前哨戦
赤いカーテンが、夜の空全体にかけられている。
それが最初の印象だ。
陰の気がが高まるにつれて、ゆっくりとカーテンが開かれていく。
気がついたら空という空を、鬼が埋め尽くしていた。
周囲の青々とした森が、奇妙な形をした枯れ木へと変貌していくのが気配でわかる。。
空から溢れる瘴気が原因だ。
本来奴らと遭遇する奈落は、現界から少し位相がずれるのだが、ここまで大きな門だ。
漏れる瘴気だけでもかなりのものだ。
この辺りは現界でも被害は甚大なものだろうな。
一匹一匹は豆粒みたいな大きさだが、次第に空よりも点の方が多くなっていくのが嫌でもわかる。
それがだんだんと大きくなってくる威圧感は相当なもんだ。
奴らはまっすぐに降下して来ている。
最初の敵が俺たちだってわかっているんだ。
こうなると飛輪に所属する鬼祓師としてやることは一つだ。
「月雲、シンヤを頼む。清十郎、行くぞ」
鬼から人々を……いやそんなきれい事はいらねえ。
自らの身を守るために協力し合って迎え撃つしかない。
全員が俺たちから注意を上空へと向ける。
誰もかれも緊張で表情が強ばっていた。
もちろん俺たちもだろうさ。
清十郎にやられて気を失っていた三人も、その間に術で意識を取り戻した。
起きてすぐの光景に少しパニックを起こしたが、戦闘のプロたる鬼祓師の一員だ。
すぐに状況を理解し準備を整える。
「ワルプルギスの夜が始まった。準備は不足も我らの本分は鬼より人々を守ること。総員迎え撃て!」
小角の声に全員が館から飛び出すと、迎撃体勢を取った。
俺たちを攻撃するために召喚した式神や眷属達、準備した術はそのまま鬼達へと矛先を変える。
鬼祓師の数は百人以上いるが、向こうは数千……ヘタすりゃ万だ。
しかも正四階位の小角が指揮をとるってことは、この場には上級位の鬼祓師がいないってことだ。
小角達四人がこの集団の、本来の任務の指揮チームだったのだろう。
無論深夜を確保して、俺たち三人を相手取るには充分過ぎる戦力だ……が、これだけの鬼相手だと戦力が圧倒的に不足と言わざるをえない。
圧倒的な数の差は協力し合うことで埋めるしかねえ。
ゆっくりと、だが確実に迫ってくる鬼達の群れ。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
押しつぶされそうなほどの緊張感の中で、俺たちは迎撃態勢をとっていた。
先制攻撃はあちらさんだった。
相手との距離が正確に測れず、術が届く範囲までじっと耐えていた俺たちに対して、後方の鬼達がいきなり黒い光弾を何百発も放ってきたのだ。
もちろん術による結界を張っていたが、ここまでの攻撃には耐えられない。
上空からの苛烈な攻撃に結界が破られ、何人かの鬼祓師が倒れた。
一人が倒れるとその分術の援護が減る。
そこから早くも陣形が乱れ始めた。
小角たちが叱咤するが、雨のように降り注ぐ光弾の中では士気を保つことは難しい。
「もうダメだ!」
誰かが本音の悲鳴を上げてふさぎ込むと、それが伝染していく。
個々の史気の低下はチームの崩壊に繋がる。
このままだと相手とまともに戦うことすらなく崩壊するかもしれない。
そんが危惧感を破ったのは清十郎だ。
「キエエエエエ!」
と全員に響き渡る気合いの声をあげると無数の三鈷杵―刃がフォークみたいに別れた掌ほどの法具――を上空に飛ばした。
三鈷杵はものすごい速度で飛んで上空の鬼に突き刺さる。
それはそのまま一匹を貫通すると、空中で回転し出す。
やがてその周囲に炎が纏い、近くにいた無数の鬼共を朱に染めた。
その威力に鬼祓師たちから「おおお」という歓声があがる。
「オンキリキリバサラ、エイルテアル……チェストおおおおおお!」
続けて錫杖から放たれた強力な雷の術が、鬼共を撃ち落としていく。
破壊力も下級位屈指だが、こいつの優れたる所は無尽蔵のスタミナだ。
小角達四人を相手にした直後にもかかわらず、疲れを知らないバイタリティーで強力な術を連発する。
一発一発が確実に鬼を削っていった。
「貴様等はそれでも飛輪の精兵か! 未成年にばかり働かせて顔を背けるような腰抜けなど鬼祓師にいない! 意地を見せろ! 動ける者は若宮を援護しろ!」
小角と一緒にいた女性呪禁師が叱咤すると、浮き足だっていた鬼祓師達は立ち直っていく。
攻撃の術を得意とする者は矢継ぎ早に術を連発した。
無数の術が飛び交い鬼達を沈めていく。
鬼達から放たれる術は、その呪禁師が中心となってサポート体勢がとられた。
眷属を走り回らせてけが人を召集すると、仲間である陰陽師などの防御が得意な者を集めて二重結界を張り、非戦闘員の深夜共々けが人を守る術を張る。
ひたすら結界やサポートの術で援護し、迎撃チームの身辺を守り、余計な負担をかけさせないように苦心していた。
月雲は眷属を迎撃に出させて、自らは深夜を守りながら術でサポートをしていた。
俺たちとガキの頃から組んでいるからか月雲は補助術とサポートのタイミングに長けている。
サポートチームの中心として術と声を飛ばし続けていた。
第一陣の攻撃が落ち着き、鬼達が見える範囲内に降下を開始していく。
ここまでの俺は主役とはほど遠く、それまで結界の術でサポートしていた。
俺の本領は肉弾戦。そして仲間の術の援護が届く範囲まで敵が押し寄せてきてからだ。
そしてそのタイミングは今だった。
迎撃の為に、俺は空を見上げると地面を蹴った。