強襲
身体がぞくぞくする。
頭の芯から指先までしびれるような、暴力的な寒気。
むろん風邪じゃねえ。
強力な、鬼の気配だ。
「まさか……俺んちだぞ? この街で一番安全な所だろうがよ」
非難した小学校が、災害で真っ先に沈むのと同じことだ。
飛び起きるとありったけの霊符をもって、部屋を飛びだした。
目指すはもちろん客間。
いろいろ腑に落ちない点は多いが、狙われているのが誰かははっきりしている。
走りながら家全体が引きずり込まれたわけではないことを確認し、紙に術を施すと外へ飛ばす。
目的の場所に近づくと瘴気の強さがはっきりとわかった。
「にいちゃん……」
眠気眼の千春が廊下にいた。
こいつは資質があるからな。
この瘴気に眼を覚ましたか。
「千春、お前もうちの子ならわかるな。兄ちゃんは今から仕事してくる。お前は親父が帰ってくるまで母さんと姉ちゃんを守るんだ。できるな?」
まだ頭ははっきりしていないようだが、千春は力強く頷いた。
頼むぜ、未来の陰陽師よ。
走る弟の背中を一瞬だけみやり、俺は印を結ぶ。
そして客間に飛び込んだ。
「シンヤ! 大丈夫か?」
探すのはただ深夜の姿。
無事であることを切に願って。
彼女は……いた。
部屋は鍾乳洞のようになっている。
既に奈落に落ちているのだ。
部屋の中心にいるそいつは人型。
身体全体にアスファルトを重ね合わせたような、アメリカンのヒーローコミックに出てくる悪役っぽいシルエット。
身長は三メートルって所だろうか。
悪魔の見かけなんかあてにならねえが。
そいつのすぐ足下に、寝間着代わりのジャージを着た深夜がいた。
部屋のどこかの部分が崩れたがれきがあり、それに押しつぶされている。
ズボンが赤く……染まって……。
「何しやがるんだてめえ!」
霊符を投げつけると同時に、発動の術を唱える。
寸分違わず額の所に吸い付き、それは爆発を起こした。
俺の持っている霊符の中で、もっとも強力な術を仕込んだ霊符だ。
爆炎が身体を包むのを確認すると、すぐに結界を込めた霊符を二枚設置し、発動させた。
「シンヤ! おい、返事しろ」
「なお」と飼い主に変わりマヤが返事する。
お前が無事なのは良かったが深夜は? まさか……。
「や、八代……」
倒れたままだが不思議な色の瞳を開き、確かに俺を見あげていった。
「良かった! 生きていたか? 怪我は大丈夫なのか?」
「怪我? ……あ、そうか。マヤが大きな声で鳴いて、起きたらちょうど天井が崩れてきて……足が……」
「そうかマヤ、ご主人を守ったか。偉いぞ、お前は男だ!」
「マヤは雌……」
「……すまん。それより傷は?」
「痛い……けど動けない程じゃあ、ない、と思う」
「わかった。傷の手当てをしたいところだが少し待ってくれ」
まずは眼の前の悪魔を倒すことからだ。
爆風の中で気配がある。
次の瞬間悪魔から光線のような何かが飛んで来た。
それは俺の結界に阻まれて……
「何!」
二重に張った霊符が瞬く間に黒く染まる。
高級悪魔の一撃にも耐える結界が、まさか一撃で?
慌てて印を組み、術を連続して唱える。
霊符の結界をあっさりと貫通し、更に俺が今しがた張った結界と干渉する。
「く……やらせるかよ」
次々と印を組みながら、何度も結界を張り続ける。
どうやら攻撃が、電気のようなエネルギーの塊であることが理解できたのは、幾重もの結界をかけてようやく反応が止んだ時だ。
たったそれだけで、今にも倒れそうになるほどの疲労感。
「まさかこれほど……」
二枚を結界に回したのは深夜の無事を確認し、必要ならば何らかの応急処置を行う時間が欲しかったからだが……。
もし一枚なら……俺は今のでやられていた。
霊的に強い我が家に入り込むのだから。そりゃ並の悪魔じゃあないだろう。
しかし、いくらなんでも強さが段違いだ。
こんな奴が現界に……。
「八代、危ない!」
深夜の声が届くころには、すでに眼前に奴がいた。
巨体を音も無く忍ばせいつの間にか俺の目の前にいた。
そして無造作に巨大な腕を俺に振るう。
駄目だ、術が間に……。
頭蓋骨がひしゃげるような轟音が耳元で鳴る。
しばしの浮遊感があり、直後に背中に強烈な衝撃が伝わる。
「いやああああ! やしろおおおおおお!」
深夜が、妙に色っぽい悲鳴を上げるのが遠くで聞こえた。




