そんなこんなで
(数日前)
世の中自分の思うとおりになかなかうまくいかないものだ。
本来ならこっそり接触するところだったのだが、俺の正体を知っている人間に対して無防備に質問した以上、今更隠しだては無駄だった。
正直に俺たちが受けた任務について話し、仲間の紹介と任務の詳細について説明すると第二視聴覚室へと案内する。
「八代、いきなり何をしているの!」
と先に戻っていた月雲なんか、俺に噛みついてきた。
いや、気持ちはわかるよ?
合唱部の練習だって参加直前でサボったんだし、俺だって逆の立場なら同じ事を聞く。
だけど首を絞めるのは、さすがにやりすぎではないだろうか。
すぐに後輩にて護衛対象の深夜の存在に気付くと、苦笑い浮かべながらようやく解放してくれた。
「こんにちは、はじめまして。飛輪の鬼祓師。正八階位の巫条月雲です。八代と同じ二年生、よろしくね」
俺には出せない、人好きしそうな笑顔を深夜に向けて挨拶をしたが、黄泉坂は不機嫌そうにぷいと顔を背けただけだ。
困った顔で月雲が俺の方を見るが、知るか。
凶暴な先輩だとでも思われたんじゃねえか?
やがて清十郎と小角が戻って来て、自己紹介をする。
さすがに教師である小角が飛輪のメンバーであることには驚いたようで、「へえ」と意外そうな声をあげた。
小角は三十代の国語教師でやや長身でやせぎす。
人気者では無いが、生徒からの悪い噂もない。そんな教師だ。
それでその小角が順に説明したわけだ。
この世に鬼という存在がいること。
鬼と戦う飛輪という存在があること。
こいつに妙な能力が開眼し、鬼に狙われているということ。
そして俺たちがこいつの護衛をするということをだ。
初めの二つに関しては話が早かった。
なんせ最近鬼と接触したばかりである。
俺と会ったときの状況の補完という感じだ。
「鬼に狙われる?」
自分の能力についてはそんな疑問を持った
。
「あたしたしかに霊感とか強い方みたいだけど、鬼なんかこの間初めて見た」
「能力は突然目覚める事があるし、逆に幼少の時だけしかなかったりする。陰陽の流れや門との接触などきっかけで目覚める事もな。完全に理解しろとは言わん。状況だけ理解できればいい」
「ああ……あたしが鬼に狙われているってのはわかった」
まあ、状況だけは理解してくれたみたいだ。
なかなか柔軟な頭をしている。
こいつなりに思うところがあったのかもしれない。
問題があったのはそれからだった。
護衛役として月雲が指名されると、不機嫌そうな顔でギロリと睨み、
「こんなのに四六時中見張られているなんて嫌だ!」
月雲の何が気に入らないのか、そう反対した。
やっぱり凶暴な女だと思ったのか。
でもお前もあんまり変わらねえと思うぞ。
言わないけど。
「それはなぜだ」
「あたしは知らない人間が近くをうろうろされるのが嫌なんだよ。だいたい期限はどれぐらいなんだ?」
「特定の悪魔に狙われているのなら『門』が現れてその悪魔を倒せば終わるが、今のところ無期限ってところだ」
「じゃあ余計嫌だ。それにこいつなんか頼りなさそうだし」
先輩女子を、こいつと呼んで指さすとはいい度胸だ。
引きつらせながらも、にこやかな表情を崩さなかった月雲に、俺は脱帽したね。
「月雲はそれなりに有能ではあるが」
「それでもヤダ」
「ふうむ。しかし月雲の代わりとなると今は緊急の事態が重なっていてな。正鬼祓師はすぐに派遣できん」
普段から表情の外連味が乏しいのだが、今も大して困ってなさそうだ。
黄泉坂にそう告げると俺の方を向く。
「ならば遠間ならどうだ? 今すぐ動かせる正鬼祓師で腕は立つ方だ。それにどうやら知り合いのようだしな」
俺かよ!
深夜は腕を組んでうなっていたが、
「……とーまなら、まあいいよ」
と納得したように頷いた。
え、マジで?
何をするかといえば、外出時に護衛。
すなわち毎日学校への送り迎えをするらしい。
「いや、仕事ならそりゃ俺はやるけど……お前知らない男にいられる方が嫌じゃ無いか? 女なんだし」
いちおう、と心のなかで付け加える。
「男でも女でも、あまり知らない人間が近くにいるの嫌なんだよ。とーまだったら我慢する。これで前の借りはチャラにする。それでいいな」
その理屈なんかおかしくね?
だがもはや俺の疑問の余地など、介在できない方向に話は進んでいる。
「今日の所は霊符をもって帰ってくれ。気休め程度だが。明日君が学校に行っている間に、本格的な霊的結界を張らせてもらう。知らない人間に家に来られては困るとかは言ってくれるなよ」
それに関しては納得してくれた。
ま、こいつも鬼がどんなのかは見ているからな。
「では遠間。今日から頼んだぞ」
「今日! いきなり?」
「事情を知っているなら早いに越したことは無い。それにお前も知っているとおり奴らの存在を知っている人間は自覚して能力に目覚めやすくなる。学校とマンションは結界を貼るのだから危険なのは外出時だけ。休日はともかく平日は朝と夕方だけだ。さほど問題ではないだろう」
いや……あんたも教師なら、それだけが問題でないことぐらいわかれよ。
だがそんな俺の恨めしい視線を意に介さず、小角は他の仕事は二人を中心に行うこと。
深夜に買い物などのちょっとした外出は当面、学校帰りに俺が一緒の時に行うように指示し、さっさと教室から出て行った。
呆気に取られた俺だが、教室内で放たれる禍々しい気配に気付いた。
笑顔を絶やさぬ幼馴染みの方に、おそるおそる視線を向ける。
「よかったね。かわいい女の子と毎日一緒に登下校できて」
あいかわらず顔にはおだやかな笑みを浮かべている。
でも目が笑っていなかった。
月雲とは長い付き合いだが、これほど怖いと思ったのは初めてだ。
そりゃあ頼りないとか後輩女子に散々言われ上に、仕事を剥奪されたわけだから気持ちはわかるが……。
俺に当たられても……。
薄ら笑いに、若干額から汗を流しながら清十郎が俺の肩を叩く。
目で助けを求めたが、ニキビ一つ無い顎の動きで「無理だ」と拒否される。
そりゃないぜ、親友よ。
「じゃあがんばってね」
月雲はおっとり、だがすべてを拒絶するような微笑みを浮かべて出て行った。
清十郎は微妙な表情でそれに続く。
最後に目で「がんばってくれ」と言われた。
かくて俺と深夜だけが教室に残される。
どうせえいうねん。
呆然と立ち尽くしていたら、ガタッと椅子の音がなる。
ジャージ姿の深夜が立ち上がっていた。
「帰る。護衛なんだろ」
それだけ言うと、さっさとドアから出て行った。少し遅れて俺も続く。
こうして、なし崩し的にこいつの護衛が始まった。