幼なじみ
チャイムの音が響き、学級委員長が号令をかける。
それを合図として途端に教室は騒々しくなった。
ある者は部活へと急ぎ、ある者は友人とおしゃべりに興じ、ある者は放課後にやることをクラスメイト達と話し合う。
ま、いつもの光景だな。
帰宅部の俺は、いつもならクラスメイトと少しだべって家に帰るんだが、今日は『飛輪』の呼び出しがある。
「新しいラーメン屋が出来たから行こうぜ」と誘ってくるクラスメイトに「また今度な」と軽く手を振って教室を出た。
飛輪は俺のような陰陽師とかいわゆる鬼祓師連中の集まる、ようは相互機関のことだ。
はるか昔は陰陽師と、高野山の僧正だとか似たような仕事をしている者同士でなわばり争いのような諍いが絶えなかったらしい。
連携がとれないことで一般市民に犠牲がでるようでは困る。
互いの事を知らないばかりに、名ばかりのもぐりが悪名を広めるというのも問題だった。
何より強力な魑魅魍魎が現れたときに対処出来ない。
実際協力に欠け、過去に強力な悪魔を退治し損ねたなんて事件もあった。
そんな経緯があって互いの協力や情報共有、練度向上の為に出来たとガキのころ親父から聞かされている。
一応影ながら世界中に協力機関があるし、密かに国家規模で予算が回されている、らしい。
ま、内部事情までは末端にはわからねえけどな。
待ち合わせとなる離れ校舎の三階。
第二視聴覚室に入ると先客がいた。
「月雲」
手を挙げると、大きな瞳が俺を見上げてくる。
「やっほー、八代」
相変わらず上品そうな顔立ちとは裏腹な、明るい声で犬のように無邪気な笑顔を向けてきた。
見慣れた同級生、巫条月雲だ。
同じ鬼祓師の仲間で神道の力をつかう、いわゆる巫女という奴だ。
隣に座ると清楚な小さめな顔とは不釣り合いな活発な目で、俺をのぞき込むように見つめてきた。
首元で束ねた長い髪の毛が、顔の動きに合わせて大きく動く。
「――俺の顔に何かついているか?」
「ううん逆。今日は顔にヨダレがついていないなあと思ってさ」
「……前のことをいつまでも引っ張る奴だな」
「前、じゃなくて、いつもでしょ?」
「それは子供のころの事だろう」
「あれ、そうだっけ?」
何が面白いのか、耳障りのいい声で笑う。
こういうとき互いにガキの頃から知っている、幼馴染みという奴は始末が悪い。
「清十郎はまだか?」
「まだだよ。たぶん小角先生の所」
飛輪の構成員はどこにでもいる。
俺たちの学校の国語教諭である小角は、そんな連絡員の一人だ。
俺たちの仕事は近くで霊障と言われる鬼や悪魔の被害が起こったときに動くか、飛輪から直接現地にいる鬼祓師に依頼とされる。
今回は後者の用件とのことだ。
授業がどうとか、最近出来たらしいパフェの店とかを月雲が話すのを聞いていると、やがてドアが開き、三人目が姿を現した。
「済まん、待たせたな」
同級生の若宮清十郎がさわやかな表情で教室に入ってくる。
「お疲れ様、清十郎」
月雲に合わせて「よ」と手を挙げると、同じように小さく片手を挙げて返してきた。
百八十を越える長身痩躯で、短い髪の毛の下にある眼鏡をかけた表情はあいかわらず知的な雰囲気がある。
俺には絶対だせないだろう。
実家が寺なこともあって、礼儀作法が俺たちよりしっかりしている。
その寺は代々密教の力を使う家系で、本人も法力僧だ。
「小角先生の所に寄る前に生徒会の仕事を頼まれていてな。遅くなってすまない」
「清十郎、相変わらず忙しそうだな」
どこか生徒会長とか委員長という雰囲気がある清十郎だが、実際生徒会の役員でもある。
「ああ。お前達が少しは代わってくれるといいんだがな」
「えへへ」と月雲が向いた矛先をごまかすように乾いた笑い声をあげる。
「そういうのは適材適所といってだな。おまえ以外に適任はいない」
ぽんと肩をたたくと特に表情を変えることなく眼鏡の縁に手をあてる。
「大丈夫だ。言ってみただけで期待はしていない」
「あ、清十郎。その言い方ひっどい」
「ほう、月雲。今度から君が飛輪からの依頼のまとめ。本部への報告。怪異の伝聞記録をやってくれるのか。さすが高校二年生ともなると違うな」
「あ、えーと……ほら。それはそれという奴でして」
うっすらと汗を浮かべながら清十郎から顔を背ける。
「月雲をあんまりいじめてやるなよ」
「つい、な。だから安心しろ、月雲」
からかわれたことに気付いた月雲が抗議の声をあげるが、清十郎はやんわりとかわす。
幼い頃から身に染みついた力関係ってのは、なかなか覆らないもんだ。
「で、飛輪の仕事ってどういうの? 最近連日だよね。八代じゃないけど寝不足になりそう」
「仕方が無かろう。親父どの達が今は忙しいからな」
「……まあな」
飛輪結成のきっかけとなった過去に封印されし悪魔。
九尾の狐や酒天童子に匹敵するといわえるそいつの封印が最近ついに解けてしまった。
正六階位以上のほとんどの鬼祓師達がそいつを追っている。
追い詰めてはいるようだが、民間人に被害がでないことを最優先としているので中々トドメをさせず、連日連夜駆けずり回っていた。
で、人手が足りないってんで学生の俺たちに仕事が廻ってくるわけだ。
世の中うまくできているねえ。
「さて、任務の話をしようか」
清十郎はそういうと、鞄の中から角三形ぐらいの薄緑色の封筒をとりだした。