真実
「生贄、だと」
眠気眼をこすりながら学校に着いた俺は、早朝から二人を呼び出した。
予想したとおり、二人は眼を見開いてこわばった表情を俺に向ける。
「ああ、間違いない。あいつは次のナハトの乙女だ。飛輪は最初からシンヤを生贄にしてワルプルギスの夜を終わらせるつもりだったんだ」
そう考える根拠を二人に告げる。
静乃も深夜と同じ能力者だったこと。
ワルプルギスの夜が来るのがわかった時点で、おそらく計画は動いていたこと。
「そもそもダイダラボッチの目覚めは特型任務だった。俺達は予備としていつでも参戦できるようにしておかなけりゃあならないはずだ。夜出てきた鬼を滅するぐらいならまだしも、正鬼祓師に無期限の護衛任務を与えるなんてはじめからおかしかった。上級式神とかそういうのでも代わりは出来たはずだ」
特型任務とは任務に参加した鬼祓師の生命がきわめて危険な任務のことをいう。
その場合は遺言を家族に残すのが通例で、親父も出立前に俺達に遺言を残した。
幸いなことによみがえった悪魔は満身創痍であり、参加した鬼祓師たちの遺言は誰一人使われなかったのだが。
「小角の奴は最初から知っていたんだ。正鬼祓師が必要なぐらい、強力な悪魔を呼び寄せることがあるかもしれないこと。いや、もしかしたら能力を目覚めさせるためにあえてストレスをかけたのかもしれねえ」
「そんな、ひどい……」
月雲が憤りを隠そうともせずに声を荒げた。
「人の命をなんだと思っているの!」
「静乃さんが女王蜂の能力者だったとはな……確かにあの人はお前の家から出ることが少なかった。当時は気にしなかったが、霊的結界の強い場所から出ることを避けていたのか……」
静乃が生贄になったとき、それで悪魔の侵攻はぴたりと止んだ。
大規模なゲートが開くのと同時に深夜を生贄として差し出すつもりだろう。
小角が言った。
「今回は前のように被害を出さない」
間違いなく事実だろう。
なにせ今回は最初から生贄を差し出して抑えるつもりなのだから。
戦力を必要としているのは何らかの儀式が終えるまでの間、持ちこたえること。
それから失敗した時の保険といったところだろうか。
「かつては静乃が犠牲になった。だから俺たちが助かったのかもしれない。だけど静乃が死んだときに俺は誓った。こんな犠牲は二度とださないって」
「当然だよ!」
月雲が怒りを露わにして、続ける。
「まさかお父さんもそれを知っていて黙っていたとかなら、絶対とっちめてやる!」
「たぶんそれはないだろう」
飛輪ってのは結局協力機関であって、俺達土着の鬼祓師のまとめ役みたいなものだ。
相撲の部屋と、大相撲協会の関係と言えばわかりやすいだろうか。
俺んちは先祖代々陰陽師だから親父は地位としては高いところを与えられているものの、所詮部屋所属にすぎない。
小角のような飛輪本部仕えとは知っている情報量が違う。
「だがわかっているのか、八代」
興奮する月雲とは違い、清十郎は冷静な声で俺を冷ややかに見る。
「お前の推論が正しいとなれば、多数の同胞、それに多くの無関係な人々の命を救う為の、飛輪とて苦渋の選択の筈だ。その選択を台無しにするつもりか? その真相をしれば、親父殿たちも飛輪の決定に従う可能性が高いぞ」
もちろん考えたさ。
この結論にたどり着いたとき愕然となった。
そして考えなければならなかった。
ワルプルギスの夜は相当な被害が出る。
規模は毎回違うがそれは間違いない。
俺たちが全力で悪魔退治にいそしんでも、開いたゲートから溢れた悪魔による災害は必ず起こる。一般の人達にも多数の犠牲者が出るはずだ。
だったら深夜一人を犠牲にすれば、少なくとも一般人の犠牲者は彼女だけですむ。
だが深夜は確実に死ぬ。
黙って深夜を見殺しにするなんて、俺には出来そうになかった。
しかし深夜を犠牲にしないと確実に死ぬ人が大勢いる。
大事な人に先立たれて悲しむ者はもっとだ。
一晩中考え続けた。
考えてはぐるぐると、頭の中で答えの出ない思考が回転していた。
なるほど飛輪が俺たちに対して極秘にしているのは、そういうことなんだなと多少の後悔もあった。
何時間も悩み続け、気がついたら空が明るんでいた。