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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
22/54

終焉

『イエエイ!』


 清十郎と月雲が、互いに右手のひらを強く叩き合う。

 それが勝利の合図となった。

 二人は同時に右手を挙げる。

 これで俺が同じように叩くってのが俺らのやりとりだが……まだ仕事は終わっていない。


「シンヤ、大丈夫か? シンヤ!」


 振り返って赤毛を探す。さっき見た崩れた瓦礫の下は……いない。


「シンヤ!」

「……聞こえている」


 うお、どこから! と思ったらすぐ側にいた。

 いつの間にか俺の側にマヤを抱いてちょこんと立っていた。

 身長差があるからかマジで気付かなかった。


「よかった、無事だったか」 


 無言でこくりと頷く。


「特に巻き込まれたりはしなかったか? マヤも」


 再び肯定。


「言いたいこともいろいろあるがまず……」


 俺は両手を合わせた。


「すまん、助けるのが遅くなって! それで怪我までさせちまって悪かった!」


 歩けると言うことは折れたりはしていないだろうが、もしかしたら傷が残るかも知れない。

 陰陽師の術は回復を早めたり毒などの異物を取り除くことは出来ても、怪我を瞬時に治したりなんて奇跡みたいなものは存在しない。


「ここなら安全だと思ったから連れてきたのに、こんなことになってすまなかった。俺の見通しが甘かったみたいだ。怖かったろ」


 安全と思ったから、なんて結果からして言い訳にはならねえよな。


「怪我の治療をしないとな。母さんが起きているはずだから手当てしてもらうか」

「あ……、え、と。……う……」


 こくりと頷くのだが、俺からわざとらしく視線を外してなにやら言いかける。

 あ、清十郎と月雲(知らない人)が来たからまた緊張してんのかな。


「それはそれとして、簡単に諦めようと思った事については後で説教だからな」


 もちろん約束通りゲンコツ二発も付け加えるつもりだ。

 たっぷりと。


「……八代」


 ようやくまともに口を開いた。

 焦らずに次の言葉を待つ。


「痛かったし、怖かったけど、八代が絶対何とかしてくれると信じていた。……だから八代も無事で良かった。……ありがとう、助けてくれて」


 そういうと、はにかむような笑顔を向けてきた。


「……あ、そうか。うん、良かった」


 ……なんだよ、おい。普段は人を罵るようなことしか言わないくせに。

 でもなんでだろう。

 それだけでいろいろと、今までの苦労とかそういうのが全部洗い流された気がした。

 折角公言通りゲンコツ二発落とそうと思ったのによ。

 ずりいよな。


「ま、まあとにかく母さんの所に。二人とも悪い。先にこいつのケガを観てもらう」


 なにか気まずくて視線をそらすために清十郎達を振り返る。


 その背後に、

 巨大な腕が迫っているのが目に映った。


「清十郎!」


 俺が叫ぶのと、清十郎が振り返って錫杖で身を守るのは同時だった。

 衝撃で吹き飛ばされ、まだ無事な壁に激突する。


「え? 清十郎! なに、どうしたの?」


 月雲が慌てながらもすぐに術の体勢に入る。

 深夜を庇いながら同じように印を組む。

 部屋の景色がぐにゃりと変わり、ただひたすら闇が映る。

 その正面に、顔と腕だけの巨大な生物が現れる。

 顔はひどいやけどを負ったような、見るだけで不快感と恐怖を与えるようなそうな顔だった。


 マダダ、ソノムスメヲヨコセ!


 こいつ……あれで滅んでいなかったのか?

 無意識に懐に手をいれる。

 もう、霊符は残っていない。


「八代、月雲。そいつはその子を狙っている。守るぞ、いいな!」


 清十郎が立ち上がりながら指示を飛ばす。

 それが一番だろうが、もはや守れるだけの術が使えるかもわかんねえ。

 ……ま、やるしかないか。

 伝説の大巨人との伝承に相応しいその巨体に、何かのエネルギーが溜まるのがわかる。

 俺と月雲と清十郎がそれぞれ術を唱えた。

 三人がかりで止めきれるか?

 そして止めたところで次は? 

 背中の服をだれかがぎゅっと握った。

 ……そうだな深夜。

 俺を信じてくれているんだったな。

 だったらとことんやるまでだ。

 覚悟を決めて次々と印を結んだ。

 夕方に護身剣を失ったのが悔やまれるぜ。

 奴が動こうとするのが肌を通して伝わり、俺たちに緊張が走る。


 リン……


 鈴の音が鳴った。

 初めはマヤの首輪だと思った。

 次の瞬間闇が払われ、俺たちを、バアルを取り囲んでいる数十人の姿が現れる。


「親父殿!」

「親父……」

「お父さん!」


 見知った顔に俺たちはそれぞれの敬称を口にする。

 バアルを倒すために集まっていた、仲間の鬼祓師達。


「待たせて悪かったな、君たち。よくぞ耐えた」

 

 代表して、俺の親父がそう口にする。

 その声が合図とばかり、鬼祓師たちは一斉に攻撃を開始した。

 さしもの怪物も、今の状態で精兵相手では悪あがきもできやしない。

 次から次へと飛び交う術の前になすすべもなく刻まれていく。

 やがて断末魔の叫びをあげ、今度こそ消滅した。

 最後の最後まで、伝説に恥じない化け物だったぜ。

 全くよ。

 全てが終わり、夜空の光がぶっこわれた俺んちを照らす。

 俺たち三人はため息を吐きながら同時にその場に座りこんだ。

 ……もう動けねえぞ。


「すまない。まさか遠間家に現れるとは……。式神を見て慌てて駆けつけたんだが」


 母さんと、妹弟二人の名前を呼びながら慌てて母屋の方に走った親父に変わり、顔見知りの陰陽師が俺たちの方にやってきた。

 親父の方にも飛ばしておいた式神から情報が伝わったか。


「まさかあれを君たち三人であそこまで追い詰めるとは。よくやってくれた」


 それには曖昧に笑う。

 正直今は考える気力すら湧かねえ。

 清十郎にはあいつの親父がいろいろ話しかけていて、月雲は一人娘の無事に抱きついてきた父親に、抵抗を試みるもされるがままになっていた。

 「なお」と鳴く声と、それを抱いた飼い主の安心したような顔が見える。

 ああ、大丈夫だ。

 そう思うと同時に力が抜けていくのがわかった。

 だんだんと意識が暗転していく。

 今度こそ完全に終りだよ。

 泣きそうな顔をした深夜に、そう伝えようとする。

 それがちゃんと実行に移せたかどうかわからないまま、俺は意識を失った。

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