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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第52話 探索

日曜日ののんびりとした朝がやってきた。


 総理は重たい瞼をこじ開ける。


爽やかな朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる。


それとともに底冷えするような12月の寒気が窓ガラスを貫通して襲い掛かってくる。

 

総理は寝そべったまま大きく伸びをすると、上半身だけのそのそと起き上がらせた。


時計を見つめる。


時刻は既に9時を回ってしまっていた。


ふと、ベッド横の綺麗にたたまれた布団が目に入った。

 

そうだ。


和那が今日は泊まっていたんだ。


しかし、和那の姿は部屋の中にはなかった。

 

総理がのそのそと階段を下りていくと、階下から数名の談笑が聞こえてくる。


 リビングに向かうと、ソファに姉と和那が、食卓には父と母が腰かけて熱いお茶を飲んでいた。

 

愛理が弟の登場に素っ頓狂な声を上げた。


「あ、総理。ようやく起きてきたの?」


「総理さんおはようございます」


和那もリラックスした笑顔で迎える。


 両親たちもニヤリニヤリと不敵な笑みを浮かべて、息子を見つめている。


「何してんだ」


総理がキッチンへと足を向ける。


寝起きに浄水器から1杯、冷たい水を口に運ぶ。


「弟の恋人来訪を祝福しない家族がどこにいるのよ」


姉の言葉に総理は水を吹き出した。


「恋人じゃねえ」


その言葉に両親もまた乗っかってくる。


母がうっとりとした表情でつぶやく。


「あららあ、もう孫の顔が見れると思ったのに」


「アホたれ家族か」


総理が空になったグラスを力いっぱい洗い場に叩きつけた。


構わず、姉は和那に話しかける。


「今日はどこに出かけるの?和那ちゃん」


「え、今日ですか?」


「そう、総理と出かけるでしょ?今日は」


「えーそうですねー」


和那の表情からは、愛理からの追及に困っているのか、それともどこに出かけるのか迷っているのかわからなかった。


 愛理がふと思い出したように弟を振り返った。


「あ、今日は遅くなってもいいってよ総理。良かったね」


「はあ?」


「だーかーらー本当に鈍いよねアンタって。お姉ちゃんに全部言わせる気?」


「もう喋るなアホたれ」


総理は怒りを露わにしてリビングを飛び出していった。


冷やかされるのは心外だった。


総理がいつものコートを羽織り、外に飛び出そうとするのを和那が追いかけてきた。


「総理さん待ってください。朝ご飯は?」


「面倒くさいアホ家族がいるから、外で食べる」


総理は靴ひもを結び終えると、爽やかな陽光漂う外へと飛び出していった。


和那も慌てて総理の後を追いかけた。


その様子を家族たちはリビングの扉の隙間から、ニヘラニヘラと嫌らしい笑みを浮かべて見つめているのだった。






 総理は注文した朝食が運んでこられると、盛大にかきこんでいった。

 

ここは県庁前駅の和食チェーン店である。


日曜日の朝ということで客もあまりおらず、のんびりとした和を基調とした空間が広がっている。


向かいの席では、和那が背筋をピンと伸ばして腰かけている。


「すまんな、アホたれ家族で」


総理は卵ご飯をかきこみながら、和那に言った。


「いえ、こちらこそ。申し訳ございません」


和那は深々と頭を下げた。


「お前が謝らなくていいだろう」


「はい」


反省したようにこじんまりとする和那。


和那があの家族に期待させるようなことを言ったわけではないのは、総理ももちろんわかっていた。


総理は味噌汁をゆっくり吸いながら言った。


「さて、これから一度家の様子を見に行かないとだな」


「私の家の、ですか?」


「もちろん。一晩中空けてたわけだから。何かあったら即中村警部に電話してやろう」


和那はそう言われて不安になってきた。


昨日のあの足音は、やはりホタルイカなのだろう。


自分の家に大量殺人犯が出入りしている事実は背筋が凍る程度の話ではすまない。


生きた心地がしなかった。


「そうですね」


和那は抜け殻のように返事をした。


総理はきゅうりの漬物を口に運ぶ。


「何かあったらすぐに中村警部に連絡しよう。一旦は明日までの辛抱だ。明日になれば玲奈も戻ってくる」


「ですが、玲奈ちゃんがまた無茶をやらかさないか本当に不安です」


総理は思わず箸を置いた。


確かにそうだ。


入院していた玲奈の様子を見るにつけ、ホタルイカに襲われて恐怖の念を抱くと思いきや、更なる復讐の念を抱いていたのだから。


「勿論、家が無事であるのが一番なんですが、今日家の中で何かが起きていない方が不気味で怖いです」


総理は和那の言わんとすることが何となくわかった。


いるのならいるで、はっきりしてほしいという気持ちなのだろう。


いるかいないかわからない方が、家に戻った際の不安は尽きない。


心理的には「答えが出ている方が安心」ということなのだろう。


「それもそうだな」


総理は手を合わせて「ご馳走様」とつぶやくと、携帯電話をいじり出した。


「大聖を呼んでおこう。午前中に3人で家の中を隈なく探索しよう」


「はい」


和那が見る見るうちに元気をなくしていってしまった。


総理は、ホタルイカのことを許すことはできなかった。


これ以上、和那や玲奈が苦しむところを見たくない。


警察と協力して追い込んでいかないとロスト・チャイルド現象の解決にも繋がらない。


総理は、証拠の無い松坂を捕らえることは不可能だが、証拠も前科も大ありのホタルイカを捕まえる方が圧倒的に楽、と短絡的に考えていた。


そこから数珠つなぎに松坂逮捕へ繋がればそれで良いと。


「よし、行くぞ和那」


総理が椅子を引きずって立ち上がった。


和那も怯えた目つきで立ち上がった。






 県庁前駅で大聖と合流した2人は、そのまま電車に乗って与野駅へ向かい、下車した。

 

日曜日のお昼時とあって、買い物客や外出者で駅前は賑やかであった。


徐々に気温が上がってきて、少し歩くと汗ばむくらいまでに温かくなっていた。


 近所の公園を横手に住宅街を通り抜けていく。


交番ものんびりとした空気が流れている。


只一人の警察官が呑気そうに欠伸をしている。


 ここまではとても高校生大量殺人犯の怪人が近くに潜んでいるという事実さえ、疑われてしまうくらい平和な景色であった。


すぐに洋館の前に辿り着いた。


不気味なほど静まり返った洋館が目の前にそびえたつ。


「ところでよー昨夜は2人でお楽しみだったのかー?おおっ?」


ここで、大聖がニヤニヤと笑いながら、総理を肘でつつく。


総理は一切大聖を無視しながら、洋館を睨みつけていた。


「無視すんなよー」


変わらず立派な彫刻を施された大きな門、そしてその重厚な門の奥に、今は水の張っていない円型の噴水。その噴水を囲うように敷き詰められた石畳の通路。


その通路の両側には若干伸びてきた雑草や草木が、時代風景に味を添えている。


一切、以前から変わらない風景がそこに広がっている。


和那は大きな鍵を取り出して解錠し、門の奥へ2人を招き入れた。


その前に、ふと埋め込み型の郵便受けの存在を思い出した総理は、何かが入っていないか確認してみた。


しかし、ポストの中には何も入っていなかった。


2人が敷地内に入ると、和那は門を閉めて再び大きな鍵を差し込んだ。


鍵もポストも特にいじられている様子はない。


ということは、ホタルイカは出入りしていないのか?


総理は顎に手をやって考えた。


「よーし、ひとまずは3人で絶対行動しよう。まずは2階から捜索しよう」


「2階からなのか?」 


大聖が尋ねる。


「ああ、先に出現可能性が高いところから調べた方が心理的にも楽だろう」


総理は和那を振り返った。


和那はこくりと頷く。


「そうだなあ。っしゃあーホタルイカ出てこいや」


大聖がひとしきり叫んだ後、玄関まで元気良く走っていった。


総理と和那は必死の思いでついていく。


玄関前に辿り着き、大聖は戦闘意欲満々で扉が開くのを待っていた。


総理と和那が追い付き、肩で大きく息をしている。


「少し静かにしろアホたれ」


「悪い悪い。早くホタルイカの奴をとっちめてやりたくてよ」


「そりゃそうだけどさ」


総理が首肯すると、和那もまた玄関扉の鍵を手にして強く頷いた。


 鍵が扉の鍵穴に吸い込まれるようにして入っていった。


和那の細く白い手で優しく回される。


カチャッ。


乾いた音とともに、扉がゆっくりと開かれていった。


 そして、3人の心臓の鼓動が頂点に達していた。

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