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魔法少女、再臨  作者: 音無ミュウト
第三章-a
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【2010年9月15日-03】

 一度お家に戻ったアタシでしたが、その後すぐに塾へと向かいます。


昔から勉強が好きという事もありますが、将来の事を考えたら、勉強というのは今後無駄になりません。だからパパとママにお願いして塾に入れてもらったのです。真面目に勉強しないと、と日も落ちてくる道を歩き、塾へと辿り着きます。


いつも通り塾での授業を終え、軽く明日以降の予習とこれまでの復習を済ませた後、もう夜になりかかっている八時頃でした。


普段ならば大通りを通って帰宅するのですが、どうにも大通りは人込みというか、何やら通行止めみたいなので通れなくなっていました。



「あの、何かあったんですか?」



 近くにいた大人に聞くと、大人は少し困ったような感じで「事件みたいだね」と答えてくれました。



「多分だけど、事故でもあったんじゃないかな」



 事故。正直好きな言葉じゃありません。もしそれで死んじゃった人とかがいたらイヤだな、何て事を思いつつ、けれどこのままだと家に帰るのがすごく遅くなってしまいます。


と――そこでちょっと、横を見ると、普段はほとんど人の通りが少ない、裏路地を見据えました。



「……あんまりよろしく無いけど、今日だけ今日だけ!」



 パパやママから、大通り以外を通るのを禁止されていますが、今日はしょうがないよね。だって大通りが通行止めになってるんだもん。



そこは小さな裏路地です。ほとんど月明かりとかも照らさないから前もあんまり見えないけれど、小さなアタシの体ならスイスイ進めちゃいます。


ただこの路地、難点は途中の道がほとんどなく、抜け出す事が出来ず、奥まで一本道という事。


だからもしオバケとか出たらイヤだな、なんてことを思っていた、その時でした。



グルル、と。何か呻き声の様な音が聞こえてきました。



後ろかな、と思って振り返るも、何もいません。最初は野良犬でもいるのかな、と思ったんですが、首を傾げて前を向き直し、一歩、足を前に。



また、グルル、と。



今度こそホントに聞こえたと思い、バッと勢いよく後ろを向きますが、それでも何もいません。



「あれ?」



 首を傾げながら、少しだけ道を逆走し、探します。あんまり褒められた行為ではないかもしれませんが、もし捨て犬とかなら困っているかもしれません。


でも、どれだけ探しても、そんなグルルと鳴くような生き物はいなくて、やはり聞き間違えか、それとも風の音とかを生き物の鳴き声に聞こえてしまっただけかな、と考え直し、帰り道を進み直した、瞬間。


何か、影のような、黒い者が揺らめきました。



「え」



 何だろうと口に出す事も、出来ませんでした。


それは、全身を黒で包んだ、犬にも、狼にも見える獣の姿でした。


鋭い牙のようなものを見せびらかし、四肢には牙に負けず劣らずの鋭利さがあろう爪を有し、明らかにこちらを狙う様にアタシを見据えながら、飛び掛かってきたのです!



「――ッ!」



 恐怖のあまり声が出ないとはこの事か、と思いました。


襲い掛かってきた獣は一体。けれどその爪はアタシが持っていた、塾用のカバンを切り裂き、中に入っていた教科書やノートを散らばらせ、今それに着地した事によって紙を引き裂き、その鋭利さを再確認させてきます。


でも、それは止まりません。


再び襲い掛かる獣から、何とか逃れようとしても、狭い路地内では動くことも困難で、避けたはいいけれど肩を僅かに切られた上、壁に背中を打ち付けて「うっ、」と声を漏らしてしまうほどでした。



「や、や……、な、なに、何……っ!?」



 理解が追いつきません。こんな獣見たことも、聞いたこともありません。まだ変な大人が襲い掛かってきて、アタシを誘拐しようとしてるって言われた方がマシな反応が出来る気もします。


あ、とその時思い出しますが、先ほど切り裂かれたカバンには防犯ベルがあったのです。それさえ鳴らせれば、と思った矢先、まるでその存在を知っていたかのように、獣がグリグリとアタシのカバンを踏みつけ、防犯ベルを律義に壊してくれました。万事休すです。



――冷静そうと思われるかもしれませんが、実際もう、思考を回すくらいしか出来ないのが現状だったのです。



恐怖のあまり声も出せず、足もすくんで動けない状態で、アタシのような何の力もない子供に、これ以上何もできなかったのです。



「や、やだ……っ」



 ギロリとこちらを睨むようにして、少しずつ近付いてくる獣の姿を見据えながら、アタシは僅かに出すことが出来る声で、想いを捻り出します。



「アタシ、ヤダ、死にたくない……っ」



 殺される、このままじゃアタシは殺される。そうとしか思えぬ程に、獣はこちらを殺すための武器が揃っていて、しかも二度も襲い掛かってきているのです。これで殺されないと思えるならどうかしていると思います。



「だ、だって、アタシ……まだ、大人になってない……やりたい事、なりたい大人、あるのに、どうして……っ!? どうして、死ななきゃいけないの……!?」



 それなりに、大声は出せたかもしれません。


けれど、ここは裏路地。大人もあまり通ることのない、狭い通路です。それが、喧騒に包まれる大通りにまで、聞こえる筈がないのです。


だから、これはアタシの嘆きでしかない事は、分かっています。


けれど、嘆いて何がいけないというのか。


殺されかかってて、九歳という短い命を終えたくないという想いを叫んで、何がいけないというのだろうか。



「ヤダ、ヤダヤダヤダ、死にたくない、死にたくない――ッ!!」



 叫びもむなしく。


獣は、地を蹴って、今まさにアタシへ向けて、その短い生涯を終わらせるため、爪を振るいました。



けれど、爪はアタシに届きません。


何時まで経っても、殺されることのない時間に、アタシはどこか恐怖があったのでしょう。


ひょっとしたら、痛みが無いだけで、アタシはもう殺されちゃってるんじゃないか、と。


そう思い、閉じていた目を、少しずつ、少しずつ開けた時。


 信じられない光景が、目に入ってきました。



「――たく。ドルイドの奴、アタシが根城にする秋音市にこんなバケモノを放ってくれるたぁ、フテェ奴だね」



 女性が、その右腕を振り上げていました。


その腕が示す、空を見据えると、先ほどアタシに向けて襲い掛かってきた獣が、宙へ放り投げられていたのです。


落ちてくる黒い獣。それは空中で受け身を取ろうとしたからか、クルリと足を地面へと向けましたが、女性は続けて、左腕を、そして再び右腕をと、交互に両腕を高速で動かし始めます。



「オ――ラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァアアアアアアアアアアッ!!」



 凄い、昔ママが持ってたとある少年漫画の戦闘シーンみたいな声を張り上げて、振るう両腕によるラッシュです。あまりに腕の動きが速すぎて、既に腕は止まって見えるのですが、確かに一打一打の拳は正確に獣へ打ち込まれていきます。


最後に壁へと向けて振り込んだ大振りの一撃が致命傷だったのでしょうか、壁に体を打ち付けた獣は、文字通り影となって消えていきました。



――助かった、のかな?



そう思いながら、まだ震える足を何とか立たせようとするも、けれどそれは出来ませんでした。完全に腰が抜けちゃってます。



「大丈夫?」



 女性がこちらを向いて、アタシに向けて笑いかけました。


少し、ママと雰囲気が似ている女性でした。ただ年齢は若いのかな、秋音高等学校の制服を着た女子高生だと思うのですが、彼女はニッと笑みを向けながら、アタシに手を出しました。


最初は「手を取って」みたいな感じかと思ったのですが、違いました。


彼女の手には、何か板のような物が握られていました。


えっと、これは……スマホ? 最近普及してきてる、最新の携帯電話ですね。


 声に出ないので脳内でそう言うと、まるでそれが聞こえているかのように、女性がウンウンと頷いてくれました。



「アタシさ、神さまなんだよ。名前は菊谷ヤエっていうの。ヨロシクね」


「は、は、い……」



 何とか絞り出した声で頷くと、彼女はそれを何かの了承と見たか、スマホを無理矢理アタシの手に押し付けたのです。



「んで、さっきの怪物が、レックスって言うの。アタシがテキトーに名付けた」


「はぁ」



 何とか、ちょっと落ち着いてきました。未だにスマホを渡された理由はわかりませんが、これでお家に連絡しろ、みたいな感じなのかもしれません。



「んで、アタシの代わりに、この街を守って欲しいんだぁ」


「はぁ――いいいっ!?」

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