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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第55話 覚悟の登校

 翌朝。憎らしいほどに晴れ晴れしい朝が訪れた。


乾燥し切った寒さはそれでも頬を刺す。

 

総理がのそのそと自室のベッドから起き上がると、やはりベッド横の布団は綺麗に畳まれていた。

 

これほどまでに憂鬱な朝はなかったかもしれない。


頭がなんだかずっしりと重たい。

 

今日は月曜日。


2日ぶりの登校日となる。


週末に松坂の見たくもない顔を見てしまったことは元より、本来仲間に入れておきたかった井関を松坂に盗られてしまっていた。


幸か不幸か、湯浅はまだ松坂の毒牙には掛かっていない様子だった。

 

総理は冷たい階段をヒタヒタとゆっくりと下りていく。

 

リビングに足を運ぶと、そこにはいつもの横山家の朝が待ち構えていた。


新聞とにらめっこする父。


化粧道具を片手に鏡とにらめっこする姉。


忙しなく食器に食事を盛り付けていく母。


そして、和那はテーブルを綺麗に拭き上げながら、視線は一心に、テレビに映し出されたニュースキャスターに注がれていた。


「おはよう」


総理がぼそりとつぶやくと、和那と横山家一同は顔を上げた。


「おはようございます、総理さん」


和那が笑顔でペコリと頭を下げる。


家族たちは感情なく挨拶する。


 総理と和那で配膳を手伝い、家族4人と和那で食卓を囲む。

 

ニュースキャスターが刻む原稿を読む声と食器が重なる音だけが居間を支配する。


しかし、突如、父が気になることを口にした。


「この間の市役所の一部が爆発した事件だが、犯人が特定されて指名手配されたようだ」


そう言えば少し前にそんな事件が存在していた気がする。


総理と大聖、宮葉と大槻の4人で教育委員会を訪問した当日の出来事だった。


いつかのニュースでキャスターが読んでいた気がした。


確か1名が爆発で死亡してしまった痛ましい事件だ。


少しでも時間が遅かったら巻き込まれてしまったかもしれないと思うとぞっとする。


「あら、確か1人亡くなられたんじゃなかったでしたっけ?」


母が口の前に手を添えて、父に尋ねる。


父は口を開く。


「そうなんだ。父さんも少し研修していた時期もあった人だったが、なにぶん女癖の悪い人だったからな」


総理の父は公務員であった。


勤め先は現在、県庁である。


それを聞いた総理は、ご飯が危うく喉につっかえるところであった。


「父さん、その人もしかして、腰塚って人か?」


「おお、何で知ってるんだ?総理」


父がコクリと頷くも、不思議そうな表情だった。


それを聞いて総理は背筋に氷を入れられたような感覚に襲われた。


「いやちょっとね。それよりも犯人って?」


総理はバンとテーブルを叩いて父親を見つめた。


もしかして、松坂やホタルイカが絡んでいるのではなかろうか。


緊張と期待が入り混じった感情だ。


と、ここで様子のおかしい総理を、姉の愛理がたしなめる。


「ちょっと落ち着きなさいよ総理。何よ急に」


父はうーんと唸って腕組みをした。


「あー犯人はなあ」


「うん」


父は頭をポリポリと掻き始める。


「嘘かもしれないが、欧米系の小さな女の子だそうだ。名前は確か、何だっけなあ」


「欧米系の小さな女の子?」


総理は再び背筋が凍り付く思いだった。


まさか。総理には思い当たる節があった。


冷汗が頬を伝う。


武蔵大宮のゲームセンターでぬいぐるみを取ってあげたこと。


そして、つい一昨日の夜、和那の洋館の近くの公園で再会したこと。


その際、抱きつかれたのだが、まさかその時に。


「そ、そんな」


総理は頭を抱えて震え出す。


確かにそれなら全てが繋がる。


それはつまり、松坂とも繋がりがあるのではないかと考えることができる。


昨日、新都心中央のショッピングモールに松坂がいたことも全て説明がつくのだ。


「どうしたのよ?総理。アンタ今日おかしいわよ」


姉が漬物を口に運びながら言う。


おかしい姉に言われるのは大変心外だが、そんな言葉などどうでもよくなるくらいの衝撃であった。


「総理さん?」


和那も心配になって総理を覗き込む。


「ああー名前はそうだ。エレミスと言ったなあ」


父が手に持っていた携帯電話を取り出した。


それは指名手配写真を写したものであった。


母と姉、そして和那が箸を止めて写真を見つめる。


総理もまた見つめる。


そこにはやはり、見覚えのある右目が潰れた金髪ボブの可愛らしい少女の写真だった。


総理の心臓の鼓動が極端に跳ね上がるのを感じた。


「この子、あの怪人ホタルイカの娘と言われているらしいぞ」


「こんな可愛らしくて小さな女の子がねえ。世も末ねえ」


姉が興味の無さそうな口ぶりで言う。


「あなたも気をつけてくださいね」


母は父に心配そうな視線を投げつける。


すると、盛大に父が笑った。


「ハハハ、俺がそう簡単に死ぬもんか。ハハハ」


「……」


総理は全てを確信した。


テーブルの上で拳をグッと握り締める。


傍らの和那はその拳をただ心配そうな表情で見つめることしかできなかった。







 総理と和那が県庁前駅に辿り着くと、大聖が既に改札口前に待機していた。


「おはようございます、大聖さん」


「おはようございまーす。和那さーん」


いつもの快活な大聖であった。


緊張している様子は見られない。


しかし、大聖は総理の緊張に満ちた表情を見るや、冷静な表情に戻った。


「お疲れ」


「おうよ」


これから向かうのは楽しい学校ではなく、戦場なのだということ。


総理も和那も大聖もそれをしっかりと理解していた。


松坂と井関は確実に敵とわかるが、他の誰が味方で敵なのか、わからない戦場であった。

 

いつものようにホームに降り立つ。


いつものように電車を待つ会社員と学生たちの列。


他の高校生たちは緊張とは程遠い雰囲気で、のんびりと談笑している。


会社員たちは心の底から憂鬱そうな表情で新聞紙を眺めたり、携帯電話をいじったりしている。

 

と、ここで大聖が総理に耳打ちした。


「総理、結局片岡ちゃんからは連絡なかったぜ」


「ほんとか」


総理は驚いたが、そこまで取り乱すことはなかった。


和那もまた不安そうな表情で聞き入る。


「でも、片岡は警察にお姉さんがいるんだろ?松坂も下手に手出しはできないだろう?」


「そうだといいんだけどなあ」


大聖は今日初めて緊張感に満ちた表情を見せた。


仮に片岡まで松坂の味方をされてしまっては、本当に絶望的な状況に陥るかもしれない。


 ややあってホームにやってきた電車に乗り込む。


 武蔵大宮駅まで扉の近くをいつものように陣取って学校へ向かう。


車内では和那が対策委員会にどのように参加するかを相談した。


「最初から俺らの仲間であることを隠さずに参加するかどうかが重要だな」


「最初から仲間ってことで問題ありませんよ。私は松坂さんから逃げも隠れもしません」


和那が力強くうなずいた。


「勿論、最初から松坂に対して敵意剥き出しにする必要はないけどな」


総理も小さくうなずく。


大聖も腕組みをする。


「そうだよなー最初から松坂に敵意出してても仕方ないしなあ」


 武蔵大宮駅に着いてもなお、抜群の回答は見い出せなかった。


武蔵大宮駅に出入りする人混みに呑まれる頃には、3人とも黙りこくって、ただただ歩いていた。


街中へ繰り出し、住宅街へと差し掛かる頃には、大宮聖征高校の学生たちの制服姿が溢れ出す。


ここ最近、失踪者を数多く出してしまっている。


この高校の学生たちの顔は心なしか曇っていた。


 皆きっとそうなんだ。


見えない失踪の恐怖と戦っているんだ。


総理は首を横に振った。


俺たちには見えているんだ。絶対に負けるもんか。


「考えたよ」


総理はごくりと唾を飲み込んだ。


大聖と和那は驚きの表情を浮かべた。


「攻める」








 学年の違う和那と別れ、教室に辿り着いた総理と大聖。


教室には既に10名強の学生たちが各々の席に腰かけていた。


思い思いの時間を過ごしている生徒たち。


 宮葉と大槻に軽く挨拶する。


楠田はまだいない。


松坂もいない。


しかし、誰が松坂の息が掛かっているともしれない。


総理と大聖はすぐに作戦の詳細を話そうと場所を移した。


教室を飛び出し、そのまま近くの階段を軽快に昇っていく。


辿り着いたのは総理がたまに出入りしている校舎の屋上だ。


扉をしっかりと閉め、誰も近づいていないことを確認する。


しかし、ここは目の粗い柵があることもあって、風を真正面から浴びるため、大変寒い。


大聖がぶるぶると震えながら、口を開いた。


「し、しかしよお。それは危険すぎじゃねえか?総理」


総理は大聖を背にして、目を瞑った。


確かに和那に降りかかる危険性が高い。


しかし、何より本人の意思尊重を優先した結果だ。


勿論、物的証拠を松坂に突きつけるためでもある。


「和那に頼るしか、ないんだ」


「……」


大聖は言葉を失っていた。


ガチガチと歯を軋ませる音と、冷たい風の鳴き声だけが響く。


「あいつも覚悟を決めてくれた。だからこそ、俺たちも最大限覚悟を決めて、最も効果のある策を練り、最大限あいつを守るのが礼儀って奴だ」


総理は優しく言葉を紡ぐ。


大聖はそれを聞いて総理に背を向け、フッと笑った。


「お前は相変わらずだよなあー。絶対、中途半端ができないというか。まあ、俺もそうだけどなあ。その辺が親友になれた最大の理由かなあ」


「かもな」


総理も大聖に背を向けたまま、フッと笑った。


再び冷たく乾いた風がピューピューと唸っている。


「さあて、じゃあ俺たちの姫様を精いっぱい守りますかー」


大聖はグッと右の掌を空に向けて掲げた。


総理は大聖を振り返り、同じく右の掌を掲げた。


そして、2人はパシンと景気良い音を立てて、お互いの手を握り合った。


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