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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
4章 女王蜂
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ワルプルギスの夜

「ワルプルギスの夜……だと……」


 つぶやいた親父の顔は青ざめていた。

 清十郎と月雲も。

 おそらく俺も。


「ええ、間違いありません」


 淡々と小角は告げる。


「馬鹿な、たった八年だぞ! 普通それは何十年か百年単位の話ではないのか? しかもまた日本で開くと!?」

「日本……だけですむといいのですが。過去にも何度か短い間隔で起こったことがあります。その時は被害が尋常ではなく大きいと記録に残っています」


 俺たちは全員が押し黙る。


「あの……なんですか、それ」


 事情を知らない深夜が、俺たちの様子に不安げな疑問を投げかけた。


「悪魔による……現界への一斉侵攻だ」


 かつての事を思い出しながら、深夜に説明をする。


「異界が現界と接触して、各地でゲートが大量に開かれる。そのとき悪魔達が一夜に大量に出現する。瘴気による大量の陰気が現界を蝕み、人を絶望と狂気に踊らせる。魔女達の狂宴という意味で付けられたその現象をワルプルギスの夜……」

「それって……」


 深夜は俺の言葉を口の中で反芻した。


「かなりまずいんじゃあ」

「まずいなんてものではない。ワルプルギスの夜が起こると現界では災厄が訪れる。かつてはヨーロッパで人口の三割が失われて、当事の技術がほとんど失われるなんてこともあった」


 小角が俺の説明を受け継ぐ。


「それって……まさか黒死病?」

「そのまさかだ。悪魔は一般的に人には見えない。黄泉坂も知っているだろうが悪魔は現界に現れるときに人を領域に引きずり込む。そしてその領域とは瘴気の塊。厄災を招く陰気そのものだ。それが大量に地上へ現れるのだ。災害や病気という名で厄災を振りまく。中世以後の世界史で、時折出てくる人口が激減するような厄災のほとんどはそれが原因とまで言われている」


 ようやく事態の重さに気がついた深夜も、俺たちのように青ざめだした。


「それが、ワルプルギスの夜……そんなのが日本で……」

「その通りだ」


 小角は頷くとゆっくりと説明を続ける。

 深夜に、というより俺たち全員に言い聞かせるような口調で。


「八年前もここ日本でワルプルギスの夜が起こった。そのときも多くの被害をだし、尊い犠牲の上でようやく乗り切った」


 ああ覚えているぜ。

 忘れるわけがねえ。

 あのとき犠牲になったのは静乃だから。

 雁谷静乃。

 彼女が自ら生贄になることで、ワルプルギスの夜を止めたのだから。



 静乃は元々父一人、娘一人という家族構成だったらしい。

 父親は飛輪に所属する鬼祓師。

 月雲と同じ神道だったらしいが詳しくは知らない。

 俺が知っているのは、身寄りを無くした彼女の後見人になったのが亡くなったじいさんで、その縁で彼女が俺んちにしばらく住んでいたって事だ。

 静乃は長い髪の毛をストレートに伸ばした、ずいぶんと神秘的な印象の女性だった。

 実際彼女は綺麗だった。

 ともすれば綺麗な女性は人を、子供を寄せ付けないような雰囲気があったりするものだが彼女は違った。

 俺の知っている彼女は、いつも穏やかな笑みを浮かべていた。

 だからか俺はずいぶん彼女になついていた。

 彼女も俺を、俺たちの面倒をずいぶん見てくれたと思う。 

 俺だけでなく、清十郎に月雲、まだ小さかった伊緒里の四人を嫌な顔一つみせずに可愛がってくれた。

 千春の出産で母さんが入院している間は、代わって家事などもずっとやってくれていた。

 その頃はすごく大人のように思っていたが、当時は今の俺ぐらいの年齢だった筈だ。

 結構大変なはずだが、彼女からはそんな愚痴は聞いた事が無い。

 むしろいつも俺の話をよく聞いてくれた。


「あらあら。どうしたの、八代」


 柔和な表情で、そんな風に俺に話しかけてくれる彼女の顔がよく思い浮かぶ。

 当時親父は仕事に忙殺されていた。

 母さんは、立て続けに生まれた二人の妹弟の面倒に手一杯。

 じいさんとは修行以外で接しなかったこともあり、家での話し相手はいつも静乃だった。

 俺は何だって彼女に話した。

 じいさんにしごかれて、その修行がとても辛いこと。

 清十郎と喧嘩したこと。

 月雲を泣かしてしまったこと。

 学校であった、今思うと些細な事。

 特に彼女は何かを言うことは少なかったが、いつもにこにこと話を聞いてくれた。

 だから修行が辛くても平気だったし、両親がしばらく構ってくれなくても、じいさんが妹弟二人には優しいのに俺だけに厳しいのも辛いと思わなかった。

 俺は彼女が好きだった。

 姉のようだとか、母親代わりとかというよりむしろ恋愛的な意味で。

 彼女は、俺の初恋の相手だった。

 そして当時の俺は彼女と一緒の日々は永遠に続くと信じていたんだ。

 彼女がうちで暮らし初めて一年以上経った頃だろうか。

 清十郎と月雲、それに何人かの子供達がうちにやってきた。

 ワルプルギスの夜で現れた悪魔との戦いが激化し、飛輪の家族をひとまとめにして守る為だった。

 実際飛輪は追い込まれており、引退したじいさんまでもが前線にでていた。

 不安に泣き出す子供もいる中で、静乃はそれでも笑顔を絶やさなかった。

 俺はというと少しでも彼女にいい格好をするためか、清十郎に対抗していたのか結構大きいことを言っていたように思う。

 彼女はそんな俺たちを見て微笑んでいた。


「私はみんなが好きよ。もちろん八代も。だから私はみんなを守る為だったら怖くないの」


 そんな事を言った翌日、静乃は俺たちの前から姿を消した。

 一月にも及んだワルプルギスの夜が明けた日の事だ。

 後から彼女はワルプルギスの夜を沈める為に、生贄になったと聞かされた。

 彼女はそういう資質をもった女性であり、自ら志願したという。

 俺たちには何も言わずに。

 自分一人で抱え込んで。


 俺はそのとき誓った。

 彼女みたいな人を、もう出さないって。

 そして。

 悪魔を決して許さないって。

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