援軍
深夜の能力について、検討はついたのだが……。
まだ茫然自失状態から回復していない他の鬼祓師達を見回す。
俺の方法はどうしても他の鬼祓師の協力が必要不可欠。
そもそも落ち着いて話を聞いてくれるかどうか……。
そんな風に考えたときだ。
強力な術が周囲に展開される。
リン……
と透き通るような鈴の音が鳴り響き、近くに落ち葉が集まったかと思うとそれは突風が吹いたかのように飛び散る。
その中から現れたのは数十人の人間だ。
それもただの「人間」じゃあない。
先程必死で願った者がいたであろう援軍。それも精鋭だった。
その先頭に立つ男に気がついた鬼祓師達は次々と敬礼を行う。
ワルプルギスの夜に対して、日本における戦闘指揮を任された正二階位の鬼祓師。
存命の陰陽師の中では俺が知る限り最強と思しき男。
遠間雨竜。
俺の親父だった。
親父はまず周囲の鬼祓師達をみると開口一番に、「遅れてすまない」と頭を下げた。
「そしてよくやってくれた同士達よ。おかげで最初の被害は留めることが出来た。もう君たちだけを死地におくるまいぞ」
親父の言葉にへたれ込んでいた鬼祓師達はある者は歓声をあげ、ある者はその場で泣き出した。
絶望的な状況の中で、希望と呼ぶにふさわしい援軍だからだ。
親父は次に俺達の方に向かって歩いてくる。
小角は親父の方を見ていたが、ふと俺の方に顔を向けた。
親父は俺たちの前に立つと俺と深夜、そして小角を交互に見る。
果たして親父はこの件をどこまで知っていて、関与しているのか。
「なぜ年端もいかぬ少女を生贄にしようと考えた?」
すごみのある声に、内心ほっと胸をなで下ろした。
少なくともよく知った家族が関与していなかったことに安心したのだ。
「飛輪本部の決定です。これより被害の少ない方法は他にはないと私も思っています」
「せがれが離反したと聞いたが、つまりそれは本当ということか」
「黄泉坂も納得して下さいました。あなたも飛輪の鬼祓師にて前回の戦いに参加していた身。身内の私情で流されないと信じております」
「わかっておるよ。八代は鬼祓師として生きていくと決めた時点でもう一人前だ。私の関与することではない」
親父は遠い目を向ける。
やっぱりそういう流れになるのか?
緊張で深夜を握る手に力がこもる。
「え、えと。こんなところで……」
何か勘違いしたのか、緊迫感でテンパっているのか深夜が妙なことをつぶやいた。
「待ってくれ。深夜の力を使えば生贄にしなくても門を閉じることができる!」
俺の声が聞こえたはずだが、親父はなにも意左図小角の方に視線を向けた。
「辛い任務だったろう。実行隊長の私にすら伝えなかったこと。皆の為に心を鬼にした君の辛さは多少はわかるつもりだ。それについて責めるつもりはない」
俺のすぐそばまで近寄っていた小角の肩に手が置かれる。
ちくしょう。親父達まで敵になるのかよ!
つい二人を睨みつけると、次の瞬間激しい音がした。
同時に小角の鼻から血が噴き出す。
「それはそれだ。これは我が家で預かった大切な客人を、だまして連れ出した上に怖い眼に合わせた分だ。この程度は覚悟の上だろ?」
思い切り私情挟みまくっとるがな!
それはそれとして、なぜ俺まで殴られないないといけないのか?
深夜に頭突きをかましたところと同じ所を綺麗に殴られて、思わず悶絶する。
「母さんと伊緒里達に黙って家を出て行こうとしていた分だ。馬鹿者め」
「さっき一人前だから関与することは……」
「なんだ。母さんに怒られた方が良かったか?」
「!! 愛の鞭ありがとうございます! お父上殿!」
深夜から手を離し、最も相手を敬うという60度のお辞儀をする。
母さんに怒られたら、と考えるとそれだけで身体全身の肌が総立ちし、額から汗が滝のようにながれだしてくる。
それに比べたら90度や120度ぐらい腰を曲げることなんて、たいしたことじゃあない。
「八代のお母さんってすごく優しそうなのに、どうして八代はこんなに恐れているの?」
「さあ……」
深夜と、いつの間にか近くに来ていた月雲がそんな話をしているのが聞こえた。
おまえらは本性を知らんから……。
「さて、これはそれとして八代。さっきお前が言っていた方法とやらを教えて貰おうか」
「私情を挟まないというお話では?」
「もちろんそのとおりだ。だからこそ聞いている。本当に門を閉じることが出来るのかと」
「遠間さん。悪魔が迫っているこの状況でですか? それにあなたは見たところ、まだ上級式神を連れおられませんが」
「あの程度の悪魔、式神などなくともたいした問題ではない」
いや、結構強力なやつなんだけど。
最初からいる鬼祓師達の中には、割と引き気味で親父を見上げているのもいた。
「いや、しかし……」
「あの当時、私は最前線にいたのだ。本来のワルプルギスの夜がどういうものかよく知っておるよ。だからこそ言っている。この程度なら私一人でも十分だと」
最初からいた鬼祓師たちは、その一言で変な声をあげる。
「いや、しかし……」
「それに上級式神の使用許可はもう得ている」
そう言うと小角の方をまっすぐに見る。
「ためしてみるか?」
次の瞬間、外連味のない小角の表情が驚くぐらい青ざめていった。
親父のすぐ後ろにいる幾人かの年配の鬼祓師も同様に表情を曇らせていた。
「し、失礼しました!」
これが小角の指揮権が失墜した合図となった。
こうなれば他の鬼祓師達も、従わざるを得ないだろう。
まあ本来ならこの場にいる鬼祓師で一番階位が高い親父が来た時点でそうなんだろうが。
それにしても親父の奴、家ではあんななのに下にはひょっとして厳しかったりするのか?
外弁慶という奴だろうか。
「では、八代。そういうわけだから落ち着いて説明をしてもらえるか。これは命令だから拒否権はないがな」
そんな命令ならさすがに刃向かうなんかそもそもしない。
俺は頭の中で言葉を整理すると、みなが注目する中、考えを口にした。