【2010年9月16日-03】
スマホ形態に変形したベネットが、アタシに向けて飛来します。
受け取り、画面を一度タップした上で、前へ突き出し――叫ぶのです。
「見ててベネット――アタシの、変身ッ!!」
声と共に。
アタシの身体が光に包まれました。
秋音小学校の制服が消え去ると、同時に姿を現してアタシの身体へ着込まれる、水着にも似た質感の衣服。
スカートが生まれ、フリルが付き、可愛らしさを後押ししますが、しかし足と背中に重たい装甲にも似たパーツが取り付けられます。マジカリング・スラスターという推進力のようです。
さらに、アタシの両手には一本ずつ、剣のユニットが生み出されました。
これが、変身した、魔法少女としての、アタシの姿。
――斬撃の魔法少女、マジカル・カイスターです。
ブンと双剣を振るいながら地を蹴って、レックスへと斬り込もうとするも、しかし壁にめり込んでいたレックスは危険を察知してか、何とか壁から抜け出し、アタシと距離を取ろうとしています。
「ベネット!」
『はいっ、ファースト・ブレイズですッ!!』
ベネットの声と共に、スラスターから推力が点り、アタシを加速させます。
それと同時に若干ですが、両手に持つ双剣のリーチが長くなり、攻撃性能と連撃性能の両方が上がります。
レックスが跳び上がったアタシに視線を向けますが――けれど、視線を向けている瞬間こそが、一番の隙なのです!
双剣の一本をレックスの足元に投げつけます。これはただの囮。投げた方向に逃げませんように、というものでしかありません。
そしてレックスはケモノ故に、危険を察知して逃げる傾向があるようです。
「ハァア――アアアッ!!」
投げられた足元から見て反対の方向へ逃げようとしたレックスの動きを読んでいたアタシが、急降下の上で、もう一本の剣を横薙ぎに振り込むと、その斬撃がレックスの身体を、分裂させていきます。
サァ――と、砂煙のように消えていくレックスの姿を見据えたアタシは、そのまま女性の元まで駆け寄って、無事を確認します。
そして、近くに女性の物と思しきカバンもあったので、そばに置いて変身を解き、隣にベネットが立ちました。
「この人、どうすればいいだろう」
「記憶操作は既に完了していますんで、遥香さんの事も合わせて、起きた時には忘れているでしょうし……もし覚えていたとしても、夢程度に思うでしょうねっ!」
人間とは単純なモノですよ、と笑うベネットが「はいどーぞ」途中で落としたアタシのカバンを渡してくれる。
「じゃあ、帰りましょう、遥香さん」
「うん」
ベネットに手を引かれながら、アタシは歩き出します。
そして、周りからはお姉さんと妹という画に見えているだろうと考えつつ、アタシは彼女へ、言わなきゃいけない事があります。
「ベネット、昨日はゴメンね」
「気にしていませんよ?」
「そのお詫びってわけじゃないけど……アタシ、魔法少女、やる」
「本当ですか!?」
「うん。――でも、だからこそベネットに、お願いがあるの」
足を止め、彼女の手を二つ握り、笑いながら、決意表明をしよう。
そうすれば――アタシは、決して間違わない。
「もし、アタシが間違ったり、悪い事をしようとした時は――ベネットに怒って欲しいの」
「お父さんや、お母さんじゃなくて、アタシ……ですか?」
「うん。魔法少女として戦う時に、ちゃんと叱ってくれる人は、多分ベネットっていう、お姉ちゃんだけだもん」
「お姉ちゃん……アタシは、マジカリング・デバイスです。戦う為の道具なのに、ですか?」
「違うよ。ベネットは、道具じゃない。正しい事に正しいと言える。そんなお姉ちゃん」
ベネットは、何を思ったのでしょう。
彼女はあくまで、人間と意思疎通を図りやすくしただけの、機械です。
だからこそ、アタシのマジカリング・デバイスとしての役割を果たす事こそが、本来の役割である筈です。
けれど……ベネットは、アタシの身体をギュッと抱きしめて「はいっ」と力強く、返答してくれました。
「アタシでよければ、どんなお姉ちゃんにだってなりますっ! だって遥香さんは、まだまだ小さな女の子ですから。
――戦いが怖くなって、辞めたくなったら、何時でも遠慮なく言ってください。その時こそアタシは別の魔法少女を探します。
でも、遥香さんが許してくれるなら、アタシは遥香さんと一緒に、戦いたいです。
こんなに優しくて、強い意志を持てる、遥香さんだからこそ」
ベネットの気持ちを、アタシが聞いて、彼女の心意を全て知り得たわけでは無いと思います。
けれど、それでも。
ベネットは、本来は誰でもいい筈の魔法少女に、アタシが良いと断言してくれました。
それが、嬉しかったから。
「ベネット、拳、出して?」
「? 遥香さんを殴るんですか?」
「いや違うよ怖いよ!?」
さっきレックスをぶん殴った勢いで殴られたらアタシ死んじゃいます!
「そうじゃなくて」
アタシが拳を前に突き出すと、彼女は首を傾げながらも、真似してくれます。
そんな彼女の拳と、アタシの拳を、コツンと、ぶつける。
今朝、ママが教えてくれた――仲直りとかの印を、示したのです。
**
翌日。
アタシは学校へ行く道を歩んでいきます。
先日レックスに襲われた女性とすれ違い、けれどアタシ達は、何も言いません。
言いませんけど――振り返り、視線を合わせ、軽い会釈だけをして、去っていきます。
女性は、アタシの事をしっかりと覚えていないのでしょう。
きっと、夢で見た子供と似た子だな、程度に想っている事だと思います。
けれど、それでいいんです。
――アタシは、確かにあの人を、守る事が出来た。
その誇りを胸に、アタシはこれからも、戦い続けます。




