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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第57話 動揺

総理と楠田は曇りに曇った心のまま、松坂の背中をじっと見つめながら、すっかりと静まり返った廊下を歩いていた。


 ロスト・チャイルド現象対策委員会が開催される、視聴覚室へと3人は向かっていた。


3人の間に会話は無かった。


松坂も、会話があるのならばリングの上、つまりは視聴覚室でたっぷりやろう。


そんな心境なのだろうか。


本来ならば、総理は楠田に、湯浅に依頼したように「和那とは初対面のふり」をして欲しいということだけを伝えるつもりだった。


 しかし、楠田にはその話ができず、あろうことか数日前の美稀による誘拐未遂のことから、昨日の松坂と井関のデートのことまで話してしまった。


 総理は湯浅に関しては信用しつつあったが、まだ、楠田については信用し切っていなかった。


勝手なイメージではあるが、楠田はそれこそ普段は超がつくほど大人しいが、ひとたびキレると何をするのか予測できない印象があった。


念のため、このことも大聖と和那にも共有しておく必要はあるだろう。


 視聴覚室に到着すると、先頭にうっとりしたような表情の井関。


井関の机の上には珍しくピンク色のメモ帳が見られなかった。


そして、先頭の列から3番目に和那。


その2列後ろに大聖と片岡が隣り合って腰かける。


総理はその様子を見て、ひとまず安心した。


片岡が大聖の隣に腰かけているのであれば、片岡もまだ松坂の毒牙には掛かっていないはずだ。


 大聖が総理に気が付くと手招きをする。


並び順が大聖、片岡、総理、楠田の順に腰かける。


 教壇に立った松坂は、教室中をぐるりと見渡すと、満足げに笑った。


「さあて、今日はこれで全員かな」


厭味ったらしい笑顔を浮かべながら、松坂は井関の後ろに腰かける和那に目をやった。


「えっと、あなたが新加入の浅倉、かずなさん?」


「あさくらわなと言います」


「おお、これは失礼。こんな綺麗なお嬢さんの名前を間違えるなんて」


と、井関が食い入るようにして松坂を睨みつけた。


これは失礼、と咳ばらいをした。


「それでは浅倉和那さん、簡単に自己紹介をお願いします」


和那はスッと立ち上がって、教室中を見渡した。


総理とやや目が合った。


和那は深呼吸をして口を開いた。


「皆さん、初めまして。ご紹介に預かりました3年A組の浅倉和那です。友達の失踪が悔しくて、何か解決の糸口になればと思い参加しました。受験勉強の傍らの参加となりますが、皆さんどうぞ宜しくお願い致します」


淀みなく綺麗に挨拶すると、丁寧にお辞儀した。


「ありがとうございます。宜しくお願いします」


松坂が拍手を送る。


教室中の面々も盛大に拍手を送った。


「それでは、今日は何名か欠席者がいるので、浅倉さんをうまくフォローできるグループに混ぜてもらって作業をしてもらおうと思うんですが」


松坂が教室中をぐるりと見回す。


本来ならば欠員が生じていて1人だけとなっている、総理の相談室グループに加入するのが筋だと思うが、松坂には目の前の新人をやすやすと敵に明け渡すことはしない様子だった。

 

これでいい。


総理は心の中で頷いていた。


緊張感が徐々に表情に出てきそうだ。


必死にこらえて次のアクションを待つ。


 と、ここで手を挙げたのは井関だった。


総理は身構えた。


「井関君かい?君は楠田君とコンビだろう?」


松坂は呆れたような表情でつぶやく。


しかし、井関は譲ろうとしなかった。


「いえ、私がうまく楠田さんとやれていないので、責任を持って浅倉さんと仕事をやらせていただこうと思います」


理解不明な理由だった。


頭脳を売りにしているはずの井関にしてはどうにも稚拙だった。


そして、それを言われてすっかりと落ち込んでしまう隣の楠田。


しかし、ここまでは総理の予想以上の展開であった。


「楠田はどうなんだい?」


松坂が楠田に振る。


楠田はビクッと肩を震わせた。


「ぼ、僕は、そしたら、よ、横山君とやらせてもらいます」


楠田はか細い声で言った。


楠田も楠田で井関からの圧力は耐えがたいものがあったことだろう。


井関は以前、対策委員会での楠田の仕事の雑さを嘆いていたようである。


楠田もそれについて泣いていたこともあり、2人の連携はガタガタであった。


「それならそうしようか。楠田は総理と相談室の設置を、井関君は浅倉さんと警備員設置を担当してくれ。それでは各自作業に移ってくれ」


松坂はそう伝えると、教室を後にした。


総理は机の下でガッツポーズをした。


大聖も安堵の溜息をこぼす。


「それじゃあ、片岡ちゃん。俺らは警察へ向かうぜ。防犯ブザーの発注が今日できるはずだ」


「わかりました」


気持ちのこもっていない返事を片岡は返した。


大聖が立ち上がり、総理も立ち上がった。


しばし、見つめ合ってコクリと意味深に頷く。


 一方の和那も井関に対して丁寧に頭を下げていた。


井関がゆっくりと警備員設置の準備段階について解説をしている様子だ。


 大聖と片岡はそそくさと教室を飛び出していった。


 総理もまた楠田を振り返った。


「よし、行くぞ楠田」


「え、どこに行くの?」


楠田がポカンとした表情で見つめる。


「情報収集だ」


「情報?」


「ああ、ついてこい」


総理はチラリと和那に視線を送った。


和那は井関の説明にしきりに優しくうなずいていた。


時折、にこやかに微笑む。


そして、こちらの総理の視線に気づくと顔を上げ、こくりとうなずいた。


 確実にこの作戦しかないのだ。





「浅倉先輩、めちゃくちゃ美人ですね」


「いえ、そんなことはないですよ。井関さんの方が美人ですよ」


「そんなやめてください。褒めても何も出ませんよ」


視聴覚室に残った和那と井関は談笑しつつも、警備会社への電話連絡や話し合いをしていた。


「専属の警備員ですと、高額になってしまいませんか?それなら派遣スタッフみたいな形で日替わりで来ていただいた方が単価は抑えられそうですが」


和那が提案すると、井関は深くうなずいた。


「確かにそうですね。人材派遣会社に電話をってことですよね」


「私の実家が人材派遣会社なので、取り合ってみましょうか?」


「名案だと思うんですけど、生徒に立たせた方がいいですよ」


「でもそれですと、最後に帰る警備員の生徒さんは大丈夫なんですか?」


和那が指摘すると、井関がふと黙り込んでしまった。


 そこへ、松坂が扉を開けて戻ってきた。


松坂はニヤリとこれまた不敵な笑みをこぼしている。


「あ、松坂さん」


和那が立ち上がってペコリと頭を下げた。


「いやいや浅倉さん、初日からとてもがんばってくれて助かるよ。ちょっと今、別室で話をしたいと思うんだけど、いいかな?」


「いえ、松坂さん。あの、その節は大変お世話になりました」


和那が頬を赤らめて恥ずかしそうにつぶやく。


声が徐々にトーンダウンしたことで、妙なほどリアリティを出せた。


 松坂は口をポカンと開けていた。


井関は不信の目を松坂に向けている。


「松坂さんとのこの間の夜はたいへん情熱的でした。私、とても恥ずかしかったですが、とても嬉しかったです」


「ちょ、な、何を言っているんだい?浅倉さん」


慌てた素振りを見せる松坂。


そして、怒りの視線を松坂に投げ掛ける井関。


「何をだなんて、松坂さんのエッチ」


和那は両頬を手で覆って、妖艶な声でつぶやく。


松坂はぎょっとした表情で目を見開いていた。


何を言っているんだ?この女は。


井関は和那のこの虚言を真に受けているらしい。


恐ろしい形相で松坂を睨みつけている。


「何してるの?」


「ば、馬鹿を言うな。虚言に決まってるだろう?僕と浅倉さんは今日が初対面だ」


必死に弁明する松坂。


井関は涙に目を浮かべている。


「私とは遊びだったのね。最低」


プイっと膨れっ面をして、顔を背ける井関。


井関の表情には怒りと悲しみが同居していた。


「ち、違う。僕には君しかいないんだ。聡美。信じてくれ」


突然の事態にうろたえる松坂。


表情は相変わらずクールだが、言葉の節々には焦りが感じられる。


一方の和那は澄ました顔で事の成り行きを見つめている。


「君、浅倉君。でたらめなことを言わないでくれ。君は僕の何も知らないだろう?」


「知っています」


和那は珍しく眉間にしわを寄せた。


そして、いつになく力強くこう言い放った。


「あなたがロスト・チャイルド現象の実行者、黒い人だということを」


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