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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
6章 反旗
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待ち伏せ

「八代、ちょうど良かった。終わったところ」


 ドアを開けると月雲が駆け寄ってきた。

 眷属の気配もなく、術が解かれたのか館の姿がさっきより鮮明になっている。

 俺の側に来ると、背後にいる深夜に気付き、いつものように笑顔を向けてきた。


「黄泉坂さん、大丈夫。怖いこととかなかった? 怪我とかしていない」


 まっすぐな好意を向けられて、深夜は俺の背中に隠れた。

 悪いな月雲、こいつはこういう奴だよ。

 それでもにっこりと笑顔を向ける月雲に対して、こいつなりに思うところはあったのだろう。

 背中から首をだす気配があり、それから背後の俺がようやく聞き取れる声で、


「……迷惑かけて、その、あ、あと。どうも……」


 とたどたどしく伝える。

 まったくもう。


「『いろいろ迷惑かけて申し訳ありません。それと助けに来てくれてありがとう』だとよ」

「ふふふ、どういたしまして」


 年上の月雲が余裕を見せる。

 ファーストコンタクトの印象の悪さと俺の怪我とかで一時敵意を持っていたようだが、本来月雲は面倒見が良くて人を気遣える優しい奴だ。


「とにかく帰ろう。四人でカラオケとファミレスに行くんだから」

「……カラオケ?」

「脱出したら説明する」


 いぶかしげに首をかしげる深夜に適当に答える。

 後は清十郎と合流して脱出するだけだが……。


「待て」


 先行して歩き出した月雲の背中に声をかけた。


「清十郎の声が聞こえない」


 言われてから気がついたのか、月雲がはっとした表情で振り返った。


「式神を全部倒したんじゃあ」

「だったらいいが逆の可能性もある。何かあったら月雲はシンヤと脱出してくれ。俺は清十郎を拾ってから後を追う」


 簡単に打ち合わせると、深夜の手を引き一階へと急ぐ。

 ドアは俺たちが入ったときと同様開け放たれていて、明かりが外から入ってきていた。

 違うのはそう。ドアの前に男女四人が倒れている。

 三人は知らない人間だが、もう一人は清十郎だってのが遠目でもわかる。

 駆け寄りたいが、それは退路を防ぐように立ちふさがった男を前に断念するしかなかった。


「小角……」


 その左右には戦闘特化の上位式神、牛頭と馬頭が控えている。

 さすがの清十郎も、遠間家で長年守護神をしていたこいつら相手は分が悪かったか。


「さすがは若宮だな。若手の有望株の筆頭と噂されることはある。七階位とはいえ実力は中級位の上位程度はあると思っていたが、俺の見立てが甘かった。ここまでとは……。一人で来ていたらやられていたな」


 眼鏡の縁を上げながら、俺たちをギロリと睨んでくる。


「遠間、自分のやった事がわかっているのか?」

「それはこっちの台詞だ。生贄だなんて時代錯誤もいいところだよ」

「それを決めるのはお前ではない。黄泉坂、戻るぞ」


 俺の背後にいる深夜に向かって手を伸ばす。


「い、嫌だ」

「大勢の人が死ぬぞ」

「それでも嫌だ!」


 はっきりと主張したか、偉いぞ。

 なら俺はお姫様の意見を通すまでだ。


「そういうわけだ。赤の他人の為に死ななければならない法も道理もないんだよ。だからどけや、小角」

「どくわけにはいかん」


 小角は主張すると指を動かす。

 二体の式神が主に仕える騎士のように小角の前で牽制をかけてくる。

「師より受け継いだ牛頭と馬頭。暴れ出した鬼を捕まえるためのものだが、お前も知っているように純粋な力なら戦車とも渡りあえるように出来ている。熊程度なら簡単にたたきのめすぞ」

「おいおい、ひでえな。俺は熊扱いかよ」

「お前が熊ほどかわいい相手なら苦労はしないがな」


 小角はそう言いながら眼鏡に手をかける。


「霊力でこそ若宮に一歩譲るが、遠間。お前も本来ならもっと上位階位の実力だ。飛輪では高卒以上が中級位の認定条件だから下級位に甘んじているがな。こと対人相手だと上級位とも互角に渡り合えるだろう。天狗の技を得意とし、今生大天狗と異名を持つような猛獣相手に、手加減が出来るわけ無い」

「やめろよ、そういう厨二みたいな異名」


 ちなみに中級位というのが正六階位以上だ。

 背後で深夜が「え?」と声をあげる。


「……八代って凄かったの?」

「見ていて気付かなかったのかよ」

「だって……いつもぼろぼろだし」


 そういう風に思われていたのね。

 悲しすぎて涙がでてくらあ。


「遠間。別に私はお前と戦おうとしているわけではない。話を聞けといっている」

「シンヤを殺す算段ならお断りだぜ」

「……確かに彼女は犠牲になってもらうしかない。だが考えてみろ。ワルプルギスの夜の被害はこの街にとどまるレベルではない。お前達はまだ小さかったから事態の深刻さを完全に理解していなかったかもしれないが、被害の中心では凄惨なことになる。前回来た所は街そのものが津波で沈んだ。何千人と死に、何万人も心に傷を負った。そういう人達をなくしたいと思わないのか」

「前回の被害は場所もわからず奇襲だったんだろ? 今回は来る場所もわかっているんだから前みたいにはさせねえことは出来るはずだ。俺たちが死ぬ気で戦えばその被害は少なく出来るはずだぜ」

「……飛輪の被害は前回の比ではなくなるぞ」

「だからどうした。馬鹿か? 船乗りが船沈むからって、一般人をおいて逃げるのかよ。警察が犯罪事件に巻き込まれて、死にたくないから一般人を盾にするのかよ? それは数じゃなくてそういう仕事を持っている人間の義務だ。だいていてめえも教師だろう。生徒を守る職業だろうが」

「……その通りだ。この街に来る以上は学校の生徒も被害にあるだろう。遠間、それに巫条。お前達のクラスメイトやその家族が犠牲になるかも知れない。その事を考えたりはしなかったのか?」


 そう来るか。

 俺は一般的な高校生ほど、学校に強い執着を持っているわけじゃあない。

 だけどクラスにはそれなりに話す奴もいるし、気に入っている先生もいる。

 食堂のヒゲダルマが作ってくれる蕎麦だって、珠に食べたくなる程度には好んでいる。

 月雲は学校でも仲のいい人間も多いことだし、今のはかなり揺さぶられるだろう。


「学校の生徒ね。シンヤも生徒の一人だぜ?」

「重々承知だ。大切な生徒を失う罪、俺は一生背負う覚悟がある。彼女が一人犠牲になってもらえれば他の生徒全てに危険な目に合わせることはなくなる。そう言って納得してもらった筈だが」


 深夜が服の裾を握ってくる力が強まる。

 なるほど、それで納得したのかお前は。

 だけど今の決断を悔やむ必要はないんだぜ?

 俺は小角を正面からにらみつけた。

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