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Mysterious ROAD  作者: dear12
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第42話 親友

病院を後にした総理と和那。


周囲はオフィスビルと高層マンションに囲まれているが、休日とあってか家族連れが賑やかに街中を歩いている印象である。


太陽が西に傾き出し、ビルの隙間から陽光が差し込んでくる。


とは言え、冬の訪れを徐々に感じる。


さいたま市の冬は意外にも寒く、さらに、所謂からっ風が吹くことから乾燥もひどい。


指先の冷えが毎日のように続き、気づいたら指先に切り傷ができていることもある。


「中村警部、本当に優しいお方ですね」


和那が俯いて歩きながらつぶやいた。


病院の正面玄関を出て、階段を下りていく。


「ああ、何もなければ、だけどな」


総理がそう答えると、和那は顔を上げた。


「え、中村警部も疑っていらっしゃるんですか?」


「疑ってるというか、用心してるだけだ。完全に信用するのは危険だから」


どうも美稀のあの変貌ぶりを目の当たりにしてから、人を信じることに恐れをなしてしまっているようだ。


和那はやや寂し気な表情を浮かべた。


「勿論総理さんのおっしゃる通りだと思いますが、中村警部は安心安全な気がします」


「何でそう思うんだ?」


「あの人の目を見ればわかります」


目。確かにホタルイカのことを話している時の中村警部は真っすぐだった。


確実にホタルイカを自らの手で捕らえる。そんな信念が窺えた。


「あの怪人ホタルイカへの執念については本当だと感じます。確かに美稀ちゃんの一件があってすぐ、総理さんの目の前に現れたことについては怪しさというか不自然さも覚えますけど、私はとてもあの人を悪い人だとは思えないです」


「まあそうだな。俺もそれは感じる。お互い情報収集のために必要な存在って感じだな。ホタルイカを捕まえることが、おそらくロスト・チャイルド現象の終焉に繋がると思う」


「はい、私もそう思います」


和那はようやくニッコリと微笑んだ。


しかし、総理は表情を崩さない。


「いち高校生には、相当な難関だと思うけどな」


「居場所も、素顔さえもわかりませんからね」


2人は家族連れで賑わうショッピングモールの脇を通り抜け、しばらくして閑静な住宅街のエリアに差し掛かった。


「玲奈も元気そうで良かった」


総理のその言葉に、和那はクスリと笑った。


「言ったじゃないですか。皆さんの後輩にしてみせますよって」


和那は心から嬉しそうな表情を見せる。


「ああ、地頭がいいのか、物覚えが早い。楽しみだ」


「12月上旬に模試があるらしいんですが、それまでにはB判定くらいは出してもらいますよ」


和那が珍しく、小さくガッツポーズをして見せた。


総理もふっと表情が和らぐ。


いつも通りがかる公園を左に通り、右側にいつもの交番が現れる。


間もなく、和那の洋館の前に辿り着く。


ふうっと思わず、総理が溜息をこぼす。


しかし、正面の門の前に誰かが立っている。


まさか、追手だろうか。


緊張で表情がみるみる強張っていく総理。


そう、門の前の人物は見たことのある姿形だったのだ。


「やっぱりここか」


門の前にいるそいつが声を上げた。


 背の高いその少年は普段は見せない憂鬱そうな顔をしていた。


「大聖」


総理はぼそりとつぶやく。


「何度か電話したのに返さねえとは、いい度胸してやがるぜ」


大聖がニヤリと微笑む。


確かに中村警部と病室で話をしていた際に、電話が何度か鳴っていたのだが、確認を一切していなかった。


まさか、それが大聖で和那の洋館にまで先回りしているとは。

 

 総理の心に緊張感が走る。


和那は感情を殺した表情で大聖を見つめる。


総理の判断に完全に委ねているようだ。


「昨夜何があったのか話してもらうぜ?総理。和那さんから連絡自体はもらってんだ」


 確かにあの悲観的な電話をしておいて、和那が大聖に連絡を入れないでいるとは思っていない。


和那からしたら普通の判断だ。


しかし、大聖に昨夜のあの話をして良いのかどうか。


緊張の表情を大聖に読み取られたのか、大聖は余裕そうな表情を見せつける。


「美稀に電話しても繋がらねえし、仕方ねえから1人で来てみたんだわ」


「あ、大聖さん、よろしければ中にどうぞ」


警戒する総理に対し、和那が笑顔で大聖を案内する。


大聖は嬉々とした表情で和那の後についていく。


門の中に消えていった2人を追うようにして、総理もまた門の中に飲み込まれていった。

 

そう、何かあったらすぐに中村警部に電話をすればいい。

 

それに俺は心のどこかで大聖を信じている。


ただ、確証が欲しい。


それだけなのだから、下手に警戒するのは良くないだろう。


周囲には誰もいなさそうだ。


総理は門の方を振り返った。


誰かが後から侵入してくる気配もなく、門はゆっくりと閉じた。


完全に閉じ切ったのを確認した総理は安堵の溜息を零した。

 

そのまま、総理もまたひっそりと佇む洋館の中に吸い込まれていった。

 

5件ほど隣のマンションの屋上から見つめる黒い怪人と黒い少女の姿は、おそらく総理には確認できていなかった。





「さてと、まずは昨夜何があったのかから聞かせてもらうぜ」


大聖はどっかりとソファに体を沈めた。


相向かいにちょこんと腰かける総理とは心理的余裕が明らかに異なっていた。


 和那はキッチンへ行き、お茶とお茶菓子を用意している。


お湯を沸かすべく、ケトルに水を注いでいる。


「昨夜は」


総理が固い口を開いた。


しかし、心の中の戸惑いは未だに拭い去れていなかった。


「黒い人、に襲われた」


「誰だよそれ?」


いつものお茶らけた大聖ではない。


つとめて真剣な表情で総理の顔色を窺っている。


「大聖さん、紅茶とコーヒーどちらがよろしいですか?」


「和那さーん、コーヒー甘々でお願いします」


突如、大聖はフランクに和那に向かって叫ぶ。


しかし、総理に向き直る瞬間には、再び真剣な表情に戻っていた。


総理はここで駆け引きをして大聖の表情を読み取ることにした。


大聖は誰でも表情や何となくの心情が読み取りやすい人間だった。


要はわかりやすい人間だった。


「菅原だ」


総理の口からこぼれ出た名前に、大聖は思わず吹き出した。


「え?す、菅原?」


シーンと静まり返るリビングルーム。


ケトルの心地良い加熱音が響いてくる。


「菅原って、あの空気読めないブスがか?」


「ああ」


総理は溜息をこぼす。


「あいつは黒い人だったんだ。それで俺ら対策委員会のメンバーを捕らえようと復讐しているんだ」


「へえーあいつがね」


大聖は意外そうな顔でうなずいた。


どうやらこの表情を見るにつけ、心の底から総理の言うことを信じている様子だった。

 

和那は先程からチラチラとリビングルームを心配そうに見ている。


「で、菅原がお前の後でもつけてきてたってことか?」


「どうやらそうみたいだ。その後、ホタルイカをチラつかせて脅してきやがった。最後に1人だけなら電話させてあげるって奴から言われてな。とっさに和那に電話を掛けた。それだけだ」


「へー」


大聖は信じているのか信じていないのか、微妙な表情を浮かべていた。


 ちょうど和那がお盆に人数分のお茶を運んできた。


テーブルの上にお盆をおこうとしたその時、


「え、いや、絶対違うよな?」


大聖が首を傾げて頭を抱え込んだ。


総理はこの反応ならば大丈夫だろうと感じた。


いつもの頭の悪い大聖であった。


大聖はやはり黒い人側の人間ではない。


「違うよアホたれ」


「ええ?」


大聖は驚いた表情を見せる。


 和那がソファに腰かけ、総理は全てを話した。


昨日に見聞きした全てを。


その時間は優に30分は超えていただろうか。


いや、感覚的には1時間以上だったろうか。


総理はそれだけでなく、自分の見解と大聖に連絡しなかった理由を含めて全て説明した。


大聖は比較的おとなしく聞いていた。


「これが昨日、俺が見聞きしたこと、そして感じたことの全てだ」


総理がひとしきり喋り終わって溜息をこぼす。


和那は黙って俯いたまま、話を聞いていた。


大聖も最初のうちは反応を見せながら聞いていたが、次第に口数が減って行ってしまった。


「大聖に最初、この話をしなかったのはお前がもし黒い人だったらと思うと怖くてな」


「アホたれー」


大聖が総理の真似をして怒鳴った。


珍しい。大聖が本気で怒っている。


総理は目を見開いた。


和那もビクッと体を震わせた。


「この俺が黒い人だと?そんなみみっちいこと俺がやるわけねえだろ?俺はお前の親友だろうが。そんなこともわからねえで今まで俺と生活してきたのか?」


大聖が立ち上がってまくし立てる。


どうやら、総理の考えは杞憂だったらしい。


総理の心の中のしこりみたいな物がスッと溶けて消えた。


「和那さんがいなかったらマジでお前をぶっ飛ばしてるところだわ。勝手な妄想で善良市民の俺を悪役に仕立て上げてんじゃねえぞ」


「すまん」


総理がぼそりとつぶやいた。


ただ、大聖はまだ腹の虫がおさまらない様子だ。


しかし、そこへ和那がスッと総理と大聖の前に腕を差し伸べた。


表情には一抹の不安が宿っていた。


「大聖さん申し訳ございません。総理さんは怖かっただけなんです」


「和那さん」


大聖は未だに怒気を放っている。


「大聖さんのお気持ちも痛いほどわかります。疑われていい気持ちなんてしません。でも、総理さんも美稀ちゃんに誘拐されて人間不信になってしまったんです。美稀ちゃんが黒い人で、その上、もしも大聖さんまで黒い人だったらもう生きていけないくらいにおっしゃっていたんです。それで、まず私に相談に来られただけなんです。お願いします。わかってください、大聖さん」


和那はソファから崩れ落ちるようにして、床に土下座した。


大聖もさすがにその気は無く、すっかり困惑してしまう。


「ちょ、和那さん。顔上げてくださいよ。和那さんは全然何も悪くないですよ」


しかし、一向に和那は顔を上げようとしない。


ピッタリと絨毯に顔をへばりつけたまま動かなかった。


総理は表情に出さないまでも、すっかりと動揺していた。


だが、あの時の美稀の言葉がフラッシュバックのように帰ってくる。


和那を大切にした方がいい、と。


「わかりましたよ。もうこの件で揉めるのは止めましょう。俺も大人げなく怒ってすみませんでした、和那さん」


大聖はすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。


和那も恐る恐る顔を上げた。


総理は頭を下げた。


「すまなかった、大聖」


「いいよバーカ」


大聖はプイっとそっぽを向いた。


「和那さんに感謝しろよほんと」


「ああ、ありがとう和那」


総理は和那の肩にそっと手をやる。


肩は小刻みに震えていた。


「いいえ、大事に至らなくて何よりです」


ようやく和那も落ち着いた笑顔を取り戻した。


今日初めて和那の太陽のような笑顔を見れた気がする。


 総理は気が付いた。


今までは美稀が総理と大聖をうまくまとめていた。


性格の違う2人でもやってこれた。


そして、その美稀がいない今、和那がそのポジションに入ろうとしてくれている。


総理にも大聖にも直接文句を言える美稀とは違い、繊細で不器用な和那がともかく自分を下げてまとめようとしている。


他人のために頭を下げられるこの謙虚さに今後は救われていくかもしれない。


だから美稀はそう言ったのだ。


 3人がそれぞれのソファに再び腰かける。


「で?これからどうすんだよ」


大聖が総理を振り返った。


「これから?」


総理が聞き返す。


「これから松坂をぶっ飛ばす作戦を考えるんだろ?」


大聖がいつもの快活な表情を浮かべた。


「アホたれ、当たり前だろ」


総理の口元が和らぐ。


和那もまたいつもの上品な笑みを浮かべた。


いつの間にかリビングルームには夕刻を告げる斜陽が降り注いでいた。


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