【2018年9月18日-07】
――アタシはただ、素敵な大人になりたかった。
水瀬遥香が目指した未来は、そうした願望、目標だけが全てだった。
その目標に手を伸ばし続けて、でももう届かぬのだと理解した時には、既に生きる目標を失っていたと言っても良いかもしれない。
――私はただ、自分のいるべき場所が欲しかった。
如月弥生が目指した未来は、望まれる事無く生まれた筈の彼女が、居てもいい場所。
彼女には戦うという選択肢しかないと、自分自身思い込んだ結果、戦って金銭や戸籍を得て、自分のいるべきはここだと、誤魔化していたのかもしれない。
二者はそれぞれ、生き方を間違えたのかもしれない。
二者はそれぞれ、その時にするべき選択を誤ったのかもしれない。
しかし、時は元に戻す事など出来ない。
仮に時を戻す方法があったとて、そうして戻って歴史を、出来事を変えて、選択をやり直す事が出来たとしても、二者が経験したという事実は消え去らない。
だからこそ、二者はそれぞれが生きた、自分たちが選択した未来を、進み続けなければならない。
――んな事は、イヤって程に自覚してるんだよ。
――でも、私たちはどうすればよかったというの?
――アタシらがもしこのまま進んだとしてさ、何があるっての?
――ただ生きるだけしか出来ぬ私たちに、どんな未来へ進めって言うのよ。
「アタシにはわかんないよ」
「私にも、わからないわ」
**
バリバリバリ、とヘリの発する音には既に慣れた水瀬遥香は、しかしガックリと項垂れたまま、窓より見える下方の景色を見据えていた。
如月弥生――否、銃撃の魔法少女、マジカル・リチャードが、昔見た事の無い装備で、レックスと相対している。
彼女がいる場所は、冬海市の閑散とした村から外れた、海辺近く。
その近くはレックスが根城にしていた、調節池と繋がる排水施設があり、通路を爆破されて道を塞がれたレックスが、残る一本道となる冬海市へと出てきたのだ。
そこまでは笹部蓮司と如月弥生の立案した作戦通りだが、問題は数だ。
今はまだ数体だが、次第に増え続ける。
排水施設奥の中継地点には二百体近いレックスがひしめき合っていて、それらが全体出現すれば、それこそ彼女一人では対処のしようがない。
故に今は一体でも多く処理をしようと、リチャードが事前に用意していたM134機関銃を放出しながら、次々に現れるレックスを葬っている。
「しかし、現在は優位な状況でも、やがて限界が来る」
蓮司は外を眺めて通信機に指示を送りながらも呟いた。
「……なんで、んな事言えんの?」
「まずは装備の問題だ。これが数十体までならば弥生一人でも対処が可能だろう。しかし最終的な数は二百体を超えてくる。例えば今使ってるM134機関銃を用いてレックスを一体倒すのにも相当な弾数が必要となるが、牽制と殲滅にはアレが現状装備では最適だから使用してる。……早い話、用意してる弾じゃ足りないんだよ」
「何で準備が終わるまで待てなかったのさ」
「集結しているという事は、既に行動に移っていたという事だからね。一両日中に動かなければならないだろうと判断したのはボクさ」
褒めてくれていいよ、と笑いかけたドルイドの頬に思い切り一発、遥香が与えられる全力の拳を叩きつけた後、蓮司の胸倉を掴んだ。
「弥生ちゃんがあんな奴らに負けるわけないっしょ!? アンタ八年間、あの子の何を見てたのさ!」
「見てたから言える事だっつってんだよッ!」
これまで蓮司は、遥香に対して怒鳴りつけたりした事は無い。故に遥香も、今こうして感情を露わにして叫ぶ彼に、思わずビクリと肩を震わせた。
「……悪い、けど事実なんだよ。戦いは数だ。その次に兵糧が、その次に戦術が、その次にようやく個々の技能が重要視される。
確かに弥生の戦闘技術は高い、それは認める。けれど圧倒的な数の差と、疲れという物を知らないレックスの大群を相手に、弥生一人で敵う筈がない。いずれ体力的にも限界が訪れ、そして……」
僅かに、言葉を溜めた蓮司は、しかし事実を言わねばならぬと、続きの言葉を口にした。
「死ぬ事になるだろう」
それが現実だ、これは受け入れなければならない事実なのだと、蓮司が顔の筋肉をヒクヒクと動かし、自分自身納得していないと言わんばかりに、吐き捨てる。
「……アンタら四九の連中は何してんのさ!? レックスを殺す事が出来なくったって、援護位は出来るっしょ!? なのに、どうして弥生ちゃん一人で戦わせてるのさ、意味わかんねぇ!」
「レックスは弥生を殺した後、恐らくだが秋音市に向けて侵攻を開始するだろうと、ドルイドと共に予想した」
「そこは、ボクが話そうか」
先ほど遥香に殴られた場所を擦りながら、ドルイドが座り直した。遥香も蓮司の胸倉から手を離し、ドルイドの隣へと座り、彼を睨んだ。
「レックス――念体の集結は通常有り得ない事なんだ。念体には知能そのものが無い。ボクという存在からの命令に従うか、もしくはただ秋音市を徘徊し、人を殺す為のプログラムであった。
……だけど、君たち魔法少女と戦っていくにつれて、君たちを殺さねばプログラムとしての役割も果たす事が出来ぬと理解したんだろう。
だから集結した。一つ一つの力は小さくとも、自分たちはプログラム。疲れを知らぬ使い捨ての特攻機にも等しい存在。数に物を言わせた物量・特攻作戦で挑めば、君たちを殺し得ると考えたんだ。
――君たち、魔法少女を、殺しきる為に、プログラムが思考したんだ。これはボクにとっても嬉しい誤算かな」
「それが、どうして弥生ちゃんを殺した後、秋音市へ攻めてくる事に繋がんのさ」
「そもそも最初のプログラムとして秋音市の殲滅を目的にしていたからだよ。その目標を達成するために必要だから、率先して魔法少女を殺そうとしているだけで、それが果たせたのならば、秋音市へと侵攻し、秋音市に住まう人々を殺すために行動をするだけという事さ」
「四九の戦力は、現在冬海市から秋音市へと向かう為の道を全て封鎖し、レックスの襲撃に備えている。だから弥生側に回す戦力が残ってないんだ」




