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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
21/54

信頼

 戦いは一方的だった。

 もちろん向こうのである。

 身体から発する光線や身体の強さは語るに及ばずだが、奴も悪魔である。

 鍾乳洞一杯を黒く染め、コウモリのような昆虫の様な生物を無数に繰り出すなどと空間を使った攻撃も仕掛けてくる。

 それらを防ぐだけで手一杯だった。

 何十枚の霊符があっという間に消滅し、俺は印と術を休み無く繰り返し続けていた。

 結界術に集中しながらも隙を見ては霊符を投げつけたり、印による術を放つのだが全て奴の足下にたたきつけられている。

 かろうじて勝負になっているのは大量の霊符を惜しげもなく使っていることと、俺が防御に徹していること。

 何より奴の力がかなり削がれているからだ。 

 食らいついてはいるが、俺もわずかに受け損なった奴の攻撃でぼろぼろだ。

 神行業の術で身体を強化している俺を、ここまでできるとはなんて奴だ。

 心が折れない自分の精神力をまじで褒めて欲しいぜ。


 人間ニシテオクニハ惜シイ男ダッタナ


 ぼろぼろの俺を、たぶん眼がある位置で見下しながら脳裏に声が届く。

 悪魔の感情はよくわからねえがせいぜい手こずらせたという程度だろう。

 なにせ俺の術は出会い頭で投げつけた奴以後、一撃たりとも当たっていない。

 やっぱりこいつ強さの桁が違うわ。

 万全なら日本中の鬼祓師が総出で立ち向かわなければならいような奴だ。

 かつてこいつを封印したご先祖さまがたも苦労したことだろう。

 協力して飛輪を作ろうなんて話になるわけだ。

 残った霊符も後数枚。

 純粋な疲労で膝が笑っているし、直撃こそ免れているものの体中傷と痣だらけだ。

 顔も特に右目がひどく、さっきからまぶたが開かない。

 男前を台無しにしてくれやがって。


 ソレデモ立チアガルノハ感心ヲ通リコシテ呆レルガナ


「そうかい? よく顔を覚えとけよ。お前を初めて呆れさせた人間の顔だ。もっとも倒されるまでの短い間だがよ」


 奴は何も言わない。


 深夜の様子はわからない。

 俺が傷を負っているときも、悲鳴らしい声を上げなかった。

 信じて堪えてくれているのか

 単純に気を失っているのか

 奴の頭が一瞬光る。

 例の奴か……もう動き回って避けるのは無理だろう。

 さて霊符が最後まで持つか。

 結界を張る為に意識を集中させる。


 そのとき、凜とした声が耳に届いてきた。


「……祓へ給ひ清め給ふことを天つ神国つ神、八百万の神等と共に願わん」


 続いて朗々たる声が続く。


「……ダンセンダマカロシャダソワダヤウンタラタ……」


 そいつらは悪魔の後方から、異界へと現れた。

 それぞれの術を唱えながら、二人の鬼祓師が登場する。

 悪魔を滅っさんとするために。

 いや――俺を助ける為に。


「いいところだったか?」

「バッチリのタイミングだよ、清十郎」

「八代傷だらけじゃ無い! 大丈夫なの?」

「この程度かすり傷さ、月雲」


 結構へろへろだったのに、もっとやれる気がしてくる。

 ま、これは不思議でもなんでもないけどな。


 二人は俺が飛ばした式神をみて駆けつけてくれた。

 式神は連絡手段として使う方法もある。

 電話と違って相手が電話を取れないだとか、こっちがかけれる状態でないとダメだという制限もない。それに電話だと伝えられない細かい情報や作戦を伝えることだって出来る。

 深夜には苦手だと話したが、こういう小さな式神だと俺の術速度は相当に早く正確だ。

 情報を瞬時に書き換えることだって出来る。

 向いていないとわかってから、式神を連絡手段として極めることを選んだためだ。


 仲間ガイタカ


 悪魔が俺たちに意思を飛ばしてくる。


 ダガ二人増エタ所デ結果ハ同ジダ


「どうかな?」


 術を別の物に切り替える。

 次の瞬間、地面で五芒の星が光り、悪魔を包み込む。

 それは強烈な光を放ち、動こうとする奴を容赦なく照らしつける。


 コレハ?


「霊符五枚がけの結界だ。いくらてめえでもすぐに動けねえだろ」


 身を守りながらこっそりと術を施していた。

 結界と奴の攻撃の合間に張り、地面に転がったり逃げた際に張った。

 五枚の霊符を、それぞれ支柱として発動するように術を施した。

 合成術の威力は単純に五倍なんてものじゃない。

 まして――

 横目で見ると月雲が術を施している。

 あいつは他の術を増幅させたり、安定させたり、別系統の術をうまくつなぎ合わせるのが抜群にうまい。

 月雲の力と合わさって盤石となっている。


「初めからてめえみたいな化け物に、俺が一人で勝てるなんて思ってねえよ」


 俺の術は一撃たりとも当たっていない。

 当然だ。

 最初から当てるつもりがないからな。

 最初に一番強い術の直撃を食らってもぴんぴんしているような奴に、俺が何かしたところで焼け石に水だ。

 だから最初に俺の術がなんだかわからなくする術をあの時、かがみ込んで光線のようなものを防いだときにかけていた。

 後は地道で神経のすり減る作業だった。

 この結界もそうだが他の術を効きやすくする術。

 他の術を増幅させる術。

 他の術と交わる事で俺自身の術を強化する術等々。

 全てこのために準備してきた。

 式神から現れた悪魔の情報や、俺の作戦は全て二人に伝わっている。

 二人が来てくれることを前提とした、布石。

 その前に俺がやられたりしたら全てが水泡にきすが、それでも二人は万全の備えをして来てくれた。

 俺を信じて。


「だが三人でなら勝てる」


 俺達の術の詠唱が重なる。

 俺は結界の維持と残りの霊符を使い、印を交えながら仕掛けた術を次々発動させる。

 月雲は力の流れを調整し、より術が効果的に働きかけるようにコントロールする。

 そして俺たちの一撃に込める力の流れは、清十郎の唱える術と共に、あいつの持った錫杖へ。

 俺たちの中でも一番破壊力のある攻撃術を使える清十郎に、俺たちの力が託されている。

 その力は俺の術や月雲の協力もあって普段の何十倍にも高められているだろう。


 キサマラテイドガ我ヲ滅ッセルトオモウテイルノカ!


 ああやれるね。


「いいのか、俺が最後をもっていって」

「そこぐらい持っていかないと、お前今回見せ場なしだぜ」


 術の詠唱を繰り返しながら、清十郎がにやりと笑う。

 手にもつ錫杖に集まる力。

 それがどれほどのものなのか、悪魔もわかっているのだろう。

 必死で身体を動かすが俺の、俺達の結界が逃さない。

 わずかに回復した肌の部分が再び光沢の無い黒に染まり、それがひび割れていく。

 月雲のサポートでこれまでかけていた他の術がようやく効き始めたか。


 ニンゲンドモガアアアアアアアアアアアアア!


 先程までとは違う、明らかに感情が窺い知れる強力な声が俺たちの耳に届く。

 それだけでも人間を、現界の生物を心臓からすくみ上がらせそうな雄叫び。

 だがな、もう怖くねえ。

 悪あがきだって、てめえだって気付いているんだろ?


「オン・マケイシバラヤ・ソヤカ……参る」


 術を込めていた清十郎が動く

 。その力を、俺たちの力を法具である錫杖に込めて。


「滅びよ悪魔……南無!」


清十郎の一撃がバアルを打ち据える。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


 奴の身体が光に包まれ、断末魔の絶叫が俺たちの頭に響く。

 光が消滅し、続いて鍾乳石の壁や天井がぼやける。

 一瞬の瞬きのあとに映った光景は、壁と天井が派手にぶっ壊れた俺んちの客間だ。

 神話の怪物、ダイダラボッチの最後だった

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