若宮清十郎
「ここか」
俺たちは頷き合う。
全員鬼祓師としての正装だった。
清十郎は法衣に錫杖といくつかの数珠。
月雲は白衣に緋袴、いわゆる巫女の格好だ。
俺はというと篠懸という黒を基調とした和装だ。
肩には家紋が縫い付けられている。
内ポケットには大量の霊符や呪具を忍ばせていた。
陰陽師はなぜだか平安貴族を連想するような格好だと勘違いされるが、これが俺達飛輪所属・陰陽師の正装だ。
もちろん伊達や酔狂でこんな格好をしているわけじゃねえ。
運動にジャージが合っているように、仕事にはこの姿が適しているからだ。
それに俺たちの服は呪を施した糸で編まれているので、見かけより頑丈に出来ている。
人間相手だとしてもこれ以上に相応しい戦闘服はない。
ちなみに深夜と出会ったときも同じ格好をしていた。
あのときは術で格好に違和感をもたれないようにしていたので、深夜は気付かれていなかったが。
「さて。ここまでは術で来たが、これからどうする八代」
洋館の場所まで大体二キロといった辺りだ。
山に入ってわかるがかなり清廉な空気が漂っている。
これはこの周辺が霊的に強い証だ。
「術を使うとばれる。……いずれはばれるだろうけど進入するまではなるべく見つかりたくない。ここからは走って行こう。車道を使わずにな」
「了解だ」
「ここで式神を失ったじゃない。それでばれていたりとかはしない?」
「俺の式神はほとんど霊力がないからな。術者が直接いたのならともかく、館から離れていたなら大丈夫だと思う。実際今日はあれから人が誰も出入りしていない」
「罠の可能性は?」
「ない、とは断言できない。その場合は深夜がいるかどうかにもよるけど、臨機応変に動いてもらうことになる」
「わかった」
「じゃあ指示はよろしくね」
「……ああ」
いつもならこういうのは清十郎の役目なのだが、今回に関しては俺が二人に頼んだのだ。
俺が指示をするのが当然、ってことになっていた。
なんというか人の分まで何をしてもらうか考えて動くというのはかなり神経を使う。
「俺の苦労がわかったか」
「はいはい。清十郎兄さんはいつも立派だよ」
心を読んだ清十郎に投げやりに答えたら、月雲がおかしそうに声を立てずに笑った。
「じゃあ行くぜ」
俺が号令をかけ走り出すと、二人は無言で付いてきた。
術を使わない、といってもそれは大きな術だ。
身体の疲労をとったりだとか少しばかり身体を操る術はこうして使っている。だから月明かりしかない夜の森を、こうして軽やかに走ることが出来た。
十数分も走った頃だろうか。
視界が一部明け、洋館が見えてくる。
手で停まるように二人に指示を出し、木陰に隠れながら様子を伺う。
森のど真ん中に、西洋を思わせる洋館があった。
場所が場所なだけにずいぶんと雰囲気がある。
伊緒里がやっていたテレビゲームに出てきそうだった。
式神を通して外観をなんとなくつかんでいたが、一体なんでこんな建物にしたのやら。
「館全体に術がかかっている。ドア以外からは入れないようにしているようだな」
「入り口に見張りがいるね」
目のいい月雲が入り口の大きな扉の前に立っている人を指差した。
黒服の二人の男性の姿をしている。
「あれは式神だな」
「小角先生のか?」
「おそらく。あれを倒すと小角が気付く」
「どうする?」
「そうだな……」
小角自身は神行業の術を得意としていない。
まあ、飛行術を使える陰陽師は飛輪全てを見渡してもほとんどいないんだが。
式神を通して異変に気付いてもすぐには来れないはずだ。
だが他の誰が一緒に組んでいるかわからない以上、過信は禁物だ。
「一人が中を突破して深夜を助けて脱出する。一人が占術で人の気配を察知し、なおかつ救出する人間に近づけさせないようにする。そしてもう一人が……これが一番大変だが中の式神を倒しつつ陽動。それから救援が来た際に他の者が脱出してくるまで、今度は逆に中まで入らせないように門を守る。さて役割をどうするかだが……」
「わたしは道案内役だね」
「月雲が一番得意な術だからな。それは当然だ。さて」
もっとも陽動として優れているのは俺なのだが……。
「誰も何もない。お姫様を助けるのは八代、お前の役割だろう。だったら最初の切り込みは俺しかいまい」
「……やってくれるのか清十郎」
一番危険な役目だぜ。言わなくてもわかるだろうがよ。
「たまには一人で、何も考えずに暴れたい時だってあるさ」
「……すまんな」
「代わりに例の奴、おごりは四人分だ」
「四人? もしかしてシンヤか? あいつが来てくれるかわからないぞ」
「それも含めてお前の仕事だ」
「あの子とわたし達、ほとんど喋った事ないもんね」
清十郎がにやりと笑い、月雲がその腹を軽く小突いた。
深夜を助け出したら、今後飛輪に追われるかも知れない。
それなのに気楽なこった。
だからこそ心強いんだがよ。
三人でお互いの役割を確認し合うと、頷き合った。
それが合図とばかりに清十郎が錫杖を握りしめて突っ走る。
「うおおおおおおお!」
有無を言わず式神の片方を、錫杖で殴り飛ばした。
「キイエエエエエエ!」
思わぬ侵入者に反応しようとしたも一体の黒服を、奇声をあげた清十郎がすぐさまぶっとばす。
そのまま扉を蹴り破り、叫びながら洋館へと突っ込んでいった。
若干呆気にとられたが今がチャンスだ。
二人で玄関へと走る。
清十郎にめがけて式神が群がっているのが見えた。
頼んだぜ、親友。
「人の気配が上の階からある」
最初に探すのは階段か。
術で気配を探った月雲に先導を任せ、ついていく。
やがて壁の前で立ち止まると、祓い棒を軽く振るった。
そこにはいつの間にか階段が現れていた。
「館全体に惑わしの術がかかっているみたい。突っ切るからわたしから離れないで」
普通に歩いているはずなのに、なぜだか道に迷っている、というような術だ。
昔なら狸に化かされたとかいうあれだが、やはりかけていたか。
俺なら時間をかけて解析するか無理矢理壊すかだが、月雲なら何事もなかったかのように術を通り抜けできる。
この辺りの術に対する融和性というか柔軟さは、俺には到底真似できない
。
「ふはははははは!」
館では清十郎の声が反響している。
相当数の式神があいつに集まっているようだ。
この数、式神を仕掛けているのは小角だけじゃあねえな。
だが、そんなことより。
「……あいつ溜まっているのかな、いろいろと」
「そうかもね」
古びた階段を先行しながら、月雲が微笑を浮かべた。