【2010年9月15日-04】
正直色んな事があり過ぎて混乱していましたが、ようやく落ち着いて、この菊谷ヤエというお姉さんの言葉を思い出し、思わず叫んじゃいました。
「え、え、え? この街を守る? 何を? ていうかお姉さん、神さま、神さま!?」
「うん、そー。アタシもショージキ説明苦手だから、後はその子に聞けばいいよ。辞めたくなったら別に辞めちゃってもOKだから、まぁ気楽にやって頂戴なぁ~」
「え、あ、ちょっ!」
未だに腰が抜けてるアタシを放って、神さまを名乗るお姉さんがさっさと行ってしまいます!?
「あー、でも一つだけ忠告。――さっきの、まだ二体いるよ」
「え」
背後より感じた気配。それに急いで振り返って、思わずお姉さんから渡されたスマホを向けたことが幸いしました。
スマホより発せられる、何か壁となる力が放出されたのでしょうか。
それは襲い掛かってきた二体の獣――神さまいわく、レックスというらしい影を弾き飛ばし、アタシを警戒するように、その場でジリジリと威嚇を始めました。
「え、え、え、でも、でもここからの引き出しがゼロだよぉ……っ」
神さまってどうしてそう無責任なんだろう。スマホだけ渡されても使い方も分かんないし、そもそもこういう緊急事態だったらアタシみたいな子供に対処任せるんじゃなくて、ちゃんとした大人に頼みなさいよと文句だけが募ってきます。
「……なんか、腹立ってきた……っ」
『そうでしょうそうでしょう? アタシもぶっちゃけヤエさんはテキトーすぎると思ってるんですよー』
「あんなテキトーな人が神さまとか世の中って間違って」
る気がする、と言おうとした時。
通話も繋がっていない筈のスマホが、喋りだしました。
「……んん?」
『あー、ちょっとこのままじゃお話し辛いですね。ちょっとお待ちを』
スマホが喋り、それどころかアタシの手から無理矢理去ると、そのまま形を変形させ――人型のお姉さんになりました!
す、すごい! 赤色の髪の毛をロングで下ろしてて、おまけにダイナマイトボディと言えるような、そんな魅惑のお姉さんです!
「おっと!」
そんなお姉さんが、今隙を見つけたと言わんばかりに左右に分かれ、飛び掛かろうとしたレックスの姿を見据えると、アタシの体をひょいっと持ち上げた上で、何やら――壁を蹴り、空へと向けて跳び、建築物の屋上にまで連れて行ってくれました。
「た……助かった……?」
「助かってませんよ~、アイツら、貴女の匂い覚えてると思うので、多分普通に殺しに来ます」
「もう何なの!? アタシ何もしてない、普通の小学生なんだよ!? なのに、あんなバケモノに殺されかかるわ、神さま名乗るお姉さんには助けられると同時に見捨てられるわ、おっぱい大きなお姉さんは助けてくれたけど絶望に突き落としてくれるわ、今日はいい日だと思ったのにーっ!」
「貴女よくそんなにポンポン言葉出てきますねぇ、生後十五分のアタシには全然わかんないや」
お姉さんの腕の中でジタバタ暴れるアタシを下したお姉さんがケタケタ笑うので、アタシはようやく少し落ち着き、思考をこねくり回します。
「……えっと、お姉さん、お名前は?」
「アタシ? アタシはえっと、ベネットって言います」
名乗り慣れていないように、お姉さんはそう名乗ります。アタシも軽く「水瀬遥香です」とだけ挨拶をした上で、すぐに本題へ。
「ベネットさん、まずは質問に答えて欲しいの」
「あ、はいはい」
「あの怪物は、レックスっていうバケモノで間違いないんだよね?」
「間違いないですよ~、アイツらはただ、人を襲う事しか命令を下されていない殺戮機械だと思ってください。獣のように見えるのも、そうした獣の本能みたいなのがあった方が、効率よく人を殺せると考えたからじゃないですかねぇ」
聞いてて気持ちのいい話ではないけれど、今は気にしていられない。
「お姉さんは何なの?」
「アタシは、さっきのヤエさんが作った魔法少女変身システム、通称【マジカリング・デバイス】です! 十五分前にヤエさんが『やっべ、魔法少女作りたい』とか言い出して生まれたのがアタシです!」
「適当過ぎる!」
と、ツッコんでいる場合じゃありません。話を戻さないと。
「つまり、ベネットさんにはアレを倒す力があって、その力をアタシが使ってレックスを倒せって、あの神さまのお姉さんは言ってたってことなんだよね?」
「その通りです! 貴女、頭の回転すっごく早くないです?」
「そんな事どうでもいいの! で、アタシは何をすればいいの!?」
「その前に、アタシも一つだけ聞かせて下さい」
ちょっとだけ、お姉さんの口調が、柔らかい口調から固い物に変わって、アタシも言葉を止めました。
「えーっと、遥香さんでしたよね。遥香さんは、どうしてそんなに急いでレックスをどうにかしようと思ってるんです? まだ、時間に余裕はありますよ」
なんだ、そんな事か。アタシは少し冷静さを失いつつも、けれど聞かれた事に答えないのは気分が悪いので、三本の指を立てます。
「理由は三つ。時間に余裕があるって言ったけど、アタシにはそれがどれ位あるか分かんないから。二つ目、そもそも自分の命を狙われて、さっき殺されかかったのに、急がない理由なんてないじゃない」
「三つめは何です?」
「簡単な事だよ。あのバケモノ、アタシの匂いを覚えて、殺しに来ようとしてるんでしょ? だったら、一番危ないのはアタシの匂いが一番ある、アタシの家だ。つまり――今お家にいる、ママが危ない! それだけ!」
だから急いでいるんだと、視線と口調で訴えると、ベネットさんは少し、きょとんとした顔で、首を傾げました。
「遥香さんは、自分の命より、そのママさんって人の方が心配なんです?」
「優先順位なんて関係ない!」
叫び、胸に手を当て、一秒でも早く、ベネットさんの力を借りなければ。アタシの頭の中は、それでいっぱいいっぱいでした。
「アタシは、アタシもアタシのママも、どっちも大切! 大切な自分の命も、大切な人の命も、守ることが出来るなら、それをしないなんて選択は出来ない!」
だからお願い、と。
アタシは、ベネットさんの手を握りました。
「アタシに力を貸して! アタシの命を守る、アタシの大切な人を守る為の力が、ベネットさんにはあるんでしょう!?」
「――ええ、気持ちのいい回答、ありがとうございますっ!」
今までのダイナマイトボディを、再びスマホ形態に変形させたベネットさん。
彼女はアタシの手に収まると、頭の中に直接響くような声で『頭頂部にある電源ボタンを押してください!』と命じました。
「えっと、ここかな?」
長方形型のスマホは、その先端部分に一つの突起があって、それを押します。
瞬間、頭の中に膨大な情報が流れてくるような感覚がしました。
思わず体を揺らめかせながら、けれど何とか足を踏ん張り、転ぶ事だけを避け、ただ空を仰ぎ見ます。
ちょっと落ち着いてきた所で――確かに、この力があれば、あの獣を、レックスを倒しきれると、実感を胸に抱きます。
スマホ――マジカリング・デバイスを眼前に突き出し、画面をタップ。
「――変身ッ!」
画面から放たれる光に包まれたアタシの身体は、それまで来ていた衣服を消し去り、代わりの戦闘衣装が身を守る様に展開されていきます。
スクール水着のような質感が肌を覆う感覚と、所々に展開されるフリルが可愛らしさを表現しますが、それよりも、その両手に持たれた剣のようなユニットが印象強いかもしれません。
赤を基本色とした姿に成り代わったアタシは――ただの水瀬遥香じゃありません。
今のアタシは、斬撃の魔法少女、マジカル・カイスターです!




