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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第49話 ディナーデート

「全く迷惑な奴だったぜ」


先程からしばらく津田は憤慨していた。


人の群れが行き交う街中をぶらぶらと2人で歩いている。


井関は腕時計をちらりと見た。


時刻はまだ午後3時を回ったところである。


松坂との「デート」までは時間がたっぷりある。


横断歩道を渡りながら、何気なく駅方面へと向かう。


津田はしばらくずっと悪態をついていた。


「そこまでめぼしい情報もなかったしな」


「そうでもないよ」


井関が相変わらずのピンク色の手帳を開いて口を開く。


「うん?」


津田が不服そうに手帳を覗き込もうとした。


井関はそれにハッと気づいて手帳を狭めた。


頬を紅潮させる井関。


「どさくさに紛れて覗かないでよ」


「あー悪い悪い」


津田がさほど悪びれた様子もなく謝罪する。


井関はゆっくりと手帳を開き直す。


「松坂さんがこの渡邉の脱走の手引きをしたっていうことなんだから、あの人がロスト・チャイルド現象に関わっていることは明確だよ。黒い人の可能性もある」


「でも黒い人のくせに何で脱走の手引きをする必要があるんだよ?」


「それは本人に聞かないとわからないけど、私の兄を救い出せる可能性が最も高い人には違いないよ」


井関は正面を見据えて言った。


その言葉が津田にはあまり面白くなかった。


心の中で舌打ちをしていた。


松坂に嫉妬しているようだ。


勿論、井関は松坂に恋心を抱いているわけではなかった。


「まあ、そうだよな」


「ともかく松坂さんに会ってみないことには始まらない」


井関が顔をしかめる。


津田は井関を横目で見やった。


「なあ井関」


「何?」


脇目も振らずに井関は答える。


「今日これから空いてるか?」


「空いてないよ」


「そっか」


津田は残念そうに俯く。


井関は微動だにしなかった。


さすがに心の底では津田のことが疎ましかった。


ここ池袋に来てまで、私に気持ちを押し付けるつもりかと。


 駅前のロータリーにまで辿り着いた2人は、ようやく向き直った。


井関はピリピリとした表情で言った。


「じゃあ私これから用事あるから」


「あっおい」


井関はそのまま人混みの中に紛れて、池袋駅の構内へと吸い込まれていった。


津田が追いかけようか追いかけまいか、一瞬迷ってしまった。


しかし、あまりにしつこくし過ぎても仕方ない。ここは諦めることにした。


 だが、ここで追いかけないということが、今後どのように人間関係に影響してくるのかが津田にわかってさえいれば、結果はだいぶ違った方向に向かったのかもしれない。


 津田には予感があった。


自分では井関を口説き落とせない、と。


井関は今、兄に辿り着くことにばかり夢中であり、恋愛になんて興味がないんだ。


そう言い聞かせることしかできなかった。


「あーあ。ちっくしょうめ」


津田は目の前の空き缶を思いきり蹴っ飛ばした。


人混みがにわかにざわついたが、すぐにまた静かになった。


それを見て、津田は思った。


やはり、自分の力では誰にも何の影響も与えられないんだと。


世知辛さというものが心にひしひしと押し寄せてきた。


 




井関は1人、山手線の電車内に立っていた。


休日ということもあり、買い物客でごった返す電車内。


これから向かうのは、もちろん新宿駅である。


松坂との「デート」先に指定された新宿駅である。

 

まだ約束の時間までは3時間ほどあるので、井関は街中で時間を潰すことにした。


街中は池袋の街以上の人だかりだった。


人が津波のごとく押し寄せる。


それでも井関は臆することなくコスメショップやアパレルのお店をひたすら周り、買い物を手早く済ませていった。


そして、一通り買い物を終えてからは喫茶店でゆっくりと時間を潰した。


喫茶店ですら空席がどこも見当たらない状態であった。


それでも屋外のテラス席を何とか陣取り、寒さと戦いながらホットコーヒーを口に運んだ。


時刻は既に午後6時を回っていた。


もう間もなくすれば、松坂との「デート」の時間となる。

 

時間が近づくにつれ、井関の心臓の鼓動が落ち着きを失くしていった。


この待ち時間が居心地悪かった。


家族に帰宅時間が遅れる旨は連絡してあるが、寒さも手伝ってか早く帰りたい。

 

湯浅を何となく思い出した。


湯浅も一緒に来てほしかった。


しかし、今日は珍しく連絡が来なかったのだ。


池袋を出た時に誘っておけば良かったかもしれない。


さすがに学校の先輩とは言え、全く想いを寄せていない相手と夜に1対1でのデートは良くなかった。


「僕は君が対策委員会に参加してきた時から、君のことが好きだったんだ」


松坂の電話口でのあの言葉がどうにも脳味噌にへばりついて離れない。


 爽やかイケメンからあのような告白を受けたのは初めてだ。


年上も初めてかもしれない。


松坂の大人な印象は男性として嫌いではなかったが、何分相手のことを知らなさすぎる。


おっと、今日はそれを聞くためではない。


井関は自らの両頬をぱしんと叩いた。


渡邉を手引きする立場にあったのは何故か。


つい先程渡邉から聞いて来た情報の真偽を尋ねるために会いに行くのだ。


そして、兄も脱走の手引きをしたのか?


今後兄をどうしていくのか?


兄の連絡先は?


それさえ質問が終わったらさっさと帰ってお風呂に入りたい。


そして、兄との連絡を取って家に帰ってくるように説得するのだ。


井関はピンク色の手帳にそれらを丁寧に書き留め、何度も力強くうなずいた。


「よし、シミュレーションはこれで」


井関はピンク色の手帳をバッグにしまい込んだ。


腕時計を見ると時刻は午後6時半を回ったところだ。


そろそろ時間だ。


これから移動して新宿駅の新都心口まで足を運ばなければいけない。


「行くかな」


心臓の鼓動はすっかりと早まっていた。


ようやく、ようやく兄に近づける第一歩を踏みしめた。


井関が立ち上がったその瞬間、携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

 

画面には「裕子」の文字。

 

井関は迷ってしまった。


ここで湯浅と話をしてしまえば、話が長引くのは勿論、松坂と2人で会うことも話してしまうだろう。


おそらく湯浅は怪しんで2人で会うのを止めるのではないか。


そうすると、自分の意思が揺らぐ気がする。それだけは避けなければならない。


 また折り返せばいいや。


井関は携帯電話をそのままバッグの中にしまい込んでしまった。


井関は1つ深呼吸をした。


すっかりと息が白くなっている。


そして、ゆっくりと立ち上がり、集合場所である新宿駅の新都心口までの道を歩き始めた。







「やあ、来てくれて本当にありがとう」


松坂は柔らかく微笑んだ。


集合場所に現れた松坂は、高級そうなブラウンのコートに身を包んでいた。


やはり、お金持ちなのだろう。


品性もあり、態度に余裕を感じる。


周囲はやや薄暗かったが、周囲には多くの買い物客などでごった返していた。


左手には高層ビル群がそびえたっている。

 

井関は緊張した面持ちで松坂を見た。


「寒いだろうから、早速予約した場所に行こうか」


松坂が歩道の道路側をゆっくりと歩き出す。


井関は慌てて松坂の横をついていく。


予想通りファミレスとかではないらしい。


夜景の綺麗なデートスポットと言っていたから、これから一体どこに連れていかれるのか。


2人は随分と賑やかな新宿のビル群の中を抜けていく。


おどけたような表情を見せる松坂が尋ねる。


「お腹すいたろう?井関君」


「ええ、まあ」


井関は警戒した様子で答える。


「そんなに固くならなくて大丈夫だよ、井関君。普通にフレンチさ」


ふふふ、と意味深な笑いを立てる松坂。


相変わらず、何を考えているのかわからない人だ。


「松坂さんにお聞きしたいことがあるんです」


「何だい?」


松坂が井関を振り返る。


「渡邉さんって方、ご存知ですよね?」


「うん、知っているよ」


「渡邉さんが捕らえられた時、松坂さんが渡邉さんの脱出を手引きしたと聞きました」


「まあ、そうだね」


松坂はまだ余裕そうな笑みを浮かべている。


井関はそれを見て、不安を覚えた。


しかし、息を整えて一気に気になっていたことを吐き出した。


「何故、渡邉さんが捕らえられている場所に、松坂さんがいたんですか?全く意味がわからないんです」


ちょうど飲食店が軒を連ねていた角を通り過ぎ、新宿西口の高層ビルが連なるオフィス街へと差し掛かった。


土日ということもあり、先程の飲食店界隈ほど人が歩いていなかった。


井関の不安が加速する。


鼓動がうねり出す。


一方の松坂は表情を一つ変えず、押し黙ったままだ。


「知りたいかい?」


ぼそりと静かにつぶやく松坂。


「え?」


井関は素っ頓狂な声を上げた。


「僕は黒い人の正体を何もかも知っているんだ」


ニヤリと口元を歪める松坂。


「ほ、本当ですか?」


井関が飛びつく。


緊張感が徐々に高まっていくのがわかる。


「まあ、それは予約した場所についてからでも遅くないさ。ゆっくりと話すよ」


ふふふ、と相変わらず不敵な笑みを浮かべた。


「このビルだよ」


地上50階はあろうか。


松坂が立ち止まって指さしたものは新宿の中でも屈指の高層ビルであった。


「え?ここですか?」


「うん、ここの49階のフレンチを予約しているよ」


井関は口をあんぐりと開けてしまっていた。


本当に松坂は高校生だろうか?


どこの高校生がこんな高層ビルのディナーを予約するだろうか。


松坂は柔らかい表情を崩していなかった。


「行こうか」


松坂と井関は高層ビルの中へと吸い込まれていった。

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