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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
19/54

バアル

「あ、あぶねえ……」


 もう少し神行業の術に切り替えて、身体の耐久力をあげるチャクラを解放するのが遅れていたら、今頃全身トマトだ。

 大丈夫だと深夜に伝えたいが、背中の衝撃が思ったより強くて声がでない。

 なんとか身体を起こすと、奴の巨体が映った。

 さっきと同じ……いや、腹の辺りにある黒い部分がはがれ、中から生々しいというか肌みたいなものが見えている。


「やしろ、八代! 死んじゃあ嫌だ!」


 どうやらあいつの位置から、俺は見えないらしい。

 その声に反応している訳じゃあ無いだろうが、また一部黒い部分がはがれ、脈打つ身体が露わになる。

 おっと観察している場合じゃねえな。

 わざとらしく大きな音を立て、印を構えながら立ち上がる。


「おいこら。人の家ぶちこわしやがって。そいつ相手するより先に俺にお礼参りさせろや」

「八代? 生きてた!」 


 深夜の声が遠くで聞こえ、それはすぐ近くに変わる。

 神行業の術で飛び上がると、深夜と怪物の間に着地した。

 眼の前に立つとやはりでかい。

 術をかけたい所だがこいつの底が知れない。

 しばらくは守りに徹して身を固め、とにかく深夜からこいつを引き離さないと

 コノクニノマホウツカイカ


 ん? 今声が聞こえた気が……


「しゃ、しゃ、喋った!」


 深夜にも聞こえたってことは空耳じゃねえ。

 てことは…… 


「てめえ……まさかバアルか」


 キサマラアッシャー(物質界)ノモノガツケタナマエナラソウナル


 おい、マジかよ……。

 悪魔の中でも高位の奴は、人間と契約を結べたりする。

 それはつまり……人間と意思の疎通が出来るということに他ならない。

 こいつらは人間のように言葉を必要としない。

 伝える意思をこうして声の代わりに、脳裏に直接伝えてくる。

 これならどんな国の言葉だろうが関係無いって事だ。

 もっとも俺だって話で聞いていたぐらいだ。

 それが出来るのは異界でも高位。

 悪魔の王とか魔貴族とやら言う意味である、奴ら『バアル』に限られる。

 中世の騎士英雄譚や神話とかにもやたら登場する、悪魔のモデルとすら言われる大悪魔。

 まさかこんな大物が現界に来ていたのかよ。


「バールって何さ」

「歴史にその名前を残す有名人(スター)だよ。嬉しいぜ。サインをお願いしたいからちっと向こうにいかないか」


 ムスメヲニガスタメカ、オロカナコトヲ


「お褒めに頂いて嬉しいね」


 ふてぶてしい笑いを作って見せる。 

 街すらあっという間に消滅させるような相手だ。

 強がりでもなんでも叩かないとプレッシャーでぶっ倒れそうだぜ。全く。

「それでシンヤをどうするってんだ。お前達に取ってこいつはなんだ?」


 ホンノウユエ


 無言だと思っていたのだが反応があって驚いた。


「本能かよ。わざわざ強力な霊的結界を破る程だってのか?」


 ソウダ、ソノ娘ガドコニイヨウトモ我ラニハワカル。


「それはどういったものだ? ご教授願いたいね」


 能力の正体を知りたいのは嘘ではないが、こいつの気を少しでも逸らしたい。


 コンタンハ読メテイル、浅知恵ダナ


 ですよねえ。


「ありがとよ」


 汗を流しながら必死で応対する。

 喋るだけでなんて瘴気を発するんだ、こいつは。


 ダガソノユウキハショウシヨウ。若キ魔法使イ


 ……おや?


 我ガ必要トスルノハソノ娘ダケ。オトナシク渡スナラバ貴様ハミノガス


 ……どういうつもりだ? 言葉がわかりやすいの慣れたからだろうが、なんでこいつ俺を見逃す必要がある。


 貴様トテ格ノ違イハワカッテイルダロウ。短キ命ヲ無駄二スルコトアルマイ


 わからねえ。

 何の魂胆があるっていうんだ。


「なあ、八代……」


 俺の思考を一時中断させたのは、背後からの声だった。


「そいつすごく強いんだろ? 勝てないんだったら……せめてお前とマヤだけでも」

「……次それを言ったらゲンコツで殴るぞ」

「でも……」

「二発だ」


 娘モソウ言ッテイル。素直二従ッタラドウダ


「うるせえよ、悪魔」


 そうだ、こいつは悪魔だ。

 悪魔の目的ってなんだ?

 もちろん人間と思考回路がまるで違うんだが、俺が知る限りは人に恐怖を与える事を目的にしている。

 ところで人間が本当に恐怖するものは「理解できないもの」だ。

 正体もわからず、ただ原始的な恐怖が押し寄せるもの。

 人が暗がりを本能的に恐れるのもそれだろう。

 身近な物だとゴキブリもそうかも知れねえ。

 それに比べて会話が通じるってことはそれだけで安心感があり、恐怖は和らぐという。

 だがあえて意思を伝えるのにも当然意味がある。

 まず原始的な恐怖は正体がわからないだけに抗うか、屈するかの二択しかない。

 それに比べて会話が成り立つということは「希望を抱かせる」ことを出来る。だからその希望にすがるようになる。

 今の深夜みたいに。

 悪魔との契約がはじめから不平等なのは、最初から誘導されているからだ。

 じゃあこいつがそうする理由は何だ? 

 一つには俺がこれで深夜を見捨てて苦悩することを楽しむ、という理由だろうか。

 だがこいつがわざわざここに来た目的は、深夜の何らかの力。

 まて、そこまでして欲しいって言う深夜の力は、なんだ?

 俺の頭が、かつて無いぐらい高速で動き出す。

 そうか――

 そして俺は、怪物に向けてきっと目を向けた。



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