ワカレ
朝の五時。
空が明るみ始めているとはいえ、電気なしで家を歩き回るにはちと暗い。
電気を点けると、深夜はぎょっとした顔を向けた。
「なんだよ、起きていたのか?」
「出て行くときぐらいは見送るさ」
「怪我しているんだからわざわざいいのに」
「怪我してても、それぐらいなら出来るさ」
「そいつはどうも……あ、わかった。お前あたしと会えなくなるから寂しいんだろ?」
「ああ寂しいよ。マヤとしばらくお別れだからな」
名前を呼ばれたからか、かごの中でマヤについている鈴の音が聞こえた。
「なんだ? マヤは寂しくないってか?」
「お、マヤの喋っていることがわかるようになったのか?」
「なんとなくだよ」
ふふんと深夜は得意そうに笑う。
「なんとなくじゃあまだまだだな」
「へいへい。俺はマヤとの仲も陰陽師としてもまだまだだよ」
「……そっちは知らないけど。肩は大丈夫か? いつもあたしのせいで怪我ばかりさせて」
「怪我するのは未熟だからだ。そしてこれが俺の仕事なんだ。お前が気にする必要などどこにもない」
「……そうだよな。仕事だもんな」
「ああ仕事だよ」
深夜はふと、寂しげに笑った。
「今までありがとうな。仕事とはいえずっとあたしを守ってくれて」
「殊勝な態度を突然とってもきもいだけだぞ」
「うるせえよ、馬鹿」
最後にそう言い残すと「またな」と行って出て行った。
明けられた玄関から車が停まっているのが見える。
誰が運転手だとか、そういうのは確かめなかった。
別に寂しい訳じゃあない。
だから未練がましく外まで見送りにでたりしない。
「ご飯美味かったよ。ごちそうさま、ぐらい言っておいた方が良かったか」
車が走り去るのを確認してから、一人呟くと、俺は玄関を閉めた。
その日学校から帰ってきた俺は何をするわけでもなく居間でぼんやりしていた。
ここ最近は毎日深夜と朝夕一緒だったので、なにか生活リズムが崩れた気がする。
やらないといけないことはたくさんある。
だがなんとなくやる気になれず、時折台所の方に足を伸ばした。
意味なんて、特にない。
「どうしたの? お兄ちゃん」
俺がうろうろしていると、台所で冷蔵庫の前にいた伊緒里が見とがめてきた。
「何となくだ」
その答えに納得がいかなかったらしく、伊緒里は居間に戻る俺に付いてくると、そのまま横にちょこんと座る。
「シンヤさん行っちゃったね」
「そうだな」
「……寂しくなったね」
「ああ……」
認めるよ。
あいつの口汚い言葉を聞くのも、眼を輝かせながら古代遺跡の話をしているのを見るのも、存外嫌いじゃなかった。
偉そうなくせに人見知りで、わがままなくせに気を使ってばかりの矛盾の塊みたいな性格を、俺は結構気に入っていた。
ワルプルギスの夜。
悪魔開催、人間強制参加の狂乱の前夜祭。
あいつが早く元の生活に戻るために、一日でも速く終わらせねえとな。




