女子高生と鬼祓師
いい加減小角の笑い声が、うっとうしく感じ始めたその時だ。
俺の近くにいた誰かが、突然深夜の手を取った。あっと思う間もなく、それは小角の所に引っ張って行く。
式神だと気付いたときには深夜の手は小角に握られてた。
「来い、黄泉坂。儀式を行うぞ!」
「てめえ!」
「今ならまだ間に合う!」
「小角さん! 今更」
呪禁師の女が非難の声をあげるが、それを小角が制した。
「今だからだ! 幸い上の悪魔が蓋となっていてしばらく次はでてこない。奴が抜け出たときはこの場にいる者達が全滅する。いや、それですめばいいがこの世の地獄の始まりを告げることになる。だから今なら、今生贄の儀式を行えば奴らを押し戻すことが出来る!」
「行かせるかよ!」
飛び出そうとすると、突然何者かが俺を押さえつける。
一人じゃない。何人もだ。
先程まで絶望にひしがれていた鬼祓師達だ。
ご丁寧に術が使えないように指も固められた。
いかに天狗と言われる俺でも、集団で囲まれ、術まで封じられるとなすすべもない。
すぐ隣で同じように清十郎が地面に押さえつけられている。
思わず歯ぎしりする。
このままだと全滅するという恐怖が、こいつらを後押しをしているようだ。
他に手段がなければ抗うか、諦めるしかない。
だがそれ以外の可能性を示唆されると、人はそれにすがりつく。まさしくそんな状況だった。
「離せよ、こら! 八代、八代!」
深夜は必死で抵抗しているようだが、大人の男と女の力差はいかんともできず、ずるずると引きずられていく。
俺も清十郎も必死で抵抗するが、連中も火事場の馬鹿力を発揮している。
唯一自由な月雲は空を見上げて、呆然自失状態から抜け出せていない。
呪禁師も説得はしているが力尽くで止める、という気はないようだ。
「どうせあの悪魔が降下してきたらお前も助からん。だったらせめて遠間や他の人間を助けるためにその命を使ったらどうだ?」
俺の名前を出されて一瞬ひるみやがった。
それを見逃す小角ではなく式神を召喚すると深夜を抱えあげた。
「待て、小角! まだだ、まだ方法はある」
俺の叫びにようやく小角はこちらに視線を向けた。
「生贄にしなくても、深夜の力で門を封じる方法がある!」
「それは初耳だな。それは具体的にどうするんだ?」
具体的も何も、ひょっとしたらという程度だ。
だが今深夜を助けてかつ悪魔達を封じるには、これしかないと思っている。
その説明を言い淀む俺を見て小角は嘲笑を俺に向けてくる。
「はったりか。もうそれは聞き飽きた。では行くぞ、覚悟を決めろ黄泉坂」
「うるせえ、八代が話しているんだから聞け、聞けと言っているだろう! 聞かないなら」
「なんだ?」
小角はそう答え、すぐに表情が曇る。
深夜がどこからかハサミを取り出して握っていた。さっき包帯を切るのに借りたのかもしれない。
それを躊躇無く自分を抱きかかえている式神にぶっさす。
その式神はさほど強度が強くなかったらしく、その衝撃で術が解けた。
深夜はそのまま地面に転がり落ちる。
「無駄な抵抗だ。そんなモノをどうする気だ」
深夜は小角を睨みつけるとそのハサミの真ん中を握り、その先端を自分の首に近づけた。
「八代を離せ! そして話を聞けよ。そうしないならあたしは今から死んでやる!」
「何を馬鹿な事を」
「知っているんだぞ! ばあるだとかいうやつもあたしを殺せなかった。あたしが死んだらその生贄の儀式とやらもつかえないだろう?」
整った白い顔に必死な形相を浮かべ、深夜は小角と、いやこの場の鬼祓師達と対峙する。
俺を押さえつけている連中も力こそ緩めないが、動揺しているのが伝わる。
「そんな脅しが」
小角が決めつけて深夜の肩に触れる。おそらくひっぱろうとしたのだろう。
そのわずかな衝撃でハサミの先端が深夜の首に刺さり、白い首から赤い液体がこぼれるのが俺の位置からでも見えた。
「嘘だと思っているのか!」
深夜は不思議な色の双眸で、小角を睨みつける。
ようやくみんな気付いた。
深夜の奴が本気だということに。
「馬鹿な事を……」
「馬鹿なもんか! あたしは本気だぞ!」
「だったらなぜ、死ぬ覚悟があるならこんなところで……」
深夜はそれには応えずその目を小角から俺、そして他の鬼祓師達へとむけた。
周囲に得体の知れぬ動揺と、緊張が走っているが伝わってくる。
鬼と様々な駆け引きや死線でのやりとりを行ってきた鬼祓師達が、単なる少女に過ぎない深夜に気圧されていた。
その姿は、そう。まさしく女王と呼ぶに相応しかった。
「シンヤちゃん、そんな……」
ようやく茫然自失状態から回復した月雲の声が聞こえた。
「十秒で八代を離せ。そうしなけりゃ死んでやる」
俺を取り押さえた鬼祓師達が動揺しているのがわかる。
ちらちらと小角を見ているんだが、小角自身もどうしたらいいか解らないらしく応えあぐねていた。
そうしている間に、時間は無情にも過ぎていく。
おいてめえら、その手を……
「十秒だ。八代、お前はこっちに来るなよ」
一瞬だけ俺に笑顔を向けるのと、手の握る力を入れるのが見えた。
ハサミの先端が、白くてキレイな深夜の首筋に吸い込まれていった。




