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Mysterious ROAD  作者: dear12
48/77

第48話 渡邉

井関は待ち合わせ場所に、抜け殻のように立ち尽くしていた。

 

指定された東京池袋駅前は週末ということもあり、多くの買い物客でごった返していた。

 

以前、津田より教えてもらった、現段階でのロスト・チャイルド現象の唯一の生還者である渡邉という生徒に会うためであった。


ほどなくして津田が快活そうに現れた。


「よう井関」


「あ、おはよ」


津田が景気良く世間話を展開していく。


2人並んで、池袋の街中へとゆっくりと繰り出していく。


これから、渡邉と約束した喫茶店へと足を運ぶのだ。


井関はどの話題にも、まるで空気の抜けたような返事だった。


上の空であった。

 

そう、井関は未だに今日のこの後の「松坂とのデート」について考えていた。


結局、津田にも湯浅にもそれを告げずにこの日を迎えてしまった。


実際に行くか行かないかもまだ迷っていた。


どうも自分は物事の決断力がないな、と強く感じた。


井関はピンク色の分厚いメモ帳の上に乗せていた手をぎゅっと強く握り締めた。


「相変わらずのメモ魔だな」


津田がふんと鼻を鳴らす。


「別にいいでしょ」


井関は空虚な目つきで答える。


「いや、良いことだなって意味だよ」


「あっそう」


プイっと不貞腐れる井関。


その仕草を微笑ましく見つめる津田。


「てか、本当に元気なさそうだな?大丈夫かよ?」


「大丈夫だよ」


しつこく顔色を覗き込んでくる津田に、井関はようやく我に返った。


井関は溜息をつく。


津田の気持ちもわかっているし嬉しいが、まだまだ井関の中では、津田は自分のことしか考えられない子供だ。


湯浅をはじめ興味のないであろう女性には優しくしていないのがわかる。


好意が露骨なのだ。


井関はその津田の様子を好ましく思っていなかった。


おそらくそれが津田を好きになれない最大の原因なのかもしれない。


そうこうしているうちに、ようやくとある雑居ビルに辿り着いた。


チェーン店の喫茶店だが、高校生からすると少し値段が張る落ち着きのある店内。


店員たちも身なりがきちっとしており、丁寧に対応してくれてた。


津田と井関がボックス席に並んで腰かける。


相向かいに渡邉が座る予定だ。


約束の時間まではあと5分ほどある。


2人は先に注文を済ませ、再び津田の世間話に付き合わされる。


井関は再び上の空であった。


津田は困惑した様子であった。


井関が元気がないことが何より気にかかった。


「なあ井関そろそろ返事をくれ」


突如、津田が言いかけたその時に、のそのそと大柄な男性が2人の前に現れた。


2人は男性にピシッと向き直る。


ボロボロの革靴と黒いズボン、そして、ジャージのようなスウェットを着たその男、渡邉はにかっと黄色い歯を見せて笑った。


汚い。


井関は率直に思った。


「渡邉です」


低い声で挨拶し、恥ずかし気に頭の後ろに手をやる渡邉。


津田と井関もその体躯に一瞬呆気に取られたが、


「井関です。今日はどうもありがとうございます」


丁寧にお辞儀した。


「仲介をさせてもらった津田です。今日はありがとうございます」


津田も慌てて頭を下げる。


 渡邉はメニュー表を広げて、カフェオレとデザート2品を注文する。


「さて、早速なんですが、渡邉さんは何故黒い人につかまってしまったのですか?」


井関が切り出した。


この場面は、きっちりと聞きたいことを聞いておきたい。


エンジンを切り替えて、今は目の前の巨漢への質問に徹した。


ピンク色のメモ帳は既に広げられ、一言一句逃さないつもりのようだ。


「うーん、わからないですね。ただ僕もいじめられていたところもあって、それが原因かなと」


 しかし、この岩石のような巨体をどうやって黒い人は捕らえることができたのだろうか。


津田は渡邉を上から下まで見つめた。


「ずばり、その黒い人の顔とかって覚えてますか?」


井関の言葉にピクリとわずかに震える渡邉。


「知らない人でした。大人の男の人でした」


「1人ですか?」


「はい」


ますます怪しい。


いくら大の大人とはいえ、この巨体を1人で運ぶことなどできるだろうか?


体重はおそらく100kgは軽くあるのではなかろうか。


「ありがとうございます。では、捕まえられた後にあなたはどこに連れていかれたんですか?」


「目が覚めると、薄暗い刑務所みたいな場所に入れられていました。そこで、自分は捕まったんだと認識できました」


「目が覚めると?」


井関が尋ねる。


「ああ、薬か何かで眠らされたんだと思います。あんまり覚えていなくて」


思い出したように渡邉が言う。


息が臭い。


 と、ここでようやく注文していたカフェオレとデザートが届いた。嬉しそうに渡邉が食らいついていく。


 井関は情報を整理しながらメモ帳にまとめていく。


「でも、刑務所みたいな場所で、よく脱出することができましたね?」


津田が尋ねる。


「僕を手引きしてくれた人がいるんですよ」


「手引き?」


「はい」


渡邉はクリーム塗れの口で言った。


「それは?誰ですか?」


井関が緊張の表情を浮かべる。


「あなたたちの学校の松坂さんです」


その聞き覚えのある名前に、2人は硬直した。


津田も井関も思わず、お互い顔を見合わせる。


渡邉は構わずにデザートを貪り食べている。


「そ、それはどういうことですか?」


井関がやっとの思いで言葉を絞り出した。


「どういうことって言うのは?」


渡邉は口の周りについた生クリームをナフキンで拭い去った。


「松坂さんはどうやって牢獄内のあなたを救い出したんですか?」


「手段は僕にも詳しくわかりません。ただし、あの人は何人もの学生を救い出しているんです。あの人は、本当にすごい」


渡邉はまるで神を崇めるかのような、とろけた視線を宙に浮かべている。


何とも奇妙な光景である。


2人はゴクリと唾を飲み込んだ。


「牢獄の前まであなたを迎えに来たって言うことですか?」


津田が尋ねると、渡邉は力強くうなずいた。


「まあそんな感じです」


デザートを盛大に流し込む渡邉。


しかし、この曖昧な情報では松坂が黒い人である可能性も否定できない。


その牢獄を管理している側の人間であるかもしれない。


松坂さんは本当に私の味方?まさか。


井関はペンを力強く握り締めた。


「松坂さんはどうやってその牢獄に入ってこれたんですか?」


津田が何気なく質問を返す。


渡邉はカフェオレを一気に流し込んだ。


「僕もよくわかりません。でも、気がついたら目の前にいたから」


「松坂さんが黒い人っていうことも有り得なくないですよね?」


間髪入れずに津田が尋ねる。


そこで、井関は驚いた。


その可能性もないこともない。


でも、そう信じたくはなかった。


と、渡邉の顔つきが一気に険しくなった。


「そんなわけないでしょう?あのお方が。あの仏のようなお方が黒い人なわけないでしょう?」


渡邉の手にしたグラスがテーブルに力強く叩き込まれた。


鋭い衝撃音が周囲に響き渡る。


井関と津田は思わず自身の両腕で顔を覆い隠した。


周囲は騒然となった。


周囲に飛び散ったガラス片。


ざわつく客たち。


異変を察知した店員の若い女性が、あたふたとした様子でこちらに駆けつけてくる。


「お客様、どうなさいましたか?」


突然、渡邉はドカッと女性店員を突き飛ばすと、のそのそと巨体を揺らしながら店を出ていってしまった。


女性店員はよろけながらも何とか持ちこたえた。


「大丈夫か?井関」


津田が首と顔を両腕で庇った状態で硬直している。


井関もまた、メモ帳で咄嗟に顔を隠していた。


「大丈夫。あいつの言っていることがわけわからなくて大丈夫じゃないけど」


「確かにな。曖昧過ぎて全然伝わってこなかったわ」


津田が溜息をこぼして体制を戻す。


井関もメモ帳の表面を払って向き直る。


目の前のテーブルには、半分に削れたグラスと溶け気味の氷水が広がっていた。


慌てた様子の店員たちがほうきとちりとりを持って現れる。


「本当にすみません」


津田は店員に謝罪する。


井関は立ち上がった。


「追いかけるか?井関」


「いいよもう。あんな乱暴な人から話聞きたくないし。それにこの続きは松坂さんに聞いた方が早そうだもん」


「まあそうだよな」


津田も同調する。


「今日のところはお会計して帰ろう。お店に迷惑かけちゃったし」


 井関はグラスの破片を手で拾い集めながら言った。


そしてこの瞬間に、この後の松坂との「デート」に行く決心がはっきりと固まった。

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