ゼロ号任務
あれから八年が経った。
あのとき俺達に力があればと、何度思ったかわからない。
もう二度と大切な者を失いたくなくて、自らじいさんに頼みこんで修行漬けの毎日を送った。
「前回は予測がつかなかったが故不覚を取った。我が国は同時期に地震、大型台風、津波、火山の噴火といった災害に立て続けに見舞われ大きな損害を受けた。飛輪もあの戦いで多くの犠牲をだし、数を減らした。もうあのような悲劇を繰り返すわけにはいかない」
「当然だ!」
思わず大きな声をだしてしまう。
だけどよ。
静乃を俺たちから奪ったワルプルギスの夜。
もう俺はあの頃の無力な俺じゃあ無い。
二度と同じ悲劇を繰り返させるかよ。
「また犠牲がたくさんでるのかな……」
「月雲……」
今にも倒れそうなほどの青い顔だ。
いつも笑顔を絶やさないこいつの顔が引きつっている。
瘴気に巻き込まれて亡くなった一般人も多くいたが、前線で戦った鬼祓師たちの損害はもっと大きかった。
40そこそこの親父が陰陽師の実働部隊で一番エライさんなのも、あの戦いでごっそりと人がいなくなったからだ。
じいさんもその時の傷が原因で、数年前に鬼籍に入った。
「そうならないために戦うんだろう。臆してどうするんだ」
「だがあの当時より飛輪は数を減らしている。気合いだけでは乗りきれんぞ」
「お前は戦わないっていうのかよ!」
「そうとは言っていない。ただがむしゃらでは八年前の二の舞だ。犠牲を減らすためにやるべき事を考えるべきだと言っている」
「若宮の言うとおりだ」
小角が低いが、よく通る声で言葉を続ける。
「八年前の悲劇を繰り返すわけにはいかない。それは我々の飛輪、いや世界中の鬼祓師の至上命題だ。幸い前回とは違い、我々はゲートが大規模に開く『歪み』の兆候をつかんでいる。悪魔共にいいように蹂躙されたりはしない。そのために準備も行ってきた。世界各国への救援要請も行っている……が戦力は必要だ」
一旦言葉を切って俺たちを見回す。
「当時は小さかったがお前達もすでに一人前だ。特に八代は七階位とはいえバアルを食い止めた実績から精鋭部隊への参加を要請されるだろう。今回の戦い、覚悟はあるか」
清十郎、月雲と顔を見合わせる。
月雲はまだ青い顔をしているが、俺達の覚悟を感じ取ったのだろう。
こくりと首を縦に振った。俺たちは同時に頷く。
小角はそんな俺たちを見て「そうか」と頷くと、視線を親父の方へ向ける。
「遠間さんは大隊の隊長の一人として、鬼祓師の指揮をお願いすることになります。正式な飛輪からの要請もすぐに届くでしょう。上位式神の使用の許可も降りることでしょう」
「承知した」
親父の奴使わないと思ったら、使用を禁止されていたのか。
なぜ? と少し疑問に思ったものの、今はそれどころではない。
「かつての悲劇が起こらないように食い止めましょう」
「かつてか……。かつての被害は子供らが二度と巻き込まれない為の最低限の犠牲と必死で考え込んだがな。まさか自分の子供達が再び同じ事に巻き込まれるとは……」
「万全は期します。ですが策はいくらあっても足りないことはない。そうでしょう?」
「そうだな……」
親父は自嘲気味な薄笑いを浮かべた。
わかっているよあんたの気持ちは。だが俺自身は望んだ道だ。
代わりに伊緒里と千春には傷一つ付けさせねえよ。
「この件に関しては今後も逐一連絡をいれる。さて、黄泉坂の件だが」
「!」
完全に失念していた。
元々はこいつの件で話していたのに、ワルプルギスの夜と聞いて頭から離れてしまっていた。
「こういう状況だ。悪魔を呼び寄せ、悪魔に力を与える能力者。それを大量の悪魔が現界に現れるという状況で放置するわけにはいかない。事件が解決するまで飛輪本部で身柄を預かる」
深夜をそっと見る。
相変わらず正座のまま身を固くしていた。
話においていかれている……ということはないようだ。
真剣な眼で小刻みに身体を震わせている。
「隔離って奴か」
「そうだ」
「他に手段は?」
「当面はない。冷静に考えてみろ。ただでさえ大量の悪魔が現れるというのにそれを呼び寄せる能力者だぞ。しかもすぐ近くにいる悪魔を強化させるときている。何かあって向こうの手に渡ってしまってはそれこそ人類に明日はない。もしかしたらまた新たなバアルすら現出するかもしれん」
大量のバアルが、しかも完全な力で現界に現れたことを想像してみる。
かつてはダイダラボッチ一体で、日本の京をのぞく全ての鬼祓師たちが結集して封印どまりだった。
満身創痍の状態ですら飛輪の精兵部隊から逃げ続け、強力な結界をぶちやぶり、俺の全能力をもってしても相手にならないほどの化け物。
それが元気な状態で現界へと現出する。
そいつは、本当に地獄が出来ることだろう。
「霊的に強い施設で、さらに彼女自身の能力が外に漏れないように厳重管理する。能力をなくしてしまうことは無理だが抑える手段がないわけではない。しばらくそこで生活してもらうことになる」
「隔離ってまさか一生じゃないだろうな……」
「事件が終わるまでだ。ワルプルギスの夜……凶日と呼ぶが、それは一月後ぐらいにくると考えられている。それを完全に食い止めることができれば……まあ当面は問題ない」
「一ヶ月……」
月雲が「ひどい」てな顔を浮かべながらうめく。
一ヶ月も誰も知る人間がいないところで一人きりかよ。
「凶日までは普通に生活しても大丈夫だろ? その間なら俺たちが……」
「なぜ奴が、ダイダラボッチが霊的結界の強いここで黄泉坂を認識できたか考えてみろ。本能と言ったようだが、何か跡をつけるような痕跡を知らずに残していたのかも知れない。折角匿っても凶日に位置を特定されて奪われるなどという危険は避けねばならん」
だからといって、他に方法は……。
「いいさ、八代。……あたしはそこに行く」
ずっと黙っていた深夜が自分の意思を告げた。
はっきりと。
「元々学校もあまり行ってなかったし。堂々と休む言い訳になるだろ?」
「お前……」
「それにさ。もう悪魔を見るのもまっぴらなんだ。あんな気持ち悪くて怖いもんもう嫌だよ。あたしはあんたらとは違うんだ。今までそんなの関係なしに生きてきたんだぜ」
「だからって!」
「だからなんだよ? 仕事だろ? 仕事があたしの護衛からワルプルギスの夜だっけ? それに対応することに代わっただけじゃん。そっちの方が大事だってぐらい、あたしにだってわかるよ……」
てめえ、自分勝手なくせに……空気読んでいるんじゃねえよ。
「マヤは一緒でも……あ、飼っている猫なんだけど」
「猫ぐらいは構わない。トイレの躾はちゃんとできているな?」
「それは大丈夫。マヤは賢いから」
俺は膝を畳につけて半立ち状態だった。
そんな二人のやりとりが耳に入ってくる。
だが俺には何も出来ない。
こいつの言うとおり、ワルプルギスの夜に備えることが俺に出来ることであり、優先事項だ。
親父が俺の右肩に手を乗せる。
うるせえよ。慰めなんていらないんだよ。
「明日早朝飛輪の者が迎えに来る。それまでにでる準備をしといてくれ。持っていく物があるなら家の方にも先に寄ってから行く」
二人の会話がずいぶんと遠くで行われているような、そんな気がした。




