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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
1章 陰陽師
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陰陽師(1)

「よりによって住宅街に逃げ込んだか。面倒臭いことだ」


 車も通れぬ細い通り。

それらは網の目のように至る所に広がっている。

 人通りはなく、気配も無い。


「ち、早く見つけないといけないのに」


 一人愚痴を言いつつ六壬式盤(ろくじんしきばん)を取り出した。

 いわゆる占いに使う道具で、術をかけて失せ物や陰気を辿ることができる。

 指したのは北北西。

 その道はマンションや古い戸建ての家が立ち並んだ地域に続いていることが暗がりでもわかった。

 六壬式盤を懐にしまって舌打ちすると、占いが示した方向へ再び走り出した。

 街の明かりが星明かりを消したと言われてからずいぶん経つらしいが、夜の本質は変わっていない。

 むしろ光が強くなったことに比例して、影も力をつけている考えていいだろう。陽と陰はいつだって一対だ。

 逢魔(おうま)(とき)

 鬼や悪魔が鎌首をあげて蠢く時間帯。

 そんな連中を退治するのが俺たち鬼祓師(おにはらいし)であり、陰陽師たるこの俺、遠間八代とうまやしろの仕事だ。

 『飛輪』に依頼された鬼退治。

 俺たち、俺、清十郎せいじゅうろう月雲つくもの三人で目的の鬼は倒したものの、その残党を逃がしてしまった。手分けして追いかけてきたわけだが、最悪な事態が起こる前に仕留めないと。

 やがて古びたマンションの前にたどり着く。さっきの式盤はこの当たりだと反応を示していた。

 幸い人の姿がないので、印を組んで人払いの術を唱える。

 陰陽師には様々な術がある。指で印を組みながら術をかけるという印術は陰陽師の基本たる術である。

 そして俺が唱えたのは人に「なんとなくここに来るのが嫌」と思わせる術だ。

 安心してもう一度気配を探ろうと式盤を出したところで、ガサゴソと何かをかき分ける音が聞こえた。


「誰だ!」


 ゴミを集めている一角だった。

 警戒しながら片手に霊符を握り、音の方へ近づく。


 俺の声に反応して、ゆっくりとゴミ捨て場から立ち上がったのは小柄な人影だ。

 茶色とも赤ともつかない派手な色の短い髪の毛がまず目立つ。

 量販店で売っていそうなジャージズボンと、長袖のパーカーを着ている。

 おそらく部屋着だろう。裸足でつっかけをはいていた。

 背は百七十半ばの俺より二十センチ程低い、ずいぶんとやせた男だ。

 小五の俺の妹より少し上の、中学校に上がったかどうかという歳ぐらいだろうか。

 肌が恐ろしく白く、暗がりでもはっきりと浮き上がるほどだ。

 そして俺を見る目つきがこれまた恐ろしく悪かった。

 だが腹立たしいことに、アイドルでも通じそうな整った顔立ちだ。


「おい、お前こんな夜中にガキが一人で何しているんだ」


 術前にいた人間には効果が無いからな。

 警戒を解いて話しかけると、眉間に皺を寄せてにらみつけ、そのまま無視しやがった。


「人が質問しているんだから聞けよ」

「うるさいな。お前だって歳そんな変わらないだろうが」


 こちらに顔を向け、声変わりもまだな声でようやく口を開く。その際に「ち」と舌打ちしたのが聞こえた。

 ……俺はもちろん大人だから怒らないよ?


「俺は仕事で来ているんだ。お前は?」

「なんだっていいだろう」


 実に可愛くないガキだ。

 こんな時でないならじっくり教育をしてやりたいところだ。

 げんこつで。


「とにかく帰れ。この辺は今危ないぞ。凶悪犯がこの辺りに逃げ込んできている」

「え?」


 顔色が変わる。やれやれ、ようやく話を聞いていくれたようだ。

 ま、若干ニュアンスは違うが、間違った事は言っていないよな。


「だから家に戻って、戸締まりをしっかりして、早く寝ろ」

「だったら余計に帰るわけにいかない。マヤが心配だ」

「妹か」

「飼っている猫のことだよ」


 それで夜中なのに探しに来たわけか。

 見かけによらずなかなか感心ではあるが。


「猫なんか明日になったら帰ってくるだろう」

「馬鹿! マヤは家族だぞ。猫なんかとはなんだ。だいたいそんな話を聞いて放っておけるか」


 牙をむいてかみついてくる。

 比喩じゃ無くて八重歯がとがっているので口を開けると実際そんな感じがする。

 雰囲気といいどことなく動物的な奴だ。


「猫ってお前はひげだるまか?」

「ヒゲダルマ……」

「あ、すまんこっちの話だ」


 俺の学校にいる食堂のおっちゃんだ。

 だるまの様な顔をしたひげのむさい親父だが、みかけによらずものすごい猫好きらしく、野良猫にえさをやっているのを見かけたりする。

 肩に巻いたタオルやエプロン下のシャツはいつも猫柄だし。


「しょうがない、俺がついでに探しといてやる。特徴は?」


 そう提案するとガキはぎょっと眼を見開いた。


「手伝ってくれるの?」

「心配だから帰れないんだろう」

「お前仕事はいいのか」

「サボるにはいい口実だ。……それはいいがお前ってのはなんだ」

「仕方ないだろ。名前を知らないんだから」

「……遠間八代だ」


 一瞬名前を出すことをためらったが、まあこのまま猫を見つければ問題ない。

 いざというときは術で忘れてもらうことだって出来る。


「わかった、とーま」

「呼び捨てかよ」

「いいじゃん。とにかく探すんだったら行こうぜ」

「行こうぜって、お前もついて来るつもりか」


 何の為に提案したと思っているんだ。

 俺の内心など知らず、相変わらずムッとした表情で睨んでくる。


「家族なんだから当たり前だ。だいたいマヤは知らない人間をすごく警戒する。遠間が名前を呼んでもマヤは逃げるだけだ」


 飼い主に残る猫の気をたどって占術で探す。

 見つけたら術で操っておとなしくさせて、捕まえる。

 その方法で充分できるんだが、それをこいつにどう説明したらいいか。

 そんな風に考えていたら乾いた音色がかすかに流れてきた。

 鈴の音、か?


「マヤだ。あれマヤにつけてあるんだ」


 ガキは破顔すると音の方に向かって走り出す。


「おい、待て」


 こいつ小学三年生の俺の弟より落ち着きが無いな。

 つっかけとは思えない軽快な走りで、マンションから離れるガキを慌てて追いかけた。

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