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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
6章 反旗
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小角という男

 小角は俺のように生まれながらの陰陽師の家系ではない。

 元々は普通の家庭で育っていたが、昔何らかのきっかけがあってこの道を選ぶことになったらしい。

 俺のじいさんがケガで鬼祓師を引退をしてしばらくの間、後進の育成に取り組んでいたらしく、小角はその時に基礎を学んだ弟子の一人だ。

 それすらも引退した後じいさんは俺の師となったわけだから、俺と小角は兄弟弟子になる。

 最もそれを知ったのは、じいさんが亡くなる少し前だったが。

 その小角はここ数年で頭角を現し、こと式神に関してはじいさんの弟子の中で随一といっても過言ではなかった。

 今際のじいさんから式神の秘技を受け継いだ、正四階位の鬼祓師。

 飛輪本部と俺たちの地域の橋渡し役で、表の顔として高校教師の職に就いている。

 それが俺の知っているこいつのすべてだった。

 化け物しかない上級位に近い実力まで一気に上り詰めたのはそれだけ静乃のために、静乃の意思を守るために死ぬもの狂いで修行をした結果だろう。

 こいつほどの式神使いになるには、どれほどの修行が俺には必要か。

 いや、素養の問題もあってヘタすりゃ一生その域までたどり着けないかもな。

 だけどよ。

 悪いが俺は鬼でも悪魔でもない。

 そして式神では敵わなくても、対人戦闘に関しては俺の方に分がある。

 時間にして数分経っただろうか。

 小角は血まみれの顔で床に伏していた。

 式神は完全に消滅している。

 元となる形代も破壊しつしており、もう二度とこの式神は動くことないだろう。

 牛頭、馬頭。長い間じいさんと小角をありがとう。そして悪いな。


「清十郎に一人だと勝てなかったと宣言しているお前が、俺に勝てると思っていたのか?」

「……化け物め……この両式神で全く歯が立たないとはな。さすがは師匠の孫にて最後の弟子なだけはある。受け継いだ才能の違いか……」

「得意不得意の違いだよ。俺は神行業の術……天狗の術に適正があっただけだ。俺からすると成人前にこの道に入ってここまで式神を極めたお前の方がよほど化け物だがな」


 倒れた小角を見おろしながら告げると、仲間の方を振り返った。

 月雲は清十郎を介抱しており、深夜はマヤを抱いたまま目を見開いていた。


「月雲、清十郎は無事か?」

「術で眠らされただけみたい。もうすぐ起きると思う」

「シンヤ、なんだ?」 


 俺が声をかけると、呆けていた顔に光が戻ってくる。


「……八代、本当にむちゃくちゃ強いんだな……」

「なんだよ。惚れたのか?」

「……そのへらず口、黙らせてやるから歯を食いしばれや」

「せめて脱出するまで待てよ」


 極めて当然の意見だと思うのだが、顔を紅潮させてマヤを片手に抱いたまま右拳に息をかける。

 ひょっとしてさっきゲンコツと頭突きを食らわしたのを恨んでいるのか?

 どう言い逃れしようかなと考えていたら「駄目よ」と月雲が横から声をかける。


「女の子なんだからこういうときは拳じゃなくて平手じゃないと」


 止める気はないのか?


「それに折角かわいいんだから少し言葉遣い気を付けようよ。ね、シンヤちゃん」


 無邪気に笑顔を向けられ。深夜は口をぱくぱく動かしながらたじろぐ。

 俺んちに初めて来た時のような表情だ。

 何かを言おうとしているが意味ある言葉にならず、「ね」と笑いかけられ「はい」と素直に返事をすると姿勢を正した。

 月雲の奴、扱い方をだいぶ心得てきたようだ。

 さすがに後輩の面倒見がいい奴は違うぜ。


「その代わり後で手伝ってあげるから」

「はい!」


 なんでやねん!

 こいつら共通の敵を前に友情が芽生えた?

 俺敵なの? 


「……お前達どうする気だ」


 倒れたままで小角が声をかけてきた。

 もう一度振り返って奴の顔を正面から見おろす。


「どうするも何も。最初からここを脱出して逃げる気だよ」

「どこへいくと? これは飛輪の決定だぞ。お前達は飛輪に居場所がなくなる」

「かもな」

「それどころかワルプルギスの夜が始まるまでに、必ず見つけ出そうとする。安息の時はないぞ」

「目的をはき違えているんじゃねえよ。飛輪の仕事は鬼や悪魔の退治であって、こいつの殺害じゃあねえだろ」

「それでもだ……」


 小角は身体を起こし、立ち上がろうと手を床に付ける。


「無茶しない方がいいぜ」

「無茶位はする。静乃のことだけではない。俺は自分の力でより多くの人を救うために飛輪に入った。そのために黄泉坂を渡すわけにはいかない」

「……たいした執念だな、おい」


 震える足を、意思の力で押さえて立ち上がる小角に驚嘆すらあ。


「まさかお前、式神もなくなったのに一人で相手する気か?」

「まさか」


 小角は笑いもせずに霊符を取り出すと発動させる。

 何の術かと身構えた次の瞬間、雑多な気配が周囲にあふれかえる。

 空間が蜃気楼のように歪み、それが晴れたとき、俺たちは囲まれていた。

 何十人、いや百人を越える飛輪の鬼祓師達に。


「惑わしの術を……そんな、全然……」


 月雲が驚愕の声をあげるのが耳に入る。

 ああ、全く気がつかなかったぜ。


「他に術を使わないと思っていたら、この準備をしていたのかよ」


 冷静に考えれば深夜はワルプルギスの夜に対する最大の切り札だ。

 そりゃ小角ら数人だけに防衛を任せるほど甘くはねえか。


「取り押さえれるなら式神で取り押さえるつもりだったさ。だがやはり一人で無理だったようだ」


 特に勝ち誇りもせずに淡々と続ける。

 他の術を使って干渉し合ってバレないようにしていたってのかよ。

 用意周到な奴だ。

 本能的に懐から霊符を出そうと手を伸ばす。

 同時に周囲の鬼祓師達がそれぞれの武器や術を俺に向けた。


「ここまでだ、遠間。お前を飛輪に対する反逆で拘束する」


 洋館に小角の静かな声が響き渡った。

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