チカラ
ハサミの先端が深夜の首元に吸い込まれるその刹那、腕を拘束する力が弱まったことに気付いた。
深夜に圧倒されて、手が緩まったか!
考えるより早く手を拘束している奴を殴り飛ばし、すぐに術を唱えて体内のチャクラを解放する。
飛行術で一直線に深夜に飛びかかった。
俺の両手が深夜の右手を掴むのと、首に掛かっていたチョーカーが外れるのは同時だった。
深夜の右腕を掴んだまま地面へと転がる。
赤い飛沫が噴き出して俺の顔を染めた。
深夜は首を朱に染め、瞳を閉じていた。
右手ごと血に染まったハサミを抜き、呼びかける。
「シンヤ!」
「八代、離してくれたんだ。良かった」
眼を開けた深夜はこんな状況にもかかわらず、俺を見て微笑んだ。
「お前馬鹿か! お前を助けに来たのに自分から死んでどうするんだ?」
「そうしないと八代の話を聞いてくれないと思ったから……」
「思いつきで行動するのいい加減にしろ!」
こいつ本当に思い込んだら一直線だよな。
とことん説教したいところだが、さすがに今はそんな状況じゃないことぐらいわかっている。
「痛いだろうが我慢しろ」
首を見るとぐっさり刺さったためか出血がひどいが、動脈を深く抉ったりはしていないようだ。
命に関わる傷ではないことにほっとため息をつく。
「術をかける。おとなしくしていてくれよ」
治療符を首元に張って出血を止める。
気休め程度だが放っておくよりはましだろう。
……ったくよ。『護衛』なのに対象に傷を負わすなんて、二流もいいところだ。
深夜に手を貸して立たせると周囲を見回した。
今の騒ぎでどこか呆然としていたようだが、俺が立ち上がったのをきっかけにようやく皆我に返る。
清十郎が解放されて立ち上がる姿が確認できた。
だがそれ以外は一番近くの小角を含めて、誰一人動こうとしなかった。
ここまで馬鹿な事をやってのける人間がいることに、呆れかえって頭が働かないのかもな。
最初に動いたのは、さっき深夜に治療されていた鬼祓師だ。
法力僧らしい。今の騒ぎの間も悶えていたが、ようやく頭の痛みがマシになったらしくこちらに「いたた……」と場違いにのんきな声をあげて歩いてくる。
そしてそいつは空を見上げ、その表情が絶望に歪んだ。
「門が……」
その声に全員が再び空を見上げる。
空が再び赤く染まり始めていた。
悪魔を抑えている門が、ゆっくりと割れていく。
そして悪魔が同じようにゆっくりと降下を始めていた。先程まで右腕と頭しか見えなかったのに、左肩が見えてきている。
「……もう間に合わん」
小角がうめく。
小さく「静乃……」と呟いたのが聞こえた。
無意識か。
諦めるんじゃねえよ。まだ何かあるはずなんだ。
だが誰も動こうとしない。
いや清十郎だけが、呆然と突っ立ている月雲を揺さぶっていたが。
空を見上げると、悪魔の眼と視線があった。
いやそう感じただけか。
おおおおおおおお!
突如として巨大悪魔が吠えた。
霊力の衝撃が地上へと台風のように降り注いでくる。
咄嗟に深夜を抱き寄せて庇い、衝撃に耐えた。
他の鬼祓師達も霊力の風にバランスを崩したり、飛ばされてたりしている。
清十郎が月雲を庇うのと、さっきの法力僧が吹っ飛んで木に頭をぶつけるのが見えたが、これ以上他の人間を気にかけている余裕がない。
空のあいつが落ちてきたら俺たちは終わる。
だからなんとかしないと。
何とか出来ること……。
一か八かだが、こいつが抵抗してまで俺の話を聞いてくれるように行動したんだ。
俺としてもこの決意に応えたい。
「な、なに!」
手を握るとうわずった声を上げたが説明をしている時間が惜しい。
「シンヤ、俺は空の奴を何とかしたい。協力してくれ」
「協力って……何をすればいいの?」
「願ってくれ。なんとかしたいって」
唐突すぎる言い方にハテナ顔を浮かべたが、すぐに了承すると眼を閉じた。
俺は左手で深夜の手を握ったまま、右手で五芒星をきる。
力が欲しいと願いを込めながら。
突然心臓が激しく鳴りだした。
深夜の手を通して熱とか気とか。
そんな「なにか」が俺の身体を巡っていく。
その熱は幾度となく切った俺の手から五芒星に伝わり、それははじき出されていく。
術を使ったときとは違う、言葉にはしがたい力があふれ出た。
その時、俺は切った五芒星から光がほとばしるのを見た、気がした。
光が上空に昇り、消えると俺の心臓は少しずつ収まり続けていく。
そして変化は起こった。
ゆっくりと降下していく悪魔の動きが止まったのだ。
「まさか、門が!」
誰かが叫んだ通り、再びゲートが少し閉じ悪魔を押さえつけたのだ。
何が起こったのかわからないらしく、全員狐につままれたような呆けた顔をしていた。
「やはりそうか……」
深夜の白い顔をまじまじと見つめる。犬歯を覗かせながら俺を不思議そうに見つめる、深夜に俺はきっぱりと言った。
「やっぱり、お前の力を使えば門を閉じることが出来る」