任務
清十郎が術の封印を解いて封筒を開けると、中から書類。
それから何枚かの写真が入っていた。
清十郎はそれをそのまま、俺が座っている机の上に広げた。
映っているのは、どれも同じ女の子だ。
街中の横顔で取られた写真。
正面から取った制服姿の証明写真のようなもの。
それに少し遠くから取られた写真だ。
見た感じ俺たちより少し年下だろうか。
「美人だね」
月雲が一番はっきり映った正面からの写真を持ち上げ、感嘆したように声を漏らす。
「そうか?」
たしかに長い黒髪に白い肌。
眼鏡の下にある顔立ちはかなり整っているといっていい。
絵画から飛び出たお姫様みたいで、どこか儚げな印象だ。
深窓の令嬢というのが一番しっくりくる。
だけどなんだか生気がなくて人形じみている。
写真映りの問題もあるだろうが。
「これで美人でないって言うなら、八代の理想が高すぎるよ」
「好みの問題だな。この子と比較するなら、月雲や伊緒里の方が全然美人じゃね」
「え、そうかな?
」
なぜだか嬉しそうに頭をかく。
ちなみに伊緒里は俺の妹だ。
「この子の名前は黄泉坂深夜、十五歳。俺たちの学校の一年生。C組だ」
「うちの生徒なんだ!」
月雲が相変わらず写真をもったまま、驚きの声をあげる。
「こんな綺麗な子、入学して一ヶ月も経ってるんだったら噂にあがりそうだけど」
「そこまでか?」
といいつつも、そうかもしれないとも思う。
好みではないが、絶世の美少女といわれればしっくりとはくる。
まあ、噂にはなりそうな顔立ちだ。
俺は学校が終わればさっさと帰って世情に疎いが、月雲は非常に社交的だ。
クラスメイトだけでなく、同学年どころか違う学年にもかなり友人が多い。
所属する合唱部でも面倒見がいいと聞くし、学年で有名なら名前位は聞いていることだろう。
「こっちは一般的な情報だが」
と前置きして、清十郎が黄泉坂深夜なる少女について説明する。
祖父がオーストラリアかどこかの富豪らしく、本人も帰国子女なこと。
父親も俺でも聞いたことがある、でかい海外企業の役員であること。
現在両親は仕事で海外に転勤になり、それに合わせて東京からこの街へ引っ越してきたこと。
現在一人暮らしであること。
病気か何か知らないが、あまり学校に来ていないことなど。
どこのお嬢様な設定だ、それは?
冗談ではなく、本当に深窓の令嬢だったらしい。
白人の血が混じっているなら、肌の白さも納得だ。
てかよく私立の割に授業料が安い、ということだけが自慢のふつーの我が高校に来たもんだ。
「なるほどー」
俺と同じ、微妙な表情を浮かべて頷く月雲に続く。
「で、一般に出てこない方の情報はなんだ?」
「特別な能力に目覚めそうって話だ。それを鬼が狙うかもしれないそうだ」
「任務ってこいつの護衛か」
時々なんらかのきっかけで、得体の知れない能力に目覚める人間もいる。
俺たちのように親が神社やら仏の関係者ならともかく、ほとんどの人間はどうしてそんな能力があるのかすら気付かない、なんてこともざらだ。
どうして鬼に狙われるのかもな。
そういう連中を守るというのも、おれたちの仕事だった。
「もうこいつはそのことを知っているのか?」
「いや……もしかしたら霊感が高いとか自覚があるかもしれないが、能力自体はまだ目覚めていない。小角先生が検査結果で気付いたらしい」
幼い頃は能力がなく、成長してから目覚めるってのもある。
逆よりは圧倒的に少ないが。
そしてこの学校の経営母体は、飛輪と協力関係を結んでいた。
入学者にこっそりと霊力などの検査を行ったりとか、教師として雇い入れたり位には協力的だ。
「じゃあまだどんな能力かきちんとわかっていないってことか?」
「そういうことだ。期間がどれほどになるかわからないし、同じ学校で歳も近い俺たちが適任との判断だ。『門』が現出して鬼が現れたら直接狙うかもしらん。それなりに仲良くなっておいて近辺を守るのに不都合無いのが理想だな」
「門がいつ、どこで開くか解れば楽なんだけどな」
「そればかりは予測は出来ても確実とはいえん」
「そりゃそうだ。……じゃあこの件は月雲が適任だな」
「わたし?」
俺たちは大げさに頷く。
「女子同士だし、お前なら誰とでも仲良く出来るだろ?」
面倒だから押しつけているのではない。
見知らぬ後輩女子と、いきなり仲良くってのはけっこうハードルが高い。
それに男ならこっそり護衛のつもりでつけて、ばれようものならへたすりゃストーカー扱いされてしまう。
世知辛い世の中だ。
「俺も君が適任だと思う。頼むよ月雲」
月雲は清十郎と俺を交互に見ると、「うん」とうなずき、にこりと笑顔を向けてくる。
「そういうことなら任せて。黄泉坂さんはちゃんとわたしが守るよ」
「そいつは頼もしい。なあ、清十郎?」
「ふふふ、そうだな。代わりとは言っては何だがそれまでの間、他の仕事は俺たちに任せろ」
「おう、任せた」
明るく応える月雲だが、一つ忠告。
「だが月雲、わかっていはいると思うが」
「うん、もちろんだよ。なんかあったときは無理せずに助けを呼ぶから。二人とも助けてくれるよね?」
「ああ、当然だ」
「聞くまでもないだろ」
決して一人に厄介毎を押しつけないし、一人で何もかも考え込まない。
それが三人で誓い合った不文律だった。