表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日、水平線に消えた夏。  作者: 割瀬旗惰
二章 壁と爆破実験
9/31

第九話


 県でも最大規模のそのショッピングモールには、ありとあらゆるものが置いてある。最上階には映画館も入っていて、家族連れやカップルで賑わっている。私は当てもなく歩いては雑貨を見たり、服を眺めたりした。本屋に立ち寄ると、ふと私が昔掲載されたファッション誌が目に留まった。

 前に学校で栗城さんが見せてきたあの雑誌。もちろん最新号には私の姿なんかどこにも写ってないけど。それでもこの雑誌は好きだ。だから初めて雑誌に載れるって聞いた時は、天にも昇る心地だった。

 雑誌を手に取りペラペラとめくる。カリスマ的な人気を誇るモデルの写真が見開きで写っている。更にめくると、私みたいに売れてない新人が所々に小さく載っている。

 みんな頑張ってほしいな。素直にそう思った。そして羨ましいとも思う。私はまたここに戻れるのかな。戻っていいのかな。そう考えている自分に気付いてハッとした。私はあの世界に戻りたいと思っているんだ。

 素直に嬉しかった。不安はあるけれど、私は少しずつ変わろうとしている。それが嬉しかった。遠ざかっていた夢のかけらが、ほんの僅かだけ見えてきた気がする。

 最後のページまでめくると、元置いてあった場所にそっと戻した。


 店内を歩いていると、小説のコーナーに大きなポップが掲げられていた。

 SF物の小説がいくつも積まれている。ポップを読むと、今起こっている海の消失や謎の壁と似た出来事が起こる小説なんかもあるらしい。一冊手に取ると最後の方だけ読んでみた。

 その小説では世界からは海も湖も完全に消えてしまっていた。主人公らしき人がロケットを作り月に行って地下水を掘り当てる。それを不思議な科学者が作った機械で地球に転送しようとする。ところが月では謎のエイリアンが出てきて主人公と戦いになり、機械が壊される。壊れた機械を修理しに科学者も月へ向かうと、その時地球に巨大な隕石が衝突して、主人公と科学者の二人だけが月でそれを眺める。という壮大な物語だった。


 他の本も少し読んでみたけど、どれもものすごく過剰な演出が多くて大げさな結末になっていた。宇津野くんが宇宙人説を唱えたのも、こういう本を読んでいるからなのかもしれない。

 それにしても、実際にこんな出来事が起こって、近場で海が消えたのに、それをしっかり商売につなげようというこの本屋の気概はすごいなと感嘆する。私にもこういう強い気持ちがあったら何かが変わったんだろうか。

 本屋を出てエスカレーターで一階に下りると、化粧品売り場を覗いてみた。最近は学生でも買える手ごろな物も増えていて、つい買ってしまいたい衝動に駆られる。寸前の所で思いとどまって出入り口に向かう。


 ショッピングモールの外はまだ日も傾いていなかったので、一人で砂浜まで行ってみることにした。

 砂浜に近づくにつれて人影もまばらになっていく。フィクションの物語は好きでも実際に目の前に現れると、やっぱり恐怖する人が多いんだろう。

 壁の近くは警備が厳しいから、そこは避けて内側の、海のない方に向かう。砂浜にはゴミが散乱している。警備はしてもゴミ拾いは誰もしないみたいだ。

 砂浜には入らないで、海岸沿いの道路の縁に座って海を眺める。波の音が遠くから少し聞こえる。潮風に吹かれながらこれからのことを考えた。

 私はまた東京に行きたいのかな。気持ちは前向きに動き出している気がするけど、具体的に何がしたいんだろう。事務所に戻ってモデルをやりたいの?

 その問いかけには沈黙してしまう。きっとまだなにか足りないんだ。

 もし海が戻らなかったらどうなるんだろう。それも不安だった。

 このまま東京に行けば、海については忘れられるかもしれない。でもそれはまた逃げることだと思う。それだけは嫌だ。私がどうにかできることじゃないけど、私の中でしっかりとけじめを付けないといけない問題なんだ。お母さんのこと、祠のこと、空木のこと。


 空木。最近はずっと空木との距離感が分からない。前はなんともなかったのに、普通に接したいだけなのに、普通が分からなくなる。

 栗城さんの言葉を思い出す。栗城さんと空木が付き合うなんてことになったら、どうしよう。どうもできないけど、不安になる。

 瑞透……。声に出してみると途端に恥ずかしくなって顔が熱くなる。

 空を見ると少し日が傾いてきていた。そろそろ帰ろうかなと思い、立ち上がる。朝から怪しい雲行きだったけど、結局雨は降らなかった。

 私は来た道を駅に向かって引き返して、電車で一人帰る。トンネルを抜けて街が見えてくると、転校前日に九年振りの海を見た時のことをぼんやり思い出す。その時に比べて車内がとても暗く感じるのは、曇り空だからなのか、海がないからだろうか。


 パッと目を開いて外を見ると、もう最寄り駅に着いていた。慌ててホームに降りて改札を出ると雨のニオイがした。私は少し早足で帰った。

 家に着くと、久しぶりにネットで海と壁について調べてみた。最近のネット記事はほとんどが壁についてや、壁付近の街についてだった。

 幾つかのサイトを巡っていると、この街についての記事を見つけた。そのサイトはオカルト調なレイアウトで作られていて、どこか胡散臭い。この街についての記事を読んでいくと、やはりその内容もちょっと都市伝説みたいだった。

 海が消えてからこの街を宇宙人が歩き回っている。

 ある日、海の警備の仕事が終わった後の帰り道。海岸沿いを歩いていると向かいから謎の男が歩いてきて、すれ違う瞬間にまるで耳鳴りのような高い声で話しかけられる。振り返ると、街灯に照らされたその男の顔がギギーと音を立てて、パかッと二つに開き中には基盤や鉄の部品が敷き詰められている。

 他にもそういった目撃談があり、監視カメラに宇宙船が映った映像や、その下で謎の男がテレポーテーションのように降りてきた映像などもあると書かれている。

 その謎の男は宇宙人で、仲間かどうかを見極めるために声をかけてくる。あるいは海を消した方法を知りたくて、犯人を探し回っては顔の中から超音波を出して心を覗いてくる。などの説で溢れていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ