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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
7章 ワルプルギスの夜
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違和感

 元の夜空が戻り、上空では星が輝いている。

 周囲の木々は歪なままで、ちょっと環境への悪影響とか懸念されるところだが、あいにく今の俺たちに大自然を慈しむ余裕なんてない。

 今夜を、また明日から激しい戦いが待っているのだろうが、ひとまず今夜を乗り切った安堵感が満たしていた。

 決して大きいとはいえないが、至るところで呆けた笑い声が聞こえてくる。

 地上に降りた俺だが、最初にやったことはぶっ倒れることだった。

 いや、マジでもう動けねえぞ。

 周囲を見渡すと俺だけじゃあなく全員が肩で息をしていた。

 誰も彼もが疲れで顔色が悪く、頭も服も汗でびっしょりだ。


「八代」


 呼びかける声に身体を起こし、声の主に頭を向ける。


「これで完全に終わったのか?」


 清十郎が俺の方に歩みよってきて、状況を確認するように俺に尋ねてきた。

 他の術士達は座り混んでいるか、立っているのもやっとだというのに元気な奴だ。

 ま、もう俺たちを捕まえようとか考える奴もいないだろうけどさ。


「みたいだぜ。門が見えない」

「そうか……強力な悪魔がいれば危なかったな」

「……確かにな」


 数こそ多かったが出てきた鬼はいわば低級だ。

 修羅と呼ばれるやつとまで言わないが、前にマンションで深夜を襲ってきた程度の悪魔が一匹でもいたらどうなっていたか。


「シンヤと月雲は?」


 探したら二人はすぐに見つかった。少し離れた先にある負傷者が集められた結界内にいる。

 月雲も術を使いっぱなしで疲労があるのか地面に座りこんでいた。

 俺に気付くと疲れた笑顔を向ける。そして隣でけが人の包帯を巻いている深夜の肩をつついた。

 その深夜は俺の姿を見るや否や勢いよく立ち上がり、慌てて駆け寄ってきた。


「大丈夫なの? ケガとかない?」


 行動とかがどうも動物っぽいよな、こいつ。

 そうか、子供というより猫みたいなんだ。


「ああ、お前は?」

「平気。そもそもあたしは何もしていないし」

「そんなことはないだろう。治療とかも手伝ってくれていたし」


 さっきまで深夜に手当てされていた男が、突き飛ばされた勢いで石に頭をぶつけて悶えているのが視界の端に映ったが……許せ。見なかったことにさせてもらう。

 もちろんそんなことを知らない深夜は「へへへ」と照れたように笑う。

 それから上目遣いに俺を見上げた。


「終わったの?」

「ひとまずな」

「八代、本当に空とか飛べるんだ。凄いんだね」

「ああ、言っただろう。俺は強いって」


 笑顔を返すと隣に目線を向けた。


「それに清十郎と一緒だしな」


 別に存在に気付かなかった訳ではないのだろうが、改めて紹介されると相変わらず緊張した面持ちで後ずさる。

 しかし視線を下に向けながらも、おずおずと口を開いた。

「助けに来てくれて……、それと、ありがとう……」

「こちらも思うところがあった。気にしないでくれ。それに八代のことは礼をいわれるまでもない」


 こんな激闘の後だというのに、相変わらず小憎らしくなる爽やかな笑顔だ。

 しかしさすがは清十郎。

 通訳なしでこいつの言うことを理解するとは。

 深夜は安心したように胸元を抑え息を吐き、すぐに俺の方に視線を向け直すと「でも」と続けた。


「ほら、あたしって鬼を強くしたりするんだろ? それ大丈夫だったの」

「……大丈夫だったみたいだな。そんなことよりお前が狙われないかの方が心配だったんだが」


 それにもう一つ。

 三週間後の筈のゲートが今、しかもここで開いたのが気になった。

 最初に襲われたとき、それから三日後の陰腐。

 さすがに三度も偶然はおきない。

 こいつの能力、女王蜂だっけか。鬼をどうこうよりむしろ……。


「大丈夫。その首と手に巻いている奴が効いている」


 横から割り込んできた女性の声に思考が中断する。

 咄嗟に深夜を背中に隠して霊符を入れている懐に手を入れた。

 清十郎も錫杖を身構えている。

 姿を見せたのは二十代半ばほどの女性。

 小角と一緒に最初からいた呪禁師だ。


「俺たちの怪我なら大丈夫だぜ。ほら、向こうに怪我人がいるだろ?」


 こいつの名前が何か、同じ飛輪とはいえ知らない。だが呪禁師は怪我の治療に長けているのは知っている。

 頭をまだ押さえ悶えている向こうの男を指さすが、見向きもしなかった。


「警戒するのは当然だが、お礼ぐらいは言わせて欲しいな」


 汗のついた前髪を手で流すと、両手をゆっくりと挙げた。

 その動作だけで手が震えるほど疲労しているらしい。清十郎が眼で合図を送ってきたので、話の先を促させる。


「シンヤを生贄にしようとした事に対する申し開きかよ」

「それに関しては最善との判断だった。そして彼女も納得していた」


 表情を変えずにのたまう。こいつも小角と同類か。

 ……と思っていたら眉間に皺を寄せると済まなそうな表情を作り、手を元に戻して頭を下げる。


「だが離反した身で助力してもらったのには感謝の言葉もない。手助けがなければ被害は甚大になっていただろう。おかげで死傷者はださずにすんだ。ありがとう」

「……協力はお互い様だ」


 この呪禁師は先程の戦い、八面臓腑の奮戦をしていたのを見ている。

 何百という眷属に怪我人の運搬や手を離れた呪具の回収を任せ、自身は戦線の真っ只中で小角と共に指揮や叱咤激励を行っていた。

 その上で術による回復を繰り返しつつも、他所の援護を広範囲にわたって支援しているのが空から見たのだ。


「お礼を言ったからさっきの続きをしようってか」

「……今更やるまいよ。もう終わったことだ。今後は正攻法で当たっていくことになるだろう。それに……お前達はあのとき逃げようと思えば出来たはずなのだからな」


 嘘は言っていない。おそらくだが。


「それでさっき言おうとしたのはどういうことですか?」


 清十郎に促され頭を上げると、深夜の方を見ながら言葉を開く。


「女王蜂は鬼を引き寄せ、能力を強化させる厄介な力だ。そして能力を完全に抑える術は知らない。だけどその封印がある限り気付かれないようには出来るのさ」


 てことは防ぐ手段はないから隔離するというのは、生贄を確保するための方便か。

 口に出して文句を言ったら悪びれもせず「その通りだ」とのたまいやがった。


「といっても霊的に強い所で陽気を高めてながらこそ初めて封印が出来る。まるっきり嘘でもない」


 つまりこのまま連れ帰ったらまた狙われると言いたい訳ね。


「さっき狙われなかったのも同じ理由か?」

「おそらく。結界内から出なかったし、瘴気に溢れていたからだろう。綺麗な空気に異臭が混じるとすぐ解るが、別の異臭に混じってしまえば多少なら気付かない」

「瘴気に交じって……」


 やはりなにかひっかかる。うーんと考え込んでいると「八代?」と背中から心配そうに声をかけられた。


「何か気になるとことでもあったの?」

「……少しな」


 そもそもこいつの能力、女王蜂の持ち主が生贄になる資質を持っているのはどうしてだ? というのは前から考えていたことだ。

 鬼が必要とする能力。

 同時に魔界からの大侵攻を命を持って止めることが出来る。

 これではまるで……。


「さっきあんたが言っていたことだが」

「能力を抑えているという話か?」

「……いやそこじゃねえ」


 なんだか解らねえが、違和感を覚えている。

 凄く大事なことのような気がする。


「もういいのではないか、八代。こうしてひとまずワルプルギスの夜は一旦終えた。後は編成されている筈の後詰めに合流するために一旦引き上げよう。俺たちの当面の役目は終わった」

 清十郎がそう意見し、顔を向けると視線を別の所に向けた。

 視線の先には治療術を終えたのか、月雲が汗でべっとりした長居髪の毛を結び直しながら近寄ってきていた。

 足下には眷属、ではなくマヤがついてきている。

 そうだな……とりあえず深夜を家に帰し、親父達に今夜の報告を済ますか。

「帰るぜ。文句ないだろう」


 呪禁師は強ばった相好を崩す。

 冷たい感じの奴だと思っていたが、笑うと案外愛嬌があった。

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