲気が微笑ましかった。
片岡もまた安堵の溜息をこぼした。
「総理さんごめんなさい。対策委員会終わったのに、声掛けせずに勝手に玲奈ちゃんの病院に向かってしまって」
「何もおかしいことしてないだろう」
和那がポロポロと涙を零し、総理がそっと優しく頭を撫でている。
「しかし、一体誰がこんなことを?」
大聖が憤慨した様子で言った。
気だるそうに起き上がった総理もまたつぶやく。
「楠田は?」
総理はきょろきょろと周囲を見回す。
「楠田だと?」
大聖が素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、誰かに電話するって教室出て行ったはずなんだ」
「え、でも私が帰る際に楠田さんと昇降口のところでお会いしましたけど、私には教室から総理さんがいなくなったとおっしゃってましたよ?」
和那はきょとんとした表情で言う。
「なんだよそれ?全然辻褄合ってねえじゃん」
大聖が首を傾げる。
と、何か閃いたのか大聖はすっくと立ち上がった。
「ともかく楠田の奴をとっつかまえて話を聞き出そうぜ」
憤慨した表情の大聖。
大聖が片岡の脇を通り抜けて、教室を飛び出そうとしたので、片岡が慌てて大聖を取り押さえた。
大聖は暴れ馬のごとく暴れていたが、片岡は大聖の腰に手をまわして必死に止める。
「赤嶺君、ちょっと待ってください。誰が横山君を襲ったのか確認する方法がありますよ」
「本当か?片岡ちゃん」
大聖が嬉々とした表情を零す。
2人は組手を止めて、冷静になった。
「私たちが職員室に行った時のことを思い出してください」
「えっとー橋本ちゃんに会ったな」
「はい、それで」
「電気をつけてもらった」
「ええ、その後は」
大聖はいよいよ記憶の回路が作動しなくなってきたようだ。
頭を捻って悩み出す。
「あーっと確か片岡ちゃんが橋本ちゃんに自己紹介してて」
「そんなのどうだっていいんですよ」
やや苛立った表情の片岡が、突如大聖の制服ズボンのポケットをまさぐり出した。
大聖は元より、総理と和那も仰天する。
大聖がわざとらしく息遣いを荒くする。
「ちょ。だ、ダメだよ。片岡ちゃんそんな。皆がいる前で」
「なに気持ち悪いこと言ってるんですか。これですよ」
片岡が抜き取った掌の中に収まっていた物は、鍵だった。
「教室の鍵?」
大聖が再びきょとんとした表情に戻る。
総理も状況を理解できていない。
和那だけが理解した様子で、パッと表情が明るくなり力強く頷いた。
「そうですよね。ここに到着した時は鍵どころか扉が全開でしたもんね」
片岡もまたパッと明るい表情に戻った。
「和那さんそういうことです。そんな状態なのに、鍵は何故か職員室に戻されていた。ということは、この鍵を職員室に戻した人が横山君を襲った犯人でほぼ間違いないでしょう」
「少なくとも教室に総理さんが倒れている状態で鍵を返しているわけですもんね。犯人と関係している人には間違いないですね」
「さすが和那さん、そういうことです」
笑顔の片岡が小さく拍手した。
「おそらく、お2人の証言だけでも十中八九楠田さんだと思いますけど、橋本先生の証言もあれば逃れられないですからね」
「なるほど。さすが片岡ちゃん。すげえなあ」
大聖が鼻息を荒くした。
「いやあ、誰でもわかりますよこれくらい」
「よっしゃあ、職員室行くぜえ。野郎ども」
大聖が声高らかに宣言する。と、校内放送がここで入った。
「2年B組にいる生徒たち。もう時間が遅いから帰りなさい」
教頭の大澤の野太い声がスピーカー越しに響き渡った。
「ちっ。どこまでもうるさい教頭だぜ」
大聖が不満そうな顔を見せた。時刻は約束の午後7時20分であった。