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あの日、水平線に消えた夏。  作者: 割瀬旗惰
二章 壁と爆破実験
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第七話


 宇津野くんの家に着いたのは二時半を少し過ぎたころだった。部屋に入るとみんなもう集まっていて、私は遅れたことを謝罪した。

「昨日のことだけど、やっぱり実験は行われたと思う」

 宇津野くんが話し始める。

「今回は砂浜からじゃなくて海側からだったんだ。」

「海側からって?」

 栗城さんが言う。

「うん、多分海の中から何か爆弾を使ったんだよ。たとえば潜水艦から魚雷を撃って、壁に当てたとか。だからここからは音が聞こえるだけで何も見えなかった。それなら辻褄が合うと思うんだ」

「でも、なんでそこまでして壁を壊そうとするの? 確かにこの街の人には色々問題かもしれないけど、壊すよりも研究するべきじゃないの? 政府はこの街から人を追い払おうとしているし。一体なにがしたいの」

 つい疑問を口にした。


「理由までは僕にもわからない。だけど常識が通じないものが目の前にあるっていうのは、きっと耐え難いものなんだよ。だから理解できないものは排除する。そんなもんだよ人間なんて」

 その言葉には素直に頷いた。みんなそうだ。理解できないモノが現れると勝手に理屈をつける。それが間違っていたら今度はそのモノ自体を否定する。そうやって異物を排除していく。どこの世界も同じなんだ。

「まぁでも、そんなことはどうでもよくて。僕が一番気になっているのは、二度の爆破でも壁は全く壊れてないってことなんだ」

 宇津野くんが立ち上がって窓際に歩いて行く。


「さっきも望遠鏡で確認したけど、壁はどこも壊れていない。近くで見れば多少の傷はあるのかもしれないけど、性能については全く失われていないんだ。こうなるといよいよあれは未知の物質なのかもしれない」

 窓の外を向いて話す宇津野くんの声は、どこか楽し気に聞こえた。

「未知の物質……」

 吾妻さんが呟く。 透き通るような声がフローリングの上を転がる。

「僕なりに仮設を立てたんだ」

 振り向いた宇津野くんの目はキラキラと輝いている。

「あれは宇宙から来たんだと思う。あの日に来たのか、もっと前から降り注いでいたのかは分からないけど。でもきっかけはあの日だ。あの日何かが起こってその未知の物質が壁になった」

 窓の外には黒みを帯びた雲が広がってきた。室内はエアコンの冷気が充満していて、窓の外が暑いのか涼しいのか分からなくなる。


「僕は前から考えていた、地球外生命体がいつかこの星に来ることを。この広い宇宙で地球だけが発展したなんて絶対におかしい。他の星にも知的生命体は居るはずなんだ。そしてあの日、その生命体が行動を起こしたんだ。目的はまだ分からない、侵略か融和か。でも間違いなく何かの意図が、誰かの意志があって起こったことだ。僕はそう思ってる」

 まるで演説のように、ジェスチャーを交えて語る宇津野くん。その全身から醸し出される一種奇矯ともいえる雰囲気が、私たちを飲み込もうとする。

「いやいや、宇宙人はさすがに飛躍しすぎじゃねえか?」

 淀んだ空気を切り裂くように空木が言った。

「そうかな? 今の科学で解明できていないんだから、宇宙から来た可能性は充分あると思うよ」

 宇宙人なんてさすがに信じられない。けど実際に信じられないことがこの街で起こっているのを思うと、頭ごなしに否定もできなくなる。


「あれだけ大量の海水をせき止め続けるには、何か大きなエネルギーが必要だと思うんだ。もし、壁を作った物質が長い間降り注いでいたのなら、きっとそのエネルギーとなる物質は今もずっと降り注いでいるんだよ。それで壁を維持しているんだ」

 空木は参ったなぁ、という表情で天井を見てから呟く。

「吾妻さんはどう思う?」

 話をふられて一瞬戸惑う吾妻さん。

「アタシは……空木くんと同じかな。急にそんな宇宙人とかファンタジーみたいな大それた話にされても、同意はできない」

 二人に否定されて、少し不機嫌な顔になる宇津野くん。

「とにかく、今大事なのはあの壁をどうやって調べるかってことだろ? どこから来たかはその後でもいいんじゃないかな」

 空木の提案に吾妻さんが頷いて、宇津野くんも渋々納得した様子で椅子に座った。栗城さんは黙って頷き、私も話についていけないというふうに黙っていた。

「じゃあ話を戻してあの壁のことを考えよう。爆破実験でも壊れていないってのは俺も疑問に思うし、今の科学では解明できない新しい現象なのかもしれない」

「でもアタシたちは爆破の瞬間は一度も見てないし、そう決めつけるのもどうなのかな」

「それは確かにそうだけど。でも爆破実験なんて絶対に民間人に見られないようにするだろうしなぁ。俺たちじゃあどうやってもその瞬間は見られないんじゃないかな」

 空木がお手上げというように両手を上げてみせる。


「なら見に行こう」

 宇津野くんが立ち上がる。

「ずっと北の方にある、海の境界線を見に行こう」

「いや、だから行ったってどうせ入れないだろ。壁に傷があったとしても絶対隠していると思うし」

「別にそれでもいいよ。それでも一回行ってみる価値はあると思うんだ。もしかしたら、どこかに警備の手薄な所があるかもしれないじゃないか」

 水を得た魚のように雄弁に語る宇津野くんに押し切られて、海の境界線を直接見に行くことになった。明日の朝に駅で待ち合わせにしてその日は解散となる。

 お婆ちゃんにあんなことを言われて、すぐに家に帰るのもなんだか気まずくて、砂浜まで歩いてみた。

 ついこの間までは観光客やマスコミの人が溢れていた砂浜も、今では砂浜を超えないように警備する人しかいない。私は砂浜に沿って通る道路を歩きながら海を見た。遠くに小さな島のような膨らみが見える。あの日、栗城さんたちが遊びに行った島だろうか。夢ノ見山から見た時はもっと近かった気がしたけど、ここからはかなり遠く感じる。

 そのまま道沿いに歩いていると、海のないこの街はなんだか新鮮で、もやもやとした気持ちも少し安らいでくる。


 しばらく歩くと砂浜も消えてゴツゴツとした岩が増えてきた。この辺りは元々あまり綺麗でもないけど、海水が無くなって岩だけの地面を見ると怖くなってくる。黒い岩がブラックホールのように見えて、吸い込まれそうだ。

 そういえば、ここら辺に大潮の時にだけ浮かび上がってくる道があったはずだ。昔、誰かにそんな話を聞いた気がする。大潮の時に浮かんできたその道を、向こう側まで歩ききれれば幸せになれる。どこにでもあるような迷信じみた話だ。

 今なら誰だって好きなだけ歩ける。そう思うとなんだか笑えてきた。今ここは誰もが幸せになれる道だ。

 せっかくだから歩いてみようかと思ったけど、海の向こうには真っ黒な雲が膨れ上がっていて、風が唸るように吹き始めた。

 もう帰ろう。私は道を引き返して家に向かった。

 家に着いた頃には風が一層強くなり、見上げると空にはコンクリートを流し込んだような雲がドロドロと広がっている。

 その日は翌日に備えて早めに横になった。だけど中々睡魔が来なくて、目を閉じて窓を叩く風の音を聞いていた。



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