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あの日、水平線に消えた夏。  作者: 割瀬旗惰
三章 謎の男と青い物体
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第十六話


 私は二人と別れてショッピングモールへ向かうと、アパレルショップに入って洋服を見て回った。いつか吾妻さんと約束した、とっておきの洋服を探す。

 幾つかのショップを巡って、ついに気に入ったワンピースを見つけた。ちょっと予算オーバーしちゃったけど、思い切って買うことにする。せっかくの夏休みだし、アルバイトでもしておけばよかった。

 その後、また本屋にも寄った。ファッション誌を見て自分の気持ちを確かめる。大丈夫、好きだ。


 本屋を出て、帰ろうとすると、すれ違った女の子の話し声が聞こえてきた。

「ねぇ、さっき撮影してたのって、絶対この雑誌のモデルの子だよね?」

「だよね! 私も絶対この子だと思った! なんの撮影かな? もしかしてこの雑誌のかな?」

 撮影という言葉につい身構えてしまった。好きだけど、好きなはずだけど咄嗟に聞くとまだ怖い。

 でも、雑誌の撮影ってなんだろう。気になったので、気付かれないようにそっと盗み聞きしてみた。どうやら砂浜で撮影をしていたらしい。海が消えた砂浜は、たしかにインパクトがあるからあり得そうだ。

 私はショッピングモールを出て、砂浜に向かった。前回来た時よりも少し人通りが減った気だする。


 砂浜では本当に撮影が行われていた。華奢な体の女の子が小さなキャミソールと、その上から白いワイシャツを着て、デニムのショートパンツを穿いている。一目見てプロだと分かる笑顔を見せてポーズを取る姿は輝いていた。

 近くで見たくて砂浜に下りてみて気付いた。この子、前に私と一緒に撮影したことある。一度だけで名前はもう覚えてないけど、たしかあの時は全然うまくポーズが取れなくて、泣いていた。

 それなのに、今はこんなに堂々と動いて、笑顔を見せている。私はその子の親でもないのになんだか感動してしまった。無垢な笑顔の裏で、悔しくて泣いてい日々があることを、私は知っている。

 多分向こうは私のことなんて忘れているだろうけど、もし覚えていて見つかったら気まずいから、それ以上は近づかないで見ていた。撮影は順調に進んで、終わった。


 私は砂浜から出て駅に向かって歩いた。暑さは幾分か和らいでいて、なんとか駅までたどり着けた。

 ホームで電車を待っていると、吾妻さんと宇津野くんのことが頭によぎった。二人は最近いい雰囲気だ。一回、ギクシャクしたおかげで、お互いを意識したのかもしれない。

 電車に乗って最寄り駅に向かう。途中でスマホが鳴って、見てみたらお父さんからの電話だった。今電車だからあとでかけるとメールしておく。

 家に着いて部屋に戻ると、電話をかけた。


「お父さん? さっきはごめんね。何かあったの?」

「いや、最近そっちどうかと思って。テレビとか見てても色々大変そうだし」

「ん~、べつにこの街自体はとくに何もないよ。大丈夫」

「そうか、それならいいんだけど」

 ぽとっと沈黙が落ちる。

「……墓参り行ったか?」

「え?」

「せっかくそっちに行ってるんだし、お母さんの墓参りでも行ったらどうだ?」

 お母さんのお墓はここから車で十五分くらい。海から離れた小さな丘の上にある。もう、ずいぶん行けていない。

「……うん、そうだね。行ってみるよ」

「お婆ちゃんはどうだ? 元気か?」

「うん、元気だよ」

 お婆ちゃんに言われた、お母さんの話や夢ノ見山の話は伏せておいた。

「朱百合は……まだこっちに戻ってくるつもりはないのかな」

 中々言葉が出てこない。正直に言うと結構迷っている。少しずつだけど、またモデルの仕事をやりたいという気持ちも出てきて、東京に行くのも嫌じゃなくなってきた気がする。だけど、やっぱり海をこのままにして行くのも、何か違うと思った。

「もう少し、こっちにいるつもり」

「そうか」

 落胆なのか、納得なのか、私には分からなかった。

「まぁ何かあったらちゃんと連絡してこいよ。いつでもいいから。あと体には気をつけろよ。夏だからってそのまま寝たりすると」

「うん、分かったからじゃあ切るよ。おやすみなさい」

 通話を切ると、しばらくツーツーという音を聞いていた。

 カーテンを開いて窓の外を見てみると、もう真っ暗だった。

 明日はお母さんのお墓参りに行こうと決めた。


 朝家を出ると、タクシーに乗った。さすがにこんな暑い日に歩いて行くのは危険だ。お墓の近くで降りると、花屋に寄ってお母さんの好きな黄色い花を買った。

 小さな丘からは、ぼんやりと海が見える。お母さんはあの海が大好きだった。

 昔、まだお母さんが元気だった頃に、家族で旅行に行くことになった。有名なリゾート地に行って、今まで見たこともないような華やかなビーチにすごく興奮したのを覚えている。

 だけどお母さんはこの街の海の方が好きだと言った。そのリゾート地は私がテレビで見て、行きたいとねだって連れて行ってもらったから、その時はなんでお母さんはそんなこと言うんだろうと思った。自分の行きたい所に行けなかったから、私に意地悪しているのかもと思って、ちょっと怒ったりもした。

 私はこの街の海は正直魅力がないと思っていた。ものすごく汚れているわけではないけど、なんか古臭いというか質素というか。そんな中途半端なところが好きになれなかった。


 今思えば、あのリゾート地で感じた華やかさに、心のどこかで憧れていたのかもしれない。お母さんが好きになれなかったものに、私は憧れていたんだ。

 お墓の前で両手を合わせる。私ね、お母さんの大好きな海、消しちゃった。ごめんね。

 風が吹いて、微かに潮のニオイがした。ふと誰かの視線を感じて振り返る。少し遠くに亜麻色のショートボブが揺れている。その姿が栗城さんに見えたけど、こんな場所でわざわざ確認しに行くのもどうかと思ったので、前を向き直ってもう一度手を合わせた。

 お母さんはこんな私のことを応援してくれるかな。



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