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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
18/54

強襲

 身体がぞくぞくする。

 頭の芯から指先までしびれるような、暴力的な寒気。

 むろん風邪じゃねえ。

 強力な、鬼の気配だ。


「まさか……俺んちだぞ? この街で一番安全な所だろうがよ」


 非難した小学校が、災害で真っ先に沈むのと同じことだ。

 飛び起きるとありったけの霊符をもって、部屋を飛びだした。

 目指すはもちろん客間。

 いろいろ腑に落ちない点は多いが、狙われているのが誰かははっきりしている。

 走りながら家全体が引きずり込まれたわけではないことを確認し、紙に術を施すと外へ飛ばす。

 目的の場所に近づくと瘴気の強さがはっきりとわかった。


「にいちゃん……」


 眠気眼の千春が廊下にいた。

 こいつは資質があるからな。

 この瘴気に眼を覚ましたか。


「千春、お前もうちの子ならわかるな。兄ちゃんは今から仕事してくる。お前は親父が帰ってくるまで母さんと姉ちゃんを守るんだ。できるな?」

 

 まだ頭ははっきりしていないようだが、千春は力強く頷いた。

 頼むぜ、未来の陰陽師よ。

 走る弟の背中を一瞬だけみやり、俺は印を結ぶ。

 そして客間に飛び込んだ。


「シンヤ! 大丈夫か?」


 探すのはただ深夜の姿。

 無事であることを切に願って。

 彼女は……いた。

 部屋は鍾乳洞のようになっている。

 既に奈落に落ちているのだ。

 部屋の中心にいるそいつは人型。

 身体全体にアスファルトを重ね合わせたような、アメリカンのヒーローコミックに出てくる悪役っぽいシルエット。

 身長は三メートルって所だろうか。

 悪魔の見かけなんかあてにならねえが。

 そいつのすぐ足下に、寝間着代わりのジャージを着た深夜がいた。

 部屋のどこかの部分が崩れたがれきがあり、それに押しつぶされている。

 ズボンが赤く……染まって……。


「何しやがるんだてめえ!」


 霊符を投げつけると同時に、発動の術を唱える。

 寸分違わず額の所に吸い付き、それは爆発を起こした。

 俺の持っている霊符の中で、もっとも強力な術を仕込んだ霊符だ。

 爆炎が身体を包むのを確認すると、すぐに結界を込めた霊符を二枚設置し、発動させた。


「シンヤ! おい、返事しろ」


 「なお」と飼い主に変わりマヤが返事する。

 お前が無事なのは良かったが深夜は? まさか……。


「や、八代……」


 倒れたままだが不思議な色の瞳を開き、確かに俺を見あげていった。


「良かった! 生きていたか? 怪我は大丈夫なのか?」

「怪我? ……あ、そうか。マヤが大きな声で鳴いて、起きたらちょうど天井が崩れてきて……足が……」

「そうかマヤ、ご主人を守ったか。偉いぞ、お前は男だ!」

「マヤは雌……」

「……すまん。それより傷は?」

「痛い……けど動けない程じゃあ、ない、と思う」

「わかった。傷の手当てをしたいところだが少し待ってくれ」


 まずは眼の前の悪魔を倒すことからだ。

 爆風の中で気配がある。

 次の瞬間悪魔から光線のような何かが飛んで来た。

 それは俺の結界に阻まれて……


「何!」


 二重に張った霊符が瞬く間に黒く染まる。

 高級悪魔の一撃にも耐える結界が、まさか一撃で?

 慌てて印を組み、術を連続して唱える。

 霊符の結界をあっさりと貫通し、更に俺が今しがた張った結界と干渉する。


「く……やらせるかよ」


 次々と印を組みながら、何度も結界を張り続ける。

 どうやら攻撃が、電気のようなエネルギーの塊であることが理解できたのは、幾重もの結界をかけてようやく反応が止んだ時だ。

 たったそれだけで、今にも倒れそうになるほどの疲労感。


「まさかこれほど……」


 二枚を結界に回したのは深夜の無事を確認し、必要ならば何らかの応急処置を行う時間が欲しかったからだが……。

 もし一枚なら……俺は今のでやられていた。

 霊的に強い我が家に入り込むのだから。そりゃ並の悪魔じゃあないだろう。

 しかし、いくらなんでも強さが段違いだ。

 こんな奴が現界に……。


「八代、危ない!」


 深夜の声が届くころには、すでに眼前に奴がいた。

 巨体を音も無く忍ばせいつの間にか俺の目の前にいた。

 そして無造作に巨大な腕を俺に振るう。

 駄目だ、術が間に……。

 頭蓋骨がひしゃげるような轟音が耳元で鳴る。

 しばしの浮遊感があり、直後に背中に強烈な衝撃が伝わる。


「いやああああ! やしろおおおおおお!」


 深夜が、妙に色っぽい悲鳴を上げるのが遠くで聞こえた。

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