今生大天狗
俺の異名は『今生大天狗』。
自分で言うのは恥ずかしいが。それは陰陽師随一の神行業の術使いで、高位でもある飛行術を使いこなせることにも由来する。
「飛輪正七階位。陰陽師・大天狗出る!」
敵味方の術が飛び交う中、俺は飛行術で空へと飛び上がった。
無数の術が目と鼻の先を通る。
すぐに仲間の姿が小さくなり、代わりに空からむかってくる無数の鬼の姿がだんだんと大きくなってくる。
悪魔どもは現界の力では傷つかない。だから落ちることを一切気にせず上空から攻撃が出来る。
それは戦闘において圧倒的に有利だ。
だからこそ、その圏内でたたき落とす必要があった。
敵の姿が眼前までせまる。
特に早い奴が手始めに俺をやろうと、かぎ爪のついて右手を振るう。
おれはそれを指先の動きで軽くいなし、そしてその流れのまま裏拳をたたき込んだ。
もちろん術を込めてだ。たちまちその鬼は地面へと落ちる。
わずかな時間差で五匹ほどがせまっていた。
高度を保つと、俺は両手を構え、迎撃体勢をとった。
術や飛び道具を飛ばしてくるいくつかを左手の結界術で防ぎ、右手に印を組み肘から上の動きだけで襲いかかる四匹をたたき伏す。
「火爆符」
最後の一匹には霊符をアッパーとともにたたき込む。
真上へと吹っ飛んだ悪魔は、他の数匹を巻き込みながら爆破した。
「どうした、来いよ」
俺はその場でとどまり、敵の落下に供える。
たちまちに上から、そして飛べる奴が上下左右、360度パノラマで襲いかかってくる。
結界符を張ると、襲ってくる悪魔どものの爪や、牙。あるいは火弾を指と身体の動きでかわす。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
そして印を組みながら周囲の悪魔どもを祓っていく。
瞬きすらする間もない攻防だが、俺には慣れっこだった。
一瞬赤い光が遮られる。
頭上から三メートルほどある悪魔――その姿は昔話の鬼そのものが――巨大なオノのようなものをっもって俺にたたきつけたのだ。
その斬撃は一寸違わず俺を切り裂く。
俺が一瞬前までいたところを。
俺は飛行術でその悪魔の背後に回り込んでいた。
この程度の速度で飛べないようでは「天狗」なんて異名はつかない。
すぐさま五芒をきり、術を真下の巨大悪魔にたたきつけた。
ち、さすがにでかいだけに落ちねえか。
が、舌打ちする間もなく、頭上が怪しい光に包まれるのに気づく。
上空の何十匹かが、俺に向けて一斉に光線のようなものをうってきたのである。
「うお!」
慌てて結界術を張る。だが勢いに押されて、悪魔の背中を足場にしてなんとか踏みとどまった。
下の悪魔も攻撃を受けているが、全く関係なしか。
さすがにこれだけの攻撃、結界術が持たないか。
だが敵の攻撃がふと鏡に反射するように分散仕始めた。
月雲の援護か!
俺がこの高度まで待ったのは、味方の術が届く距離だからだ。
さすがに俺一人で攻撃も防御もなにもかもやるのは骨が折れる。
「サンキュー、月雲。……護身剣」
術で霊符から剣を取り出す。
それをまず足場にしていた悪魔に突き刺してとどめを刺すと、寄ってきた数匹の悪魔を返す刀で切りつけた。
再び飛び上がると、数匹の悪魔を剣で刺す。
そして先ほどと同じぐらい巨大な悪魔が大剣の振るってきたので、そいつに剣を投げつける。
額に突き刺さり、剣とともに悪魔は落下していった。
護身剣を失ったが、今回は元々全飛輪を敵に回すつもりだったのだ。準備は万端だった。
「星辰弓」
霊符から弓を取り出し、真上にむかって矢を放つ。
矢は弧を描きながら何十匹かの悪魔をなぎ倒していった。
余韻に浸る間もない。
すぐに別の悪魔が俺の周囲に集まってはあるいはそのかぎ爪を、あるいは術のようなもので攻撃してくる。
上から、下から。
前から、後ろから。そう、全角度から。
それを体術でかわし、あるいは結界で守りながらそれをたたきのめしていった。
「あれが陰陽道の大天狗か」
「さすが遠間五行頭の息子……」
そんな感嘆の声が下から聞こえてきたが、そんなものにいい気になったりはしねえ。
この程度、俺にとって当然だ。
式神が苦手で、長距離の射程術が苦手な俺にとって近接戦闘は唯一といっていい特技だからよ。
「どうした。牛頭・馬頭二体の方がよほど強かったぞ」
俺の挑発の声が聞こえたわけではないのだろうが、新たに何十匹かが俺の方にむかってくる。
俺は不敵に笑うと、塊を迎え撃った。